1-16 再起への第一歩

 俺達を乗せたホバービークルは徐々に減速していき、閑静な住宅街の路肩へと停車した。目的地であるクリニック前に着いたのだ。といっても、俺の目の前にあるのは、病院ではなく12階建ての高級そうなマンションである。


「ここで二手に別れよう。二人は、ツクモ達と合流してシスルの行方を追ってくれ」


 ディシェル氏は、ミリカさんとアーヴィッド氏にそう言い残し、車外へと出る。

 俺もディシェル氏に続こうとドアを開けたが、刹那、頼みたいことを思い出した。車外へと出てた半身を車内へと引き戻す。


「アーヴィッドさん。一つ頼みたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」

「いいぜ」とアーヴィッド氏は後部座席の俺へと首を回した。


 アーヴィッド氏にヴェルダさんから受領した秘匿物資の所在地コードを送信。


「私が治療を受けている間に、これの回収をお願いしたいのですが」

「わかった。任せてくれ」

「ありがとうございます」


 礼を述べ、俺は車外へと出た。


「お大事に」

「どうも」


 背後から投げかけられたミリカさんの励ましに、礼を述べたところで、俺はホバービークルのドアを閉める。少し間をおいて、ホバービークルは発車した。


「こっちだ」


 一足先に、マンションのエントランスで待っていた、ディシェル氏が俺を手招きする。

「早く治るといいんだがな」


 そう言いながら、ディシェル氏は914号室へと繋がるインターフォンを押した。すぐさま、通話回線が開かれる。


「はい」


 若い女性の声だ。


「さっき急患の連絡を入れたディシェル・ヒュペリクス・クアトヴァラだ。患者を連れてきた」

「どうぞ」


 エントランスの外と内を仕切っていた、ガラス戸が開かれた。ディシェル氏と俺は、その扉の向こうのエレベーターの前へと足を進める。

 もっともエレベーターといっても、その中身は旧来の、ワイヤーで垂直方向に移動する昇降機ではない。正体は、階層移動用短距離テレポーターである。このマンションの階層移動用短距離テレポーターは二台あり、そのどちらとも、定員12名のごく一般的な中型サイズだった。


 ともかく、エレベーター内に乗り込む。ディシェル氏がコンソールを操作すると、「転送を開始いたします」との人工音声が発せられた。


 次の瞬間、俺達は9階の階層移動用短距離テレポーター内に居た。


「完了」


 人工音声と共にエレベーターの扉が開かれた。もはや、個人経営クリニックは目と鼻の先だ。 

 

 ◇◇


 クリニックに入ってから、俺は一室を改造したと思われる手製の診察室へと案内された。ちなみにディシェル氏は、リビングで待つとのこと。

 そこは、個人の住居というより、まさしく診療所といった内装だった。正体不明の医療装置と思われる器具の数々に、室内に満ちた消毒薬の匂い。


 ともかく俺は、多次元モバイルストレージから取り出した新鮮な左腕を膝の上に乗せて、中途半端な座り心地のスツールに腰掛けていた。


「ちょっと待ってて。もうちょいで準備終わる」


 同室の医療用シンクで腕を肘まで洗っているのが、このクリニックの主だ。人間の女性であるその闇医者は、「ロミルダ・シュティークロート」と名乗っていた。外見年齢は20代後半から30代。


腕は確かだろうか?


「じゃあ、診察するね」とロミルダさんは、緑色の手術着姿で医療用のゴム手袋を装着しながら、俺の目の前のスツールに座った。

「アンプタ(切断)と記憶喪失、どちらから治療したい?」

「先に腕を繋げてください」


 わざわざ聞く必要あるか?


「まあ、そうだよね。ちょっとそれ貸して」


 そういいながら、ロミルダさんは俺の左腕を取り上げた。何の意図があるのか皆目見当がつかないが、左腕を揺らす。外的運動力が加えられて、彼女の目の前で左手がブラブラと揺れる。まるで手招きしているかのようだ。

 それを見たロミルダさんは満足そうに、左腕をひっくり返して、切断面の様子に目を通した。


 人のちぎれた腕で遊ぶなよ......。


「接合できますか?」


 ......返答はない。


 ロミルダさんは、俺の問いかけを無視し、左腕、そして俺の左肩、双方の切断面を観察している。


 本当にこの闇医者は大丈夫なのだろうか? これから、「右腕を切断して左腕に接合しよう」、とでも言い出しそうだ。


「レーザー熱傷部分の損傷した生体組織をクローニング。からのバイパス接着生体素子の塗布でなんとかなりそうだね。んじゃ、治すからこっち来て」


 唐突に、ロミルダさんはチェアから立ち上がり、部屋の片隅にある医療装置の一つの元へと歩いていった。


「はあ」


 ロミルダさんのマイペースぶりに半ば呆れながらも、俺もスツールから立ち上がった。


 ◇◇


 3時間後......。血圧測定器のような医療装置に肩をつっこんだり、謎の液体を傷口に吹きかけられたりしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。今では、俺の体には、一度分離されたはずの左腕が再接合されている。

 切断面に面した傷口部分は、全てクローニングで修復され、いまやかすり傷一つ無く元通り。大多数の人に見せたとしても、数時間前までは、切断されていたとは信じないだろう。


 見事な修復技術だ。舌を巻かざるを得ない。


「どう? 問題なく動く?」


 ロミルダさんに言われるがまま、試しに左手の指を順番に動かしてみる。......問題なく動くが、少しばかり、運動神経の伝達から実際に指が動くまでにラグがあるな。


「思い通りに動かせますが、多少のラグがありますね......」

「生体素子の順応には時間が少し掛かるからね。しばらくすれば元通りになるはず」


 か......。今は一分一秒でも惜しい情勢だ。


「大体、どれくらい掛かるんです?」

「おおよそ18時間ってとこかな。辛抱できる?」

「それくらいなら」


 ロミルダさんは微笑んだ。


「それは良かった。じゃあ、次はこのボールを掴んでみて」


 ◇◇


 全ての術後検査が完了した。検査結果は正常そのもの。腕や手を動かす際の、わずかなラグは気になるところだが、ここはロミルダさんの言葉を信じてみるとしよう。ロミルダさんの第一印象は、ただのヤバイ人だったが、今やその評価は覆っている。行動や言動にこそ難はあるが、彼女の医療技術は一線級だ。


 ともかく、こうして俺の左腕は無事、あるじの元へと帰還してきたのである。


「さて、と。次は、記憶の修復かー。あれ、面倒なんだよな。まずは、検査してみるか」


 ロミルダさんが、左手で頭を掻きながらブツブツと呟いている。直後、彼女は診察装置を指差した。


「あれに入って」

「はい」


 大人しくロミルダさんの指示に従い、筒状の診察装置に身を預ける。次の瞬間、装置内に精査レーザーが照射された。頭の先からつま先まで、30秒程かけて、精査レーザーが俺の体を横断する。


「お疲れ」


 診察装置から出てきた俺に、ロミルダさんが労いの言葉をかける。


「ふーん、トラソルリッグか。なるほどね」

「修復できそうですか?」


 ロミルダさんがこちらに向き直って、口角を上げた。


「十中八九いけるよ、たぶん。ちなみに全く関係ないけど、取り憑いている低級の実体不所持性敵対存在が1体検出されたよ。右肩よく凝らない?」


 記憶喪失が治るのか!? その言葉に、俺の胸は心躍った。曇天の空から一筋の光明が見えてきた、そんな気分だ。


「ほんとに治るんですね!?」

「やってみればわかるって。あと、お祓いはうちでは専門外だから、他を当たってね」


 実体不所持性敵対存在のことは、今のところどうでもいい。問題は失われた記憶を取り戻せるのか、いなか、だ。


 俺の目の前では、ロミルダさんが多次元モバイルストレージから、得体の知れない器具の数々を実体化させている。右手に多次元モバイルストレージを持ちながら、彼女は、空いた左手で診察台を指差した。


「あそこに寝て」


 ロミルダさんの指示に従い、診察台に仰向けになって寝そべる。しばらくして、ロミルダさんがやってきて、俺の頭に謎の装置を取り付け始めた。それは、電気椅子に座らされた死刑囚の頭に取り付ける装置のような形状をしていた。


「なんなんです、これ?」

「ちょっと、ビリビリするけど、耐えて」


 またもやロミルダさんは俺の質問を無視し、手早く取り付け作業を終わらせた。そして、「じゃあ、行くよ」と一言。


「え? ちょっと、待っ――」


 次の瞬間、俺の脳内に電撃のようなものが走った。意識と記憶が逆流し、時の流れは未来から過去へと進行方向を逆にしたようだ。意識がブラックアウトする......。







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