1-20 機械人形

「ハァハァ......。怪我は無い?」


 エレクエさんが、肩で息をしながら、質問してきた。得体の知れない怪物共に追いかけながら、あちこちを走り回ったのだ。いくら訓練を積んでいるとは言え、呼吸器官が休息を要求するのは無理もない。かくゆう俺も、息が上がっていた。


「大丈夫です.......、それにしても......」


 返答しながら、俺は辺りを見回した。

 俺達が逃げ込んだ巨大な建造物は、どうやら廃工場だったようだ。その証拠に、錆び付いた得体の知れない巨大な工作機械が立ち並び、それらを埃まみれのベルトコンベアが結んでいた。


 この大きさから推測するに、俺達がたった今入ってきた入り口以外にも、抜け道はあるだろう。不幸中の幸いにも袋小路に足を踏み入れたという事態は避けられそうだった。


 エレクエさんは、UfASシステムのポーチから電子励起でんしれいき爆薬とレーザーセンサー付きの信管を取り出し、扉の裏側に即席の爆発トラップを仕掛け始めた。万が一、扉が突破された場合でも、これで多少は時間が稼げるはずだ。


「奥を偵察してきます。ここで待機していてください」

「わかった。私はヴェルダとコンタクトをとる。......気をつけて」


 俺はエレクエさんに背を向けると、他の出口を求めて、廃工場の奥へ一歩踏み出した。


◇◇


 廃工場内は異様な静寂に包まれていた。自分が立てる足音、そして、虫達が入り口ドアに衝突し続ける音を除いて、一切音がしないのだ。


 その不気味な静寂の中を、俺はクリアリングを行いながら、ジリジリと進んでいた。今の所、脅威となる存在は見受けられない。しかし、静けさと相まって、罠なのではないかと勘ぐってしまう。


 罠の存在云々を抜きにしても、あまりモタモタはしていられなかった。巨大な虫達の出現方法にかんがみるに、次の瞬間にでも、周囲に虫達が湧き出してきてもおかしくはないからだ。


 リシェドの通信チャンネルでは、エレクエさんとヴェルダさんの通信が始まった。


『現況を報告してくれ』

『エリアC7の廃工場内に閉じこめられている。キモくてデカい虫達が、さっきから絶え間なくノックし続けてるよ』


 ヴェルダさんが唸った。


『あまりよろしくない状況だな......。お前達の現在地からして、撤退車両を放棄して、徒歩で作戦地域を脱出することも視野に入れるべきだ思う。そちらの方面でのルート算出を始めるとしよう』

『頼むよ。時間が―― マズイ!』


 突如として、思念通信が途切れた。と、同時に俺の背後から銃声や何かの衝突音が鳴り響いてくる。


 詳細は分からないが、何かマズイ事態が起きたようだ。時は一刻を争う。俺は、踵を返し、エレクエさんの元へと猛然と引き返した。


『エレクエがシスルと交戦中だ! ケストレル! エレクエを支援しろ!』


「マジかよ......!」


『了解!』


 俺の目の前には、遮蔽物越しに、人型の存在が赤くハイライトされている。赤......、それは部隊間戦術拡張現実において敵性存在を示す色だ。そのシルエットは何かしらのドレスをまとった人物を思い浮かばせるものだった。間違いない、シスルだ。他のターゲットと同じく、奴も姿を現す気になったらしい。

 部隊間戦術拡張現実では、部隊員が目視しているモノが他の部隊員のHUDにも反映される。つまり、エレクエさんは、現在、シスルと対峙し、その姿を目にしているのだ。


 二人の場所までもう少しだ――。より一層足を早める。1対1なら危険な相手だが、2対1ならば、勝機はある。


 埃まみれの工作機械の角を全速力で曲がると、そこに奴は居た。


 ヴィクトリア朝時代のような真紅のドレスを身に纏った華奢な機械人形オートマトン。人工のブロンド髪は縦ロールにまとめられており、その姿は、往年の美しいフランス人形を想起そうきさせる。が、その右腕には無骨なライフル状の可変式磁力兵器が装着されており、アンバランスさをもたらしていた。


 俺から見て左側にエレクエさん、右側にシスルという陣容。双方とも、遮蔽物に身を隠し、互いに銃火を浴びせ合っていた。俺は、シスルのほぼ側面に位置している。

これは、十字砲火に持ち込むチャンスだ!


 しかし、シスルは俺という新たな脅威を、横目で見るなりシリコン製の擬似表情筋に嫌な笑みを浮かべた。その瞬間、俺は背筋が凍るような感覚に包まれた。だが、だからといって仕事を放棄するような愚かさは持ち合わせてはいない!


「くたばれ!」


 そう叫びながら、俺は、シスルに照準を合わせ発砲を開始した。奴が正対しているエレクエさんの銃火も加わって、奴に逃げ場は無いはずだ。

 次の瞬間、俺は自分の目を疑った。シスルは予備動作なしにその場で大きく跳躍。俺達二人の射線を外しながら、俺から見て奥の方へと着地したのだ。そして、奴はその場所から異様な速さでエレクエさんに突撃した。


 あっという間の出来事だった。気がつけば、シスルはエレクエさんを肉の盾ミートシールドにしていた。左腕でエレクエさんの首元をホールドし、もう一方の可変式磁力兵器が備え付けられた右腕を俺に向けている。

 こちらも、奴にアサルトライフルの銃口を突きつけてるが、分はかなり悪い。ご丁寧にも、シスルは己の頭部をエレクエさんの頭のラインとピッタリ重ね合わせていた。俺が不用意に撃てば、エレクエさんの頭が吹き飛ぶことになる。


「はい、そこまで。こいつの首折られたくなかったら、銃を捨てて」


 シスルが初めて言葉を発した。絶対的優位性を我がものにしたせいか、その声と無機質な目は、嗜虐的な喜びに満ちあふれているように見える。


 何か良い手はないか――!?


『ごめん、やらかした。私ごとこいつを殺って』


 様々な思索に混じって、エレクエさんからの思念通信が俺の脳内に流れた。目の前の彼女は、首をシスルの左腕に締め上げられ、苦悶の表情を浮かべている。


 シスルは磁力兵器の銃身でエレクエさんの頭を殴った。


「ぐっ......」


 苦しげな声がエレクエさんから漏れる。シスルに殴られた、右側頭部からは血が流れ出していた。


「はーやーくー。次は両目を抉るから。制限時間は十秒ね。じゅう、きゅう、はち――」


 人を明らかに小馬鹿にした口調でシスルが宣告。奴は心底楽しそうだ。残された時間は少ない。奴は間違いなく、エレクエさんの両目に何の躊躇いもなく指を突き立てるだろう。


 決断の時が来たようだ。


「わかった。投降する」


 左手をフォアグリップから放し、シスルに手の平を見せつけるようにして宙に掲げる。同時に、残る右手で保持したアサルトライフルの銃口を上へと向けた。


「さっさと地面に置いて」


 シスルの勝ち誇ったような声が響きわたる。大人しく奴の指示に従い、アサルトライフルを床に置くべく、そのままの姿勢で姿勢を屈めていく。

 同時に俺は、右脚のホルスターに収められた拳銃のセーフティを遠隔操作で解除。


 タイミングが肝要だ――。


 姿勢を屈め続けながらも、ちらりと目の前の様子を窺う。予想通り、シスルはエレクエさんの頭部の横から、自身の頭部を出していた。目視で俺の動向を監視するためだろう。


 アサルトライフルの銃身が、僅かに地面と接触した時、可変式磁力兵器の射線が俺から少しばかりズレたのを見逃しはしなかった。


 今だ!


 俺は、アサルトライフルを手放すと同時に、ホルスターから拳銃を勢いよく引き抜いた。 

 立ち上がりながら拳銃を両手で構える。そして、一瞬で、シスルの頭部という小さな目標にターゲッティング。その目標の横には、エレクエさんの頭部があるが――。


 外しはしない!


 何の躊躇いもなく俺は引き金を引いた。鳴り響く銃声。放たれた10mmJHP弾は、正確に、そしてシスルに反撃の猶予を与えない速さで、狙った場所へと吸い込まれていく。曲芸じみた芸当を俺は完璧にこなした。後は、数瞬後、弾丸が奴の頭部を捉えるのを待つだけ.....。


 しかし、シスルは飛来してくる弾丸を。いとも容易くといった様子で、頭を横に動かしただけで。


 結局、弾丸はシスルの側を素通りし、風圧でシスルとエレクエさんの頬を傷つけただけで終わった。エレクエさんが小さく悲鳴を挙げる。


 失敗した。俺は奴の動体視力を甘く見積もっていた。深い絶望感が俺を押し潰そうと襲いかかってくる。


「なかなかやるじゃん」 


 シスルが、感心した口振りで言い放った。そうは言いながらも、自身の頭部はきっちりとエレクエさんの後ろへと隠している。殺しを楽しみはすれど、油断はしない......ということか。


「その勇気と技量に免じて、こいつの目を抉るのはやめてあげよう。シスルちゃんは優しいからね。女の子の顔を傷つけるのも何だかなーって思うし。もっとも、こいつは女の子というかおばさんだけど」


 シスルは自身の右脚を天高く振りかざした。何をする気だ!? 


「そのかわり......」


まさか――! 


「やめろ!」


 俺の静止の叫びを無視し、シスルは、振り上げた脚を勢いよくエレクエさんの右足の甲に叩きつけた。その姿はまるで害虫を意図して踏み潰すかのようだった。


「ぁぁああぁぁあ......!」


 骨が砕ける鈍い音と、締め上げられて息をするのもやっとなエレクエさんの声帯から響き渡る、声にならない悲鳴の二重奏だ。


「足を潰させてもらうから」


 締めくくりは、シスルの無邪気な口調の台詞だった。


「調子に乗るな。そいつらはそこそこ重要な情報源インテルだ。お前のおもちゃじゃない」


 聞いたことのない男の声を俺の両耳は捉えた。俺の背後だ。


 素早くそちらの方向へ銃を向けると、そこには、なんとターゲットの一人であるゲオルギーが立っていた。


「そうだ。もっとプロ意識を持て。じゃなきゃ、あんたと組むのもこれで最後だ」と別の男の声が。俺は今度はそちらに、拳銃を向ける。

 今や戦闘時感情揺動最適化処理機能はオーバーフローを起こし、俺は正常な判断を下せなくなっていた。所謂いわゆる、パニックというやつだ。


 シスル達の後ろから、例の巨大な虫達を引き連れたテミムが現れた。その横にはラウニネーも居る。

 当初の予定とは形が異なるものの、殺し屋達が一堂に会したわけだ。それも俺達にとって最悪の形で。  


「一人生きてれば良くない? ケチケチしないで遊ばせてよ」 


 まるでおもちゃを取り上げられた子供のような拗ねた声を出すシスル。


「バックアップはいついかなる時も必要だ。これ以上の議論は不要だろう。シスルそいつを離せ。二度は言わないぞ」

「しょうがねーなー」


 テミムに促され、シスルは嫌々ながらもエレクエさんの拘束を解除した。唐突に解放されたエレクエさんは、うめき声を漏らしながら前に倒れる。

 エレクエさんが地面に崩れる音で俺は我に返った。俺達は十中八九、近い将来殺されるだろう。その前にこいつらを一人でも道連れにしてやる!


「ウォォォォォォォ!」


 雄叫びを挙げながら、俺は引き金に掛けた指に力を込めた。刹那せつな、俺の目の前をピンク色のもやが覆った。身体中の力が抜けていく......。


 こいつの正体を突き止めるために、薄れる意識の中必死に辺りに目を泳がせる。視界の片隅では、テミム配下の虫が何か吐き出していた。どうやら、奴が吐き出している毒霧にあてられているようだ。


 ここまでか......。俺の身体は糸の切れた操り人形のように、地面に崩れ落ちた。その衝撃すらも、夢の世界の出来事のように曖昧なものに感じられる


『しっかりしろ! おい! ケストレル!?』


 遠くでヴェルダさんの思念通信が聞こえるが、段々と小さくなってゆく。やがて、何も聞こえなくなり、俺の意識は闇に閉ざされた。

  

  

  

 

 

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