1-22 過去は変えられない

 カチャリ――。


 撃鉄は空のシリンダーを叩き、室内には小気味の良い金属音が鳴り響いた。幸運にも、六分の一のを引かなかったようだ。

 その安堵感で、張りつめた息が抜けた。しかし、その安堵感も一瞬だけ。悪夢は未だ継続中だ。


 手にしているリボルバーは、両手でしっかりと保持しているはずなのに酷く揺れる。照準がエレクエの頭部から外れては、修正。そしてまたぶれる。その繰り返し。


 こちらも引き金を引き続けなければならないのに、引き金に掛けた指に力が入らない。それもそのはずだ。仲間を撃ったことも撃つ必要性を迫られたこともない。ましてや、相手は、俺がこの業界に入ってからの恩人なのだ。エレクエさんに命を救ってもらった場面もある。


「二人とも、黙ってないで、もっと円滑なコミュニケーションを図ろうぜ! 残り50秒......」


 シスルの脳天気で吐き気を催す、可愛らしい声が室内に鳴り響く。


 引き金を引いてからというもの微動だにしなかったエレクエさんに、変化が起きた。感情を押し殺したような無表情から、何かを諦めそして決意したように、ニヤリと笑ったのだ。


「よくよく考えたら、勝ってもこの脚じゃ逃げだすのは無理だ」


 そう言い放ち、エレクエさんは俺に向けていたリボルバーを、自身のこめかみに押しつけた。


「自己犠牲の精神......か」とぼやきながら、躊躇無く引き金を――。


 カチャリ――。


 目の前で起こっていることは紛れもない現実であるはずなのだが、あまりにも現実感がない。


 エレクエさんの言っていることは、認めたくはないが正論だ。どちらかが死に、もう一人に生存のチャンスが与えられるというのなら、手負いのエレクエさんより俺の方が最終的な脱出確率が高くなるだろう。あの殺しを楽しむ機械人形オートマトンが言うことに、いかほどの信憑性があろうか? が、最早、それ以外に道はない。


 最良の結末は、この窮地を二人で抜け出して、脱出すること。しかし、その結末に至るであろうプロセスは見つからなかった。いや、正確には見つけられないだけで、視界の片隅のどこかに転がっているのかもしれない。だが、それを見つけだすための時間は余りに短く、その前に二人ともトーストにされている公算が高い。


 本音を言えば、俺は自分が死なずに済みそうで安堵していた。


 エレクエさんの死への前進は止まらない。


「こめかみより口から脳幹を狙った方が致死率は高いんだっけか?」


 カチャリ――。


「でも、見栄えが良い方を選びたいよね。一度きりだし。拳銃自殺するならこめかみを撃ち抜こうと前々から考えていたんだ。45口径弾だったら綺麗に頭吹き飛ぶだろうし」


 カチャリ――。


「二分の一か.......。万が一死ねなかったら、そちらの弾でトドメさして。一生のお願い。まさしくね」


 エレクエさんは微笑んだ。


 何も言うことが出来ない。いや、言おうとしているのだが言葉がでない。そもそも、俺は何を言おうとしている?

 謝罪か? 礼か? 復讐への決意か? 数多の感情や思考が濁流のように脳内を駆け巡って、半ば混乱している。


 カチャリ――。


「ふぅ.......。とうとうラストか。こんな時に悪運を発揮しなくてもいいのに」

「エレクエさん.......」


 やっと言葉を発することが出来た。


「なんだい?」

「今までありがとうございました......。ターゲットは必ず一人残さず殺します.......必ず.......」


 最後の方は言葉にならなかった。


「フッ。その言葉を聞きたかった。私もいよいよ年貢の納め時か。さんざん殺してきたしその報いかな。この世よさらば!」


 エレクエさんが、引き金に掛けた震える指に力を込めるのが、離れたここからでもわかった。


「......幸運を」その小さな一言がエレクエさんの最後の言葉となった。


 バンッ!


 銃声と共に、弾丸はエレクエさんの脳と顔をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。彼女の側頭部から発せられた、わずかな血しぶきが俺の顔に付着する。それは生暖かかった。

 こめかみの銃創部からは血が続々とあふれ出している。力を失った右手からは、リボルバーが解放され、その身を自由落下に任せた。そして、床と接触する鈍い音が辺りに響く。


 俺は一部始終を、まばたき一つせず、じっと見ていた。あたかもエレクエさんの死に様を目に焼き付けるかのように。


「すごい! すごい! こういうのを期待していたんだよ! 本音のとこ言えば、醜い争いの末、相討ち! みたいなのを期待してたんだけどね。でも、このオチもヒューマンドラマっぽくてアリかしら......」


 興奮した口調のシスルの声が遠くから聞こえてくる。別に、スピーカーの調子が悪くなったわけではない。精神の均衡を保つために数字を数えて、呼吸を一定に保つのに必死で、外界からの情報が上の空になっていただけだ......。


「いいもんを見させてもらったよ。やっぱり、こういう楽しみがあるからこの仕事は辞められないんだよな......」


 内なる衝撃と混乱のピークは過ぎた。それらの感情に置き換わる形で、沸々ふつふつと怒りが沸き上がってくる。


「お前らの顔面を吹き飛ばす時が、今から楽しみだよ」


 俺の呪詛じゅそに対し、シスルはあざけ笑った。


「あっ、もしかして怒ってる? でも、別に仕事でやってるだけだしー。その過程をちょっと楽しんでるだけで。つーか、あんたらも私達を殺すつもりでやってきたのに、返り討ちにあって、自分達が殺される側になってから、キレ始めるとかダサくない? まあ、有機生命体っぽい矛盾だらけの思考法のテンプレで面白いけどさー。とりあえず、約束通り脱出のチャンスは与えたから。申し訳ないけど別件で呼び出されたから、これ以上茶番につきあってらんないんだよね。じゃ、バーイ♪ 生きてたらまた会おうぜ☆」


 プツッとスピーカーからの音声が途切れた。と、同時に両足の拘束具のロックが解除される。


 茶番だと――。俺の怒りは、静かに、しかし間違いなく臨界点を突破した。


 いいだろう。俺を生きて解放したのが間違いであったと思い知らせてやろう。地獄の果てまで追いつめて全員ブチ殺してやる。


「あいつ......イかれてるぜ.......働きたくない.......」

「そうだな.......その分の.......」


 俺の背後にある扉の外から男達の話し声と、二人分の足音が徐々に近づいてきた。大方、死体処理にでもやってきたのだろう。


 俺は、呼吸を整え直すと、素早く手持ちのリボルバーのシリンダーラッチを押した。シリンダーが銃身の横に飛びだし、空と装填されてる部分が一目瞭然となる。引き金を引けば確実に弾が発射される位置まで、シリンダーを回転させた。 


 準備完了。


 リボルバーをポケットにつっこみ、目を瞑り力を抜いて、椅子にその身を預ける。古典的な死んだふり、だ。

 

 背後から扉の開く音。続いて、二人分の気配が室内に入り込んでくる。


「うわっ、これはひでえ」

「マジかよ! 一体、何があったんだ!?」


 どうやら、こいつらはこの部屋で何が起こったのかを知らされてなかったらしい。


 背後から近づいてきた、二つの足音。それらは俺の横を通り過ぎ、前方方向で止まった。薄目を開けて、様子を窺ってみる。ルミナスファミリーα構成員と思われるエルフと獣人の若い男達が、俺に背を向けてエレクエさんの遺体を調べようとしていた。


「あのシスルが何をやらせてたのかわからないが、やっぱりイかれてるのは間違いないな」

「なんで俺達がこんな汚れ仕事を......」


 目の前の惨状に気を取られているようで、俺がまだ生きていることには、気がついていないようだ。

 俺は勢いよく椅子から立ち上がって、最も近い位置に居たエルフの男に掴みかかる。


「ぐっ......!」


 首元を腕で締め付けられたエルフ男が苦悶の声を漏らす。背中を向けている油断した相手を、人質にするのはあまりにも容易かった。


 そのままの勢いで銃口を獣人男に向ける。


「死んでるんじゃなかったのか!?」


 自身の横で巻き起こった異常事態に気づいた獣人男が、驚愕に目を見開く。有無を言わさず、俺は無言で発砲。男の頭は吹き飛び、男は間もなく絶命した。


 続いて、リボルバーを掴んでいるエルフ男のこめかみに突きつけた。


「死にたくなければ俺の質問に答えろ」

「わ、わかった。わかったから、殺さないでくれ!」


 既にリボルバーの弾倉は空になっている。だが、その事実を微塵も知らない男は、無様に命乞いをする。


「お前ら二人の他に、ここには何人居る?」

「6人......いや7人だったか.......」


 俺は男の首元に回している左腕の締め付けを強めた。


「事実を正確に報告するのが身のためだぞ」

「6人! 6人だ!」

「ここは何処だ? どうやったら抜け出せる?」


 男は俺に聞かれた事を怯えた様子でペラペラと喋った。その内容を総合すると、この建物は9区パテカナンセ区画にある、ルミナスファミリーα所有の倉庫らしい。他の構成員をやり過ごすさえできれば、脱出するのはさほど苦労しなさそうだ。


「ご苦労」


 俺は、エルフ男の首を勢いよく右回転させ、その骨をへし折った。男は瞬く間に死体と化し、一言も発さず地面に伏す。

 続いて、俺は男達の死体を漁った。2丁の拳銃を発見できたが、そのどちらも生体認証システムが組み込まれており、セーフティロックが解除できない。とはいえ、こけおどし、もしくは鈍器としては活用できるはずだ。


 拳銃を懐に収めた俺は、ドアノブへと手を掛けた。拷問部屋を出る前に、振り返り、エレクエさんの遺体に一瞥をくれる。


「奴らに報いを受けさせてきます」


 俺は前を向き直した。そして、目の前の扉を押し開ける。

 

 振り返ることはしない、全てが終わる、その時まで。

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