1-17 9日前―― リシェド
――現在から9日前
4月7日 8:15
世界識別番号・コード「1074・ハリケイレス」第5交易都市世界移動港
「どこの交易都市も、世界移動港だけは変わらないな」
たった今この世界に到着した世界転移機から降り立った俺は、開口一番、そう感慨深げに呟いた。
そう、これまで仕事で各世界を飛び回ってきたが、どこの交易都市の世界移動港も、雰囲気が似通っているのだ。機能的で清潔感がある内装設計から、各々異なる目的を抱えて世界を移動しようとする多種族の乗客達まで。
交易都市そのものは、摩天楼が立ち並ぶテクノロジーの極みのような交易都市から、中世の町並みを維持したままの交易都市まで、といったように雰囲気の種類が幅広い。
なのに、どういったわけか世界移動港だけは、まるで一つの世界移動港のコピー&ペーストを繰り返したかのように似通っている。
まあ、どうでもいいことだ。
俺は物思いにふけるのを中断し、搭乗していた世界転移機から吐き出される他の乗客の流れに合わせて歩き始めた。
俺の今一番の関心事は、今回の仕事がすんなり終わるか、ということ。
暗殺事業はハードだ。仕事内容には、一般の兵士業よりも高いリスクがつきまとうし、見知らぬ異世界の地に長期間拘束されることを余儀なくされる。ただその分、会社から貰える給与は高く、一回の仕事が終わる度に長期休暇が付与される。
仕事内容に見合う報酬と環境が用意されているというのは最高だ。仕事に対するモチベーションが上がるし、それは労働者に最高のパフォーマンスを発揮させたい経営者にとっては責務のようなものだろう。
しかし、俺がやりがいを感じているのは、どちらかというとそういった外的報酬より、暗殺という稼業のハードルの高さだった。フルに自身の能力と経験を要求される、限られた少人数しか携われない暗殺という稼業。
入社2年目にしてその暗殺業に携われている自分に対し、誇りを感じていたし、より精進していこうと意気込んでいる所存だ。
俺は、
ともかく、特に留年などをすることもなく無事卒業できた俺は、エールシス・セキュリティタスク社に入社した。
3ヶ月間の研修期間の修了後、俺は現地オペレーターとして、各世界の紛争地域の最前線へと送り込まれた。各戦線を転々とする生活が半年を過ぎたとき、暗殺事業部からのスカウトを受けた。当時、己の実績とスキルが認められた、と驚喜したことを、今でも昨日のことのように覚えている。
その後は、特殊任務ユニット、コールコード「リシェド」の新規メンバーとして3回の暗殺作戦に携わった。最初は色々と不慣れなことが多くて、苦労した記憶がある。が、徐々に特殊な業務にも慣れていって、今では上手くやっていけそうだと感じている次第だ。
いつの間にか、世界転移港のエントランス付近に到達していることに気がついた。考え事をしながら歩いていると、時間があっという間に過ぎていく。
さて、これから俺がしなければならないのは?
自問という形で今後の予定プランを再確認してみる。
答えは、午前11時までに、指定された集合ポイントに顔を出すことだ。
リシェドのチームメンバーは、素性を隠して、それぞれバラバラにこの世界へと転移する計画となっていた。メンバーの中では、俺がもっとも遅い到着となっているはずだ。
さてと、空腹感を感じるので、とりあえず腹ごしらえをしておこう。幸いにも、集合時間までには少しばかりの猶予がある。早速、俺は世界転移港内のレストランへと足を伸ばすことにした。
◇◇
4月7日 11:00
各地区の中心部に設けられた転送センターを通じて、1区から9区へと、一瞬にして移動が完了した。そこから徒歩で15分を掛けて、集合ポイントに到着した。
場所は、9区ラートアト区画の、廃アパートの一室だった。居住禁止になってからもう何年も過ぎてるようで、階段や通路には使用済みの注射器や空の酒瓶が散らばっており、さらに通路の壁は色とりどりの落書きで覆われている。
こういった場所は大抵、不法居住者が居たり、麻薬取引の現場となったいたりするのだが、不思議と人気はなかった。まさか、先輩方が先に居座っていた不法占拠者を片付けたのだろうか? いや、余程のことがない限り、そうそう一般人には手を出さないし、その可能性は少なそうだ。
俺は、312号室の玄関ドアの前で立ち止まった。
ここだ。
リシェドの全体通信チャンネルに、『現地到着』との符号を送信した。これはいわば合言葉を言うようなもので、この作業を怠って入室すれば、先に室内にいるであろう先輩方に蜂の巣にされても文句は言えない。
目の前の蝶番が壊れている玄関ドアを引き開ける。
外側もひどかったが、内側たる室内はもっと酷かった。
家具は見るも無惨に破壊され、酒の空き瓶や使用済みの注射器が床に散らばっている。カビとほこりがミックスされたような匂いが部屋には充満しており、長居したいと思う人は、とてもじゃないがいないだろう。
ともかく、室内には4人のリシェドのメンバーが、俺のことを待ち構えていた。計画通り、という訳だ。
壊れた窓際に立ち、外を眺めているオーク・スクルティヴィーの男が、コードネーム「ヘッケル」だ。彼は、リシェドではポイントマンを担当している。
壁にもたれ掛かっているヒューマノイド型電子生命体内包フレームの男は、「レイアマティ」だ。リシェドのリーダーであり、彼の的確な指揮・状況判断が、任務遂行には欠かせない存在となっている。
レイアマティと同じく壁にもたれ掛かって、手元でコンバットナイフをくるくると回転させているヒューマン・ラクシュリッグの若い女は「エレクエ」。彼女は、マークスマンを担当している。
崩れかけの本棚から、放置された本を手にとって、適当にぱらぱらとめくっているワーウルフ・ユノランの男が「ヴェルダ」。彼の主な役割は、チーム全体への情報支援だ。
そして、リシェド5人目のメンバーが俺、コードネーム「ケストレル」こと、サイト・サギノミヤだ。特に定められた役割はない。状況に応じて誰かしらのバックアップに回ったり、装備品の調達をしたり......。強いて言えば、チームの何でも屋ってとこか。
もっとも、ここにいる全員に言えることだが、定められた役割、ただそれだけをこなせばいいというわけではない。暗殺は状況の流動性が極めて高く、全員が何でもこなせなければ話にならないのだ。あくまで個人が何をメインに担当するか、というスタンスであることは、メンバーの誰しもが理解している。
「ケストレル、到着しました」
俺は部屋にいた先輩方に挨拶をし、そこら辺にあった椅子を引っ張り出して腰掛けた。接合部分が軋む音が室内に響く。
「全員揃ったな。では早速だが、始めよう」
レイアマティさんが俺の姿を見るなり、各々の意識を自分へと引きつけた。
「まずは、ターゲット情報の再確認からだ。ヴェルダ、頼む」
「わかりました」
ヴェルダさんは頷き、リシェド全体通信チャンネルに情報を投下し始めた。それらは、3日前のブリーフィングで見たものと何ら変わりはなかったが、重要事項は何度でも頭に叩き込んでおいて損はない。
通信チャンネル上に浮かび上がる、ターゲットである四人の男女の写真。いずれも、我が社の戦略情報部が抱える
その中からまず、眼鏡を掛けて口元をガスマスクで覆っている、神経質そうな男の写真が強調された。
「テミム・ラハラ。ヒューマン・アナトジャニア。26歳。保有超常技能は妖術。数少ない情報によると、虫を遣うようだ。手数を増やされると厄介なので最優先で撃破することを推奨する」
ヴェルダさんの解説と共に、テミムに関する情報やプロフィールなどがチャンネル上を流れていく。
続いて、鮮やかな金髪が目立つ、筋肉質な男の写真がピックアップされた。
「次は、ゲオルギー。ヒューマン・トゥラックス。32歳。ルフルド(特殊部隊名)出身者。尋問・拷問のスペシャリストらしい。生きては捕まりたくない相手だな」
ヴェルダさんによるターゲット紹介はまだまだ続く。次は、ハーピー族の女の写真だ。
「ラウニネー・エヴァンズ。ハーピー・ネイランジ。29歳。飛行能力を生かして、高所のポジショニングからの狙撃を得意としている。不安定な飛行状態でも正確に目標を狙撃できるんだから、驚きのスキルといえよう。殺り合う時は、背後だけじゃなく頭上にも気をつけろ」
いよいよ最後だ。ヴィクトリア朝時代の貴婦人のような服を着た、機械人形の女の写真が強調された。
「シスル。
ヴェルダさんは、室内にいる全員を見回した。
「これで全員だ。何か質問はあるか? ないなら終了する」
俺含めて、誰一人として質問者は居なかった。
「あまり同業者とは
ヘッケルさんが愚痴を言う。それは、この場に居る全員が思っていることだろう。
「辞表届の作成済みテンプレート、あるけどいる?」とエレクエさんがヘッケルさんに冗談めかして質問する。
「フッ。面倒事はできるだけ先延ばしにする主義なんだ。この仕事が終わったら考えるとするさ」
軽口の応酬が一段落したところで、レイアマティさんが全員に呼びかける。
「では続いて、今後の行動プランの再確認と行こう。各自の役割はブリーフィング時と変わりはない。俺とケストレルは、装備の手配からセーフハウス確保といったロジスティクス構築作業。エレクエとヘッケルは、ターゲット及び、そのクライアントであるルミナスファミリーαの監視。現地潜入工作員との協力を欠かさずにな。ヴェルダは、
最終確認に対し、
「ありません」
「問題ない」
「いいぜ」
「やりましょう」とそれぞれから返答が寄せられた。
レイアマティさんは、一歩前に踏み出し、身振りを交えながら指示を下した。
「以上だ。各自、連絡と協力を密にし、いつも通りに業務をこなそう。それでは解散」
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