1-14 転換点
俺の発言で、再び殺し屋達から爆笑の渦が巻き起こった。
好きなだけ笑うがいい、それだけお前らは死に近づく事となる。
俺の視界に、追跡者達の背後の空気がわずかに揺れ動いた様子が映った。一瞬そちらへ視線が動きそうになるが自省する。殺し屋達に気づかせてしまっては元も子もない。
殺し屋達も俺を嘲笑することに夢中になって、新たな敵対者の存在に気がついていないようだ。
『君は、今、照準を合わせている金髪を殺れ。俺達は眼鏡とハーピーを殺る。戦闘開始は五秒後。同時に、少しばかりうるさくするが我慢しろよ』
協力者からの思念通信による指示。
『わかった』
こちらも思念通信を送り返す。いよいよ正念場だ。
頭の中で秒数を数え始める。
5......4......。
「テミム、ラウニネー! このコメディアンの脳は傷つけるなよ! データキャッシュを引き出すのに必要だからな!」
筋肉質の男がニヤニヤしながら、大声で仲間に伝えている。向こうも
3......2......1......。
「さて、お前の――」と筋肉質の男が何かを言いかけた、その時。
0!
「発動せよ」
追跡者達の背後から、どこかで聞いたことのあるような、若い女性のものと思われる声が響いてきた。同時に、あたかも脳をシェイクするような不協和音が耳の中に木霊する。
「何だ!?」
眼鏡男が顔を不快に歪めさせながら叫ぶ。どうやら、この現象はこの場にいる全員に等しく起こっているらしい。謎の協力者は超常技能か何かを用いて、文字通り、うるさくしたわけだ。
あらかじめ身構えていた俺にはさほどダメージは無かったが、不意を突かれた殺し屋達には大きな動揺が走っている。
チャンスだ!
拳銃の引き金を躊躇無く引く。
俺が筋肉質の男に発砲したのと同時に、殺し屋達の背後からも発砲音が聞こえてきた。間髪を置かず、俺は右へとドッジ。その瞬間、俺の左肩に強烈な熱が襲いかかってきた。
ハーピー女に撃たれた!
全てがスローモーションに感じられた。
不快そうな表情のまま脳天に、俺が放った9mmJHP弾をブチ込まれ、後ろへと倒れ始めている筋肉質の男。眼鏡男はうなじで弾丸を受け止め、驚愕の表情を見せながら息絶えようとしている。
ハーピー女は翼と本体の接合部をレーザーで焼かれ、高度を維持できなくなったのか
「殺す......殺すっ.....!」
地面と激突した後も、ハーピー女にはまだ息があるようだ。苦悶と呪詛の声を洩らしながら、手放してしまったレーザーライフルを掴もうと、サイバネティックスアームを必死に伸ばしている。
反撃をさせてはならない!
「させるかよ!」
俺は叫び、地面に横たわったまま、負傷を
左腕が無い......!
おそらくは、先程レーザーで射られた時に、切断されてしまったのだろう。だが――。
まだ、右腕は残っている!
残された右腕に保持された拳銃の照準を、ハーピー女の頭に合わせる。そして、二回引き金を引いた。これが最後の弾だ。
二発とも命中! ハーピー女は数回、大きな痙攣を起こして動かなくなった。そして、奴は二度と動くことはないだろう。
急速に時間間隔が元に戻った。先程の死闘が嘘であるかのように路地裏は元の静けさを取り戻す。
俺の目に映るのは、三人の殺し屋達の死体、スライドが開いた拳銃。そして、主から切り離されて地面に転がる、俺の左腕。
恐る恐る、左肩の傷に目をやった。そこにあったのは、焦げた肉とわずかに見える白い骨。一目見た感じ、左腕はレーザーで綺麗に切断されたようだ。
疼痛とうつう伝達神経ペプチド最適化処理によって、左肩に感じるのは苦痛ではなく、純粋に危険を知らせるシグナルとしての痛み。
危ないところだった。少しでも右方向にドッジするのが遅れていれば、脳天を貫かれて即死だっただろう。左腕だけで済んだのは不幸中の幸いだった。
「生きてるか?」
静けさを打ち破るかのように、謎の男の声が響いてくる。
俺は、片手で拳銃をショルダーホルスターに収め、よろよろと立ち上がった。
「ええ、なんとか。右腕はちぎれましたが、おかげさまで無事生きてますよ」
「それは良かった」
そして俺は、自分を救ってくれた協力者の正体を見極めようと、先程、空気が揺れ動いた地点に目を凝らす。
再び、空気が揺れ動く。次の瞬間、何もなかった空間から二人の守護天使が現れた。おそらく、今までそれを用いて身を隠していた、超常技能を解いた、もしくはクローク装備の電源を切ったのだろう。
そこには、長躯のグレイ型外宇宙出身種族の男、エルフの少女が立っていた。二人とも、私服の上にUfAS(Utility for All Soldiers)装備品取り付けシステムを身につけた、非正規戦スタイルの服装をしている。
何よりも俺を驚かせたのが、少女の存在だった。安ホテル「グアララト」で俺に電撃を食らわせてきた人物と、同じ顔つきをしているではないか!
「君は......!」
「その節は、ほんっとにすみませんでした!」
少女は両手を目の前で合わせて、右目を瞑りながら謝罪をしてきた。
「別に構わないけど......」
まあ、電撃の件は済んだことだしどうでもいい。しかし、ますます協力者の正体の謎が深まっていく。
「少し待っててくれ。すぐに終わる」と男。
いぶかしむ俺をよそ目に、男が多次元モバイルストレージから何らかのビーコンを取り出し、殺し屋達の亡骸周辺の地面に設置作業を始めた。その横ではエルフの少女が、唯一、脳を傷つけられていない眼鏡男の脳に、スキャニングデバイスを取り付ける作業を行っている。
「これが一定時間後に、こいつらの死体の位置を俺達のクライアントに知らせることになっている」
そう解説しながら、手早く作業を進めていく男。見事な手際であっという間にビーコンは動作を開始した。
「終わった。そちらは?」
男が少女に聞く。
「こちらも終わりました。データキャッシュも問題なくサルベージ完了」
「よし」と男が満足そうに頷く。
謎の協力者達がそういった作業をしている間、俺は先程までくっついていた左腕を、残る右腕で拾い上げて壁にもたれ掛かっていた。レーザーで傷口が焦げているため、出血は幸いにも大したことはない。適切な応急処置を施せば、失血死や感染症のリスクを免れられるだろう。
さて、問題はこの切り離されてしまった右腕はくっつくのだろうか、ということだ。まあ、最悪、サイバネティックスアームに置き換えたり、新しい生の左腕をクローニングしたりすればいいだけの話だ。その場合、すこしばかり金銭的な負担が増えることとなるが。
「ミリカ、魔術で再接合できるかどうか診てやってくれ」
「わかりました」
男の指示に従って、作業を終えたばかりの、「ミリカ」と呼ばれた少女が俺に近づいてきた。彼女に害意は無いはずなのだが、ホテルでの一件を思い出してしまって、どうしても身構えてしまう。
「失礼します」とミリカさんが俺の目の前までやってきた。
再び、電撃を食らわせられるかもしれない恐怖を感じながらも、大人しくミリカさんに、左肩と左腕の傷口を見せることにした。
陰惨な負傷具合にもかかわらず、平然とミリカさんは俺の負傷面をまじまじと観察している。
「これはちょっと難しいですね。専門の医療機関で再接合した方が確実でしょう。とりあえず、銃創面の止血と保護を施しときます」
そう言って、ミリカさんは俺の左肩に、自身の右手をかざした。どこからともなく、ミリカさんとは違う、柔らかな女性の人工音声による魔術詠唱と思われる単語の数々が響いてくる。そして、その十数秒に渡る、詠唱も鳴り止む時が来たようだ。
「発動せよ」
最後の締めは、ミリカさん自身の口から発せられた。詠唱完了とともに彼女の右手から柔らかな光が放たれ、左肩の傷口は発光体で覆われた。
次に切断された左腕側の断面に、同じ処置をもう一セット。
「これにて応急処置完了です」
「ありがとうございます」
ミリカさんに礼を述べながら、俺は、ちぎれた左腕を多次元モバイルストレージに収めた。医療機関に到着するまでは、抱えていても仕方ないからだ。何よりも邪魔である。
応急処置が完了するや否や、男が俺達に近づいてきた。
「色々と話したいことが山積しているが、時間が押している。詳しい話は後だ。ついてきてくれ」
そう言い放ったのち、男は俺に背を向けて駆けだした。
「じゃ、そういうことで」
ミリカさんも、俺に会釈をして、すぐ男に追随を開始した。
今は男の指示に従うこととしよう。少なくとも、彼らと行動を共にすれば、再び同じように殺し屋や構成員達に襲撃されても生き残れる確率は高い。
以上の判断を下した俺は、先程までの逃走劇で悲鳴を挙げていた呼吸器官に鞭打って、協力者達の後を追い始めた......。
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