1-21 最悪なゲーム

 唐突に意識が戻ってきた。どう考えてもあり得ないことだが、永遠に暗闇をさまよっていた気がする。


 俺は今どこに居るんだ? あれからどれくらいの時間が経った?


 フルに働いていない頭に様々な疑問が浮かび上がっては消える。


 俺は重い瞼をなんとか持ち上げ、今居る場所を確かめようとした。しかし、視界が酷くぼやけている。かろうじて、どこかしらの狭苦しい部屋に閉じこめられていることだけはわかった。あと、2メートル程前方にある椅子に何者かが、座っていることも。空気が埃っぽい。


 おぼろげな外界のシルエットからすると、見張りの類の敵の人員は、その椅子の占有者を除いて、今は居ないようだ。これは脱出するためのチャンスかもしれない。

 ともかく、ヴェルダさんとの通信を試みてみる。が、それも無駄だった。というより、奴らがどんな手品を使ったのか分からないが、そもそもニューラル・インターフェース自体がオフラインとなっていたのだ。


 どうやら、俺は椅子に座らせられているようだ。いや、正確には縛り付けられていると言った方が正確か。両足が何かの強靱なワイヤーのようなもので椅子の脚とくくりつけられているのだ。


 対照的に、上半身は一切拘束されておらず、自由に動かせる。早速、腕を両足の拘束具に伸ばして解除を試みるものの、無駄だと判明するまでにそう時間は掛からなかった。


 次に、身体全体を動かして椅子ごと移動できないか試みた。しばしの格闘ののち、これも徒労に終わる。どうやら、椅子そのものが、ボルトで床に強固に固定されているようなのだ。


「クソッ......無駄か.....」


 落胆と絶望が入り交じった悪態を吐く。とはいえ、状況は悪くなるだけではなかった。目覚めてから時間が経つごとに、だんだんと視界がはっきりしていったからだ。視力低下が永続的ではないという事実に一抹の安堵感を覚える。とはいえ、俺を取り巻く状況そのものは少しも良くなってはいないのだが。


 ともかく、目の前の椅子に座っている人物が誰であるかは、今一番の気になるところだ。殺し屋達の一人なのか、それともルミナスファミリーαの構成員なのか。


 誰だ――?


 目を凝らすと、ぼやけていた人物の輪郭がはっきりしていき、遂にその正体を表した。


 エレクエさんだ!


 正対する椅子に拘束されている人物の正体はエレクエさんだった。一目見たところ、彼女は俺と同じ拘束状態のようだ。シスルに踏み砕かれた右足もワイヤーで椅子とくくりつけられている。大丈夫だろうか?


 まだ、エレクエさんは意識を失っているらしく、その首は深くうなだれていた。一瞬、彼女を起こそうと声を張り上げようとしたが、すぐに思いとどまった。状況確認が先決だ。彼女を起こすのはその後でいい。


 エレクエさんの椅子を見て、初めて気がついた、恐るべき事実がある。それは、椅子から謎の電源ケーブルが壁のソケットまでへと伸びていること。もちろん、俺の椅子も例外ではなかった。極めて嫌な予感がする――。

 とはいえ、現時点でどうこうしようとして、どうにかできるものでもなかった。俺は、雑念を振り払うように、首を横に振った。


 改めて、自身が置かれた状況を見極めるべく、俺は辺りを見回してみる。


 天井も床も壁もコンクリートブロックで出来ている、6平方メートルの正方形型の部屋である。

 殺風景なもので、窓の類は一切無く、換気扇と寒々しい色を発する工業用照明灯が備え付けられているのみ。さらに、天井の四隅には監視カメラが設置されていた。そして、最悪なことに、床や壁には所々、血痕と思われる赤黒い染みがついている。どこかの地下の拷問室だろうか? 敵が監視しているとするならば、俺が目覚めた事にもとっくに気がついていることだろう。


 家具らしい家具は、俺とエレクエさんの間にある、何も乗ってない安物の卓だけ。


 一通りの状況確認が終了した時、エレクエさんがうめき声を挙げた。そして、瞼をゆっくりと持ち上げた。最後に「ここは......?」と、独り言のように疑問を呈する。


「エレクエさん!?」


 俺の問いかけに対し、エレクエさんは驚いたのかその体を震わせた。


「ケストレル......? くそっ、前が見えない.......」

「時間が経てば徐々に視力は回復します。どうやら、我々は拉致られたようです」

「通信は?」


 俺はゆっくりと首を横に振った。


「駄目ですね。ニューラル・インターフェースが強制無効化されています」

「だから死ぬほど痛いのか」


 エレクエさんは、血色の悪い顔に滝のように汗を浮かべながら、視線を自身の右足へと落とした。


「その......。大丈夫ですか?」

「気分は最悪。潰されたとこの感覚はないし、死ぬほど痛い。さっさとこの肥溜めから脱出して、治療したいな」

「同感ですね」


 その時。


「レディース&ジェントルメン! 気分はいかが」


 俺達が居る室内に第三者の声が響いてきた。聞き覚えのある可愛らしい声。――シスルだ。どうやら、壁に埋め込まれたスピーカー越しに俺達に語りかけているらしい。


「殺すなり犯すなり拷問するなり、さっさとすれば!」


 エレクエさんが明らかに苛立った口調で怒鳴った。


「まあ、そうカッカするなって。イライラは美容にとって良くないらしいよ。それはそうと、ちょっと時間をください......ああ、これか」


 向こう側で何かのトグルスイッチを弾く音が聞こえた。――次の瞬間!


「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ギャァァァァァァァ!」


 どこからともなく、得体の知れない熱が襲いかかってきて、全身の痛覚が焼かれた。痛い痛い痛いイタイいたい.......。思考が”痛い”というシンプルな一言に統一され、その他の思考の追随を許さない。疼痛伝達神経ペプチド最適化処理が働いていない状態での痛みがこれほど強烈とは。


 意識の遠くでは、自分の口から漏れ出る悲鳴と、エレクエさんが発する悲鳴が混ざり合って聞こえる。

 その熱は瞬く間に身体中を駆け巡り、やがて、去っていった。


 俺は激しく咳き込み、荒い息遣いで肩を上下に揺らした。自分達に通電させられたことに気がつくまでに、少しばかり時間が掛かった。ほんの数秒間感電させられていただけのはずなのに、数時間苦痛に苛まれていたと錯覚するほどの苦痛だった。 


「30ミリアンペア。まだ、黒こげにはなっていないよね?」

「俺達は.......貴重な......情報源じゃなかったのか.......? もっと丁重ていちょうに扱ったら......どうだ......?」


 息も絶え絶えに喋る俺を、監視カメラで見て(るかどうかはわからないが)、シスルはせせら笑った。


「アハハハ。もう、君達の脳をスキャニングして必要なデータキャッシュは頂いたよ。大部分が強固に暗号化されていて、すぐには使い物にならないらしいけどね。でもまあ、時間の問題かなーとは思うよ」

「だから、おもちゃにして殺すと......?」

「うん。クライアントと私達の厳正な協議の結果、そういう結論に至ったのだ。だって、君達二人とも用済みだし。まあ、半ば強引に私が押し通したんだけどね。生かしたままにしとくのはリスクが高いとか、それっぽい文言もんごんをたくさん並べてね。それに、君達以外にもまだ一人ヴェルダ残っているから安心して死んでいいよ」


 俺とエレノアさんの間の卓に何かが実体化させられ始めた。


 これは――!?


「最近デスゲームものにハマっていてね。その趣向を取り入れてみたよ。勝者にはここからの脱出のチャンスを、一応与えるから。あっ、この報酬は私が勝手に決めたことだから、他の仕事仲間には内緒にしといて。二人ともちゃんと殺すって約束で、君達の処分を一任されたからね。バレたらほんとヤバい」


 その正体は2丁の六連発式リボルバーだった。それぞれの向きを対にする形で実体化が完了。手を伸ばせば掴む事が出来る。シスルが俺達に何をさせる気かわからないが、どうせロクな事ではないのが明白だ。


「ルール説明をば。それぞれのリボルバーのシリンダーには、弾が一発だけ込められています。それを使っても使わなくてもいいから、相手を自分が殺される前に殺してください。1分おきにさっきみたいに電流を流すからそのつもりで。ちなみに、電撃の度に電圧を上げてくから、急いだ方がいいと思うよ。もたもたすると二人とも黒焦げになっちゃうからね。それでは、よーいスタート!」


 元気な掛け声と共に、最悪のゲームが、俺達のあずかり知らない間に始まってしまった。卓の上に置いてあるリボルバーに、自然と目線が釘付けになる。


 この馬鹿げたゲームをやりたくはない。何か上手くこの窮地を打開する策はないだろうか? 


 銃で両足の拘束具を破壊する? 一発で拘束具を破壊できる保障はどこにもない。


 では、忌々しい電流を運んでくる電源ケーブルを破壊するか? それも駄目だ。ケーブルを破壊したところで弾切れだ。拘束具を破壊する術は無い。そしてそのまま身動きが取れないところを、シスルが直々に殺しに来るだけだろう。

 せめて双方のリボルバーに、もう1発の銃弾が込められているのならば、話は別なのだが。 


 認めたくはないが、現実問題、選択肢は限られているようだ。


 ふと、目線を上げてみた。エレクエさんと視線が合致する。その目には俺と同じく、迷いと思索、二つの思惑が含まれていた。


「次の電撃まで10秒.......5秒.......3、2、1。ビリビリ。40ミリアンペア」


 実況の口調を模倣したシスルの楽しげな声と共に、再度、電撃が俺達を襲った。1回目の電流で過敏になった痛覚に、強まった電圧の二重苦。しかし、俺とエレクエさんは、今度は、二人とも無様な悲鳴は挙げなかった。不意打ちでなければある程度は耐えられる......。所詮、やせ我慢にすぎないが。


 迷ってはいられない。このままでは間違いなく、二人とも感電死する。だが、どちらか一人死ねば、もう一人が生還できる可能性が、ごく僅かに残されている。そして、死ぬ役割は誰だって嫌だ。そこから、行き着く結論はただ一つ。


 俺は強く息を吐き出した。覚悟を決めろ――最悪の状況における最適解を導き出せ――。

 目の前のリボルバーへと勢いよく、そして素早く右手を伸ばす。エレクエさんも俺と同じ結論に至ったようで、ほぼ同じタイミングで手を伸ばしてきた。


 交差する二つの腕。だが、エレクエさんの方が少しばかり早かった。こちらが彼女に銃を突きつける前に、彼女の銃口は俺に向けられていた。


「悪く思わないで」


 その言葉と共に、エレクエさんが手にしたリボルバーのシリンダーが回転。ファイアリングピンが叩きつけられるのがスローモーションに感じられた。

 




   

 

  

 

 

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