1-18 3日前―― 仕事の時間

 俺達は、淡々と、しかし、着実に暗殺準備を進めていった。『準備8割・実行2割』とはよくいったものだ。暗殺者にとって最も重要なスキルは、準備を整える計画性、そして、いつ訪れるかわからない好機を確実に捉える忍耐力。俺達は、その基本を押さえているに過ぎない。

 そして、現地ブリーフィングから6日過ぎた、4月12日。絶好の機会がやってきたのだった。


 具体的には、4月14日に行われる麻薬運搬作業に、ターゲットである殺し屋達全員が護衛にあたるということ。その情報が、監視任務に当たっていたヘッケルさんとエレクエさんからもたらされたのだ。


 無論、戦闘のプロである殺し屋達が一堂に会する場面を、急襲するのは誰もがリスキーであることを認識していた。

 しかし、同時に、ターゲット全員を一挙に撃滅するチャンスでもある。各個撃破が望ましい形ではあるのだが、そう容易く事は進まない。

 なぜならば、一度でも殺し屋達に暗殺に対する警戒心を与えてしまっては、ただでさえ難しい暗殺がより一層困難なものになるのは容易く予想できるからだ。


 ともかく、電撃戦じみた一度きりの好機を掴み取るために、メンバー全員が事前準備に血道をあげた。

 そして訪れた4月14日。俺達は、ターゲットに対する一斉攻撃を敢行した......。


◇◇


4月14日 10:15

「部隊間情報連結同期......よし。火器管制システム......問題なし」


 俺は、壁に寄りかかる形で地べたに座りながら、ぶつぶつと小声で最終確認作業の進捗状況を呟いていた。壁と床の材質のひんやりとした冷たさが、緊張で火照った身体には心地よい。


 俺達が今居る場所は、9区ナナトハラ区画の下層地域の一角。一本道を、3階建ての建造物が左右から挟み込んでいる、といった感じだ。


 昼間だというのに人気ひとけは全くといっていいほど感じられない。ひび割れの隙間から雑草が覆い茂る舗道に、長い間放置されているのか塗装が錆びているホバービークル。土地勘の無い者にここが有人地域ではなく、放棄された区画であると説明したとしても、大多数の人々が騙されてしまうだろう。


 遠く離れた通りから響いてくる騒音が、かろうじて俗世界と、ほぼ廃墟同然のここを結びつけているといっても過言ではない。

 もっとも、そんな場所であるからこそ、麻薬のようなやましい代物を運搬するルートに選出されるのだろう。


 ターゲットの監視にあたっていた、二人とその他大勢の戦略情報部の面々が入手した運搬計画情報の大まかな要点は以下の通り。


 ・三台の車両が縦列を組んで運搬を実行する

 ・真ん中の車両に麻薬を搭載、前後の車両を護衛とする

 ・前方の車両にはXX、中央にはテミムとシスル、後方にはラウニネーが搭乗。その他にも護衛役の構成員が搭乗している。


 これに対して、俺達は次のような襲撃計画を立案した。ちなみに各員のポジショニングは、敵進行方向から見て左の建物に、レイアマティさんとヘッケルさん、右の建物に俺とエレクエさん。ヴェルダさんは後方からの情報支援を担当する。


 まずは、車両群のルート上にVBIED(Vehicle Borne IED、車両運搬式即席爆発装置)を配置し、先頭車両が付近を通過したタイミングで起爆。先頭車両の撃破と共に、後続車両の足止めを計る。

 次に、左右から銃撃及び、グレネードによる攻撃を加え、残る車両群を撃破。そして、迅速に撤退を行う。


 言うは易し、行うは難し、だ。実際に計画通りに行くとは限らない。実戦時には、臨機応変な順応性が求められる。


『ターゲット接近。準備はいいか?』


 ヴェルダさんの思念通信が全体通信チャンネルを駆けめぐった。

 

 来た!


 体中をアドレナリンが駆け巡るのが感じられた。

 

 俺は、すぐさま立ち上がり、窓際まで駆ける。昨日までそこにあったはずのガラスとカーテンは撤去され、代わりに手榴弾除けの金網が設置されている窓の横に張り付く。そして、手にしたアサルトライフル(ARSS-180)の銃口を、見下ろした一本道へと向けた。


 襲撃を行うにあたって、俺達は室内を防御に適した形に改造したのだ。多次元モバイルストレージから取り出した、大量の砂袋を床に敷き詰め、同様に、窓の左右にも砂袋を積み重ねてバリケードを構築した。

 ポジショニング変更を見越して、この作業を複数の部屋で実施。合計3時間に及ぶ重労働だった。だが、その防御力は折り紙付きだ。


 現在、俺が居るのは3階である。すぐ側ではエレクエさんが、俺と同じように眼下のターゲットを待ち構えている姿が見えた。

 

 複数の車両のエンジン音が徐々に近づいてきた。

 

 いよいよだ。緊張がより一層強まる。

 こういうのは待つ時間が一番つらいのだ。願わくは、さっさと始まってさっさと終わること。


『IEDの起爆と共に射撃を開始しろ』


 レイアマティさんが思念通信で指示を下す。


 俺は、大げさに肺に溜まった息を一気に吐き出した。そして、またもや大げさに、目一杯息を吸い込む。


『緊張してる?』とエレクエさんが、俺個人に思念通信を送ってきた。


『そこそこ。ですが、上手くやってみせますよ』

『お手並み拝見と行こうか......。来たよ』


 3台のうちの、先頭車両が目の前を通過していく。そして、中央の車両が俺のちょうど目の前にやってきた、その時!


 爆発音と振動と共に、路肩に置かれていたVBIEDが炸裂した。計画通り、先頭車両はその爆発に巻き込まれたようだ。


 仕事の時間だ!


 残された車両に対して、一斉攻撃が始まった。


◇◇


 二台の車両から無数の構成員が、銃を手にして飛び出てきた。しかし、左右、そして頭上から飛んでくる無数の弾丸の前にはあまりにも無力だったようだ。彼らは次々と血しぶきを上げて地面へと叩きつけられてゆく。戦闘行為というよりも虐殺行為といった方が適切かもしれない。


 グレネードの直撃を受けた最後尾の車両が爆発した。しばらくして、中央の車両も爆発。近くに居て、火だるまとなった構成員が悲痛な悲鳴を挙げながら、地面を転がり始めた。が、すぐ、身体に銃撃を受けて静かとなった。


『生体反応消失。終わりだ』とヴェルダさん。


 殺戮劇はものの数十秒で終了した。銃声や爆発音、悲鳴が木霊こだましていたこの一角は、既に元通りの静けさを取り戻している。路上に残されているのは、三台の炎と黒煙を挙げている車両群の残骸と、構成員達の死体のみ。


『案外、呆気なかったね』


 エレクエさんが心外といった趣で呟く。たしかに、余りにもスムーズにとは俺も感じる。もっとも、これまでの業務では上手く行かない事の方が多すぎて、卑屈にも似た思考法になりがちになっているだけかもしれないが。


『俺達二人が死体をチェックする。ケストレルとエレクエはカバーを頼む』

『『了解』』


 レイアマティさんに対する、俺とエレクエさんの応答の声が被さった。


 俺の目の前の建造物から、レイアマティさんとヘッケルさんの両名が周囲を警戒しながら出てくるのが見えた。彼らは、慎重に、しかし素早く、地面に転がる死体をチェックしていく。


『路上にターゲットは確認できず。車両の方を見てみよう』


 ヘッケルさんが提案する。


『そうだな。先頭車両から順に確認していくぞ』


 二人は、炎上し、黒煙を吐き出し続けている車両群に近づいていった。まずは、先頭車両から。レイアマティさんが周囲を警戒し、ヘッケルさんが非破壊方式物体検査機スキャナー片手に車内を調査するという役割分担だ。


 ここからでは、詳しい様子は窺えないが、それでもヘッケルさんが、怪訝けげんそうに首を横に振っている様子を捉えることはできた。


『おかしい。ターゲットの死体が見当たらないぞ』


 入手した運搬計画では、先頭車両にはゲオルギーが搭乗しているはず。計画に変更があったのだろうか?


『次の車両を検分する』とヘッケルさん。


 路上にいる二人は、移動を開始。次は、中央の車両の調査だ。


 先頭車両の時と同じように中央の車両もヘッケルさんの手によって、中身の死体が精査されている。


『どうなってる? ターゲットの死体どころか、ヤクの残骸すらもないぞ』

『何だと? ヴェルダ、他に動きがないか、至急、確認してくれ。この車列がデコイである可能性がある』


 異常な事態にも動じず、レイアマティさんはヴェルダさんに指示を下す。


『少し時間をくれ......』


 30秒後、ヴェルダさんからの応答があった。


『いや、他に動きは見当たらないな。間違いなくその車列がだ』

『嫌な予感がしてきたぜ......』


 ヘッケルさんが愚痴をこぼす。俺も、まったくもって同感だ。今のところ、目視できる範囲に人影は無いし、作戦地域の周囲に設置したマルチプル・アラートセンサーにも、何も引っかかっていない。

 だが逆に、その静寂さが嵐の前の静けさを想起させて、薄気味が悪いのだ。


 とにかく、今は警戒を強めることしか、俺にとってできることはない。 己の役割をしっかりと果たせ――。そう、自分に言い聞かせながら、俺は周囲へのより一層周囲への警戒を強めた。


『一応、最後の車両も確認してみよう。緊急時に備えて、ジャミングスモーク散布準備を怠るな』

『了解』


 エレクエさんが応答。横目で見た感じ、彼女もまた、俺と同じく警戒を強めているようだ。


 二人が最後尾の車両に移動を開始した、その時。


 可視可能範囲のギリギリ遠くで何かが動くのを、俺の両目は捉えた!


『0時方向!』


 俺が思念通信で叫ぶのと同時に、周囲に響きわたる銃声。眼下の路上では、背後から撃たれたヘッケルさんが血を吹き出しながら、前へと倒れ始めている。


 すべては、一瞬の出来事だった。





  

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