1-15 請負人

 5分程で迷宮のように入り組んだ路地裏からの脱出を果たした。俺の目の前では、協力者の二人組が既に、路上に止めているホバービークルに乗り込んでいる姿が見える。


 俺が少し遅れてホバービークルのもとまでに到着すると、右側後部座席のドアが自動で開かれた。どうやら、ここに乗れ、とのことらしい。

 大人しく無言の指示に従い、俺はホバービークルに乗り込む。


 車内には三人の先客がいた。助手席には、グレイ型外的宇宙出身種族の男。左側後部座席、つまり、俺の隣の座席にはミリカさん。運転席には、まだ見知らぬ顔である、リザードマンの男がシートに座っていた。

 リザードマンの男は、この世界で二世紀程前に流行った、ハードボイルド探偵小説の主人公のような出で立ちをしている。中折れ帽にトレンチコート。フィリップ・マーロウのコスプレでもしているのだろうか?


「出してくれ」と助手席の男。


 リザードマンは首を縦に振り、自動運転を担うクラス1AIに目的地を指定した。俺達を乗せたホバービークルのエンジンが始動。車体が浮き上がり、自動運転が開始された。


 今更ながら俺は、謎の協力者達にホイホイとついてきてしまったことを後悔し始めていた。

 あの場所では聞けなかったが、彼らの正体は? 単純に、『敵の敵は味方』という図式であればいいのだが、世の中そう単純に物事が運ぶケースはごく稀だ。むしろ、『敵の敵も、また敵』という事の方が裏社会では日常茶飯事。何しろ協力者達の一員には、施錠された人のセーフハウスを勝手に出入りしていた謎の少女がいるのだから。


 たまたま利害が一致したから協力者のように振る舞っているだけで、その真意は、悪意にまみれているのかもしれないではないか? 敵にセーフハウスの所在地がバレたのも、彼らがリークしたから......、という考え方だってできる。


 俺が抱える疑心を見透かしたかのように、助手席のグレイ型外的宇宙出身種族の男が口を開いた。


「今のところ、我々と君は敵ではない。むしろ、利害が一致している者同士、協力しあえるかもしれない関係性だ」


 ここは慎重に言葉を選ぼう。


「先程は、窮地を救っていただきありがとうございました。その事実に関しては、本当に感謝しています。ですが......」


 俺は左隣にいるミリカさんに一瞥をくれた。


「素直にあなた方を協力者と呼ぶことはできない。ここでいうところの利害の定義は不明。おまけに、彼女は私のセーフハウスに不法侵入していた」


 ミリカさんはバツの悪そうな表情をして目を瞑った。なおも俺は続ける。


「窮地を救ってくれたという事実と、そういった疑わしい数々の点。両者を天秤に掛けた場合、どちらが重いか判断しかねている......。そういった状態なんですよ」

「なるほど、君の言うことはもっともだ。それでは、嫌疑を晴らすために、疑わしい点の一つ一つをつまびらかにしていくとしよう」


 助手席の男は、軽く咳払いをしてから語り出した。


「まず、利害の定義を示そう。これは、ルミナスファミリーαに雇われた殺し屋達の抹殺。ターゲットは純粋に、雇われた殺し屋達だけだ。クライアントルミナスファミリーαには手を出さない。我々は、その目的を達成するために動いている。どうだろう、君と利害は一致しているだろうか?」

「ええ、私の目的も殺し屋達だけを殺害することです」


 とりあえず、謎の協力者達と俺の利害が一致していることが判明した。


「次に、ミリカが君のセーフハウスに侵入していたという事実に関してだが......。まずは、詫びさせて貰おう。すまなかった」

「......済んだことです」


 唐突な謝罪に驚く。果たして、この謝罪は真意だろうか?


「なぜ、彼女が君のセーフハウスに侵入していたかという説明をする前に、我々の正体を明かした方が話はわかりやすいだろう。我々は......」


 男は一呼吸置いた。


「請負人だ」

「請負人......?」


 『請負人』。聞き覚えのある気のするワードだが、その単語が意味するところは忘却の彼方だ。


「すみません。実は、記憶喪失でして......。差し支えなければ、どういった職業なのか教えて頂けませんか?」

「記憶喪失?」


 男は一瞬、戸惑いを示したが、すぐさま解説に移った。


「一言で言えば専門家集団だ。まあ、とても一言では言い表せないほど、いろんな連中がいるよ。暗殺者からクラッカー、果ては料理人まで。そういった多種多様な連中を請負人たらしめるのが、合法・非合法を問わず依頼された高リスクな業務を遂行する、ってポイントだ。あとは、協会に請負人登録しているってところもか」

「あなた方も?」


 男は大きく頷いた。


「ああ。我々は請負人ユニオン『フォルトガンド』。ああ、ユニオンというのは、気の合った請負人同士で組む、業務を遂行するためのチームのようなものだ。一人でやるより、複数人で取り組んだ方が効率がいいからな」


 男の話す内容が真実だとすれば、利害が一致している以上、協力して殺し屋達(残るは一名のみだが)を殺せるかもしれない。一人で立ち向かうより、遙かに任務を果たせる可能性が高まるだろう。


「俺は、ディシェル・ヒュペリクス・クアトヴァラだ。『フォルトガンド』のリーダーをやっている」


 ディシェル氏が、運転席に座っている蜥蜴人の男に左手を向けた。


「そして、こっちが――」

「アーヴィッド・ランバート。まあ、よろしく」


 運転席の男は、後部座席に振り向きながら自己紹介をした。


「最後は私ですね。ミリカ・ブレンダレルです。よろしくお願いします」


 この流れだと、俺も自己紹介をしておいた方がいいだろう。


「ケストレルです。もっとも本名ではなく、所属していた暗殺チームのコードネームですが」


 全員が自己紹介を終えたタイミングで、ディシェル氏は語りを再開した。


「さて、我々の正体が明らかになったところで、釈明の続きをさせてくれ。まず、我々は、ルミナスファミリーαに雇われた殺し屋達を抹殺するという業務を請け負っている。ちなみに、クライアントの正体は協会の者しかわからない。請負人制度がそういうシステムになっているんだ」


 つまり、請負人ユニオン『フォルトガンド』の面々と、エールシス・セキュリティタスク社暗殺チーム『リシェド』の、業務内容は全くの一緒だったというわけだ。もしかしたら、同じ車内に居る人々と殺し合う展開になっていたかもしれない。


「我々が9区内に現地入りしたのは、7日前の4月9日。情報収集の最中、我々と同じ目的のがいることが判明した。つまり、ケストレル達のチームの事だ」

「つまり、我々の事も監視対象にしていたと?」 


 ディシェル氏は事実を認めた。


「ああ。ターゲットである殺し屋達、ルミナスファミリーα、そして、君達の暗殺チーム。三者の動向を監視していた」


 両手の指を目の前で突き合わせ、ディシェル氏は続ける。


「そして、4月14日。君達のチームが殺し屋達に、一斉攻撃を仕掛けることが判明した。対し、我々は様子見をかねて静観を決め込むこととした。獲物を取り合って同業者と殺し合うのは本意じゃないからな。結果は......、君が知るとおりだ」


 4月14日......。俺が死体袋の中で目覚めた日だ。


「KIA2名、私を含めてMIA2名。......壊滅ですね」

「君達のチームが壊滅してからというもの、我々は君達が抱えるセーフハウスを漁っていた。所有者は最早居ないうえ、より有益な情報を得られる可能性があったからだ。言い方は悪いが......、まさしくローリスク・ハイリターンというわけだ」


 なるほど。これでミリカさんが、俺のセーフハウスに出入りしていたのも納得がいく。彼女が俺の顔を見るなりゾンビ扱いしたのも。敵に拉致されて死んだはずの監視対象が、唐突に目の前に飛び出してきたら、誰だって驚くだろう。


「以上が、ミリカが君のセーフハウスに侵入していた事への釈明だ。納得してもらえただろうか?」

「ええ、納得しました。それにしても、なぜ私を助けたんです? 利用価値があったからですか?」


 ディシェル氏は苦笑いを浮かべた。


「包み隠さずに言うと、その通りだ。無力な獲物を前に、油断している奴を背後から撃つこと程、容易いことはないからな」

「いずれにしても、上手くいって良かったですよ。こちらの損害は腕一本。向こうは、殺し屋三人の死体。申し分ない結果だ」


 ともかく、これで彼らの素性も行動の要因も全て判明した。そろそろ、未来の話へ切り替えていくべきだろう。そう、俺と彼らの今後の協力関係について。

 俺から切り出すこととした。


「さて、これからの関係について語り合う段階に到達したようですね。こちらとしては、是非ともあなた方との共闘によって、残るターゲットを殺す確率を上げておきたい。なにより、あなた方がこうもペラペラと内情を語ることが意味するところを考えると、協力をしないという選択をした時の、その後の展開が容易く予想できますしね」

「こちらとしても、利害が一致する者同士、協力は願ったり叶ったりだ。戦力は多ければ多いほどそれに越したことはない。あと、内情云々は君の考えるとおりだ。賢明な判断を下したな」

 

 ディシェル氏は「協力関係の仔細を......」と言いかけて、何かを思い出したかのように俺の左腕部に注目した。


「その前に、君のちぎれた腕を接合するのが先だな......。腕のいい個人経営クリニック、もとい、闇医者を知っているが、どうする? フッ、まったく物は言いようだな」 

医者じゃなければ、なんでもいいですよ。是非とも紹介してください」


 断る理由はどこにもない。


「わかった。アーヴィッド、目的地変更だ」

 

 こうして、俺達を乗せたホバービークルの行き先は変わった。

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