1-9 ハイウェイの死闘

 俺達を乗せた、ハッチバックタイプのホバービークルは、多世界交易都市各区を結ぶハイウェイを疾走していた。遠くに見える高層ビル群の光が、車窓からは、まるで蛍の大群のように見える。


 左側の運転席にはヴェルダさん、そして助手席には俺が座っている。車内には、独特の緊張感が漂っていた。敵に追われているという緊迫感からか、それとも、記憶を失ってしまった俺に、ヴェルダさんが配慮しているからだろうか。


「9区転送センターは張られている可能性が高い。だから、わざわざ車で流しているというわけだ」


 そう言いつつ、ヴェルダさんは腕を頭の後ろで組み、組んでいる足を組み替えた。そう、現在このホバービークルを運転しているのは、同車に搭載されたクラス1AI人工知能だ。


「無事に辿り着けることを祈りましょう」


 俺はヴェルダさんに返答しながら、ドアに右肘をつき、車窓からの風景を漠然と眺めていた。正確には、外から入り込んでいる光によっておぼろげながらも反射している自分の顔、と言った方がいいかもしれない。ホバービークルに乗り込んでから、既に俺達は二人とも変装は解いていた。


 俺が表情を変えれば、車窓に映り込む男の表情も変わる。その事実が、目の前のおぼろげな顔が自分のものであるということの紛れもない証左だ。とはいえ、やはり他人の顔を見ている気分に変わりはない。


 ホバービークルに乗り込んでからしばらくして、ヴェルダさんにこれからの行き先を教えてもらった。世界識別番号・コード「1074・ハリケイレス」第5交易都市世界移動港。1区にあるこの世界移動港が、この都市、唯一の多世界間における玄関口だ。つまるところ、「1074・ハリケイレス」から脱出するためには、何が何でもこの世界移動港へと辿り着かなければならないというわけである。


「フェアじゃないな」とヴェルダさんは苦笑いしていた。確かに、追跡者側からすれば、世界移動港までのルート全てに、網を張っておくだけの手軽な作業だ。そうすれば逃げだそうとする逃走者側から姿を現してくれるという寸法である。全てのルートに網を張るのが手軽かどうかは、別問題だが。


「記憶は戻りますかね?」


 目下一番の不安を疑問という形で、ふと呟いてしまった。直後激しく後悔をする。自らが抱える不安の一時凌ぎのために、他者に責任を負わせることは望むところではない。自分の問題は自分で責任を持ち、カタをつけならなければ。


「聞かなかったことにして下さい」


 直後に先程の発言を取り消す。

 ヴェルダさんは静かに頷いた。


「すまないがそうさせてもらう.......。気休めならいくらでも言ってやれるんだがな」

「すみません」

 

 俺は詫びを入れた。車内を一層、気まずい沈黙が覆う......。


 ◇◇


 ホバービークルが、ハイウェイの9区と4区の境界線にもう少しで差し掛かろうとしていたその時。俺はバックミラーを通じて、後方から不審な車両群が接近してくることに気がついた。後方の一般車両群を異様なスピードで追い抜きながら、俺達を乗せたホバービークルとの距離を詰めてきているのだ。


「お前も気がついたか」


 ヴェルダさんも気づいたようで、シート越しに後方を振り返っている。


「我々をここで仕留めるつもりですかね?」

「だろうな。ニューラル・インターフェースを戦闘時モードに切り替えておけ」

「戦闘時モード?」

「『戦術拡張現実有効化』、『疼痛伝達神経ペプチド最適化処理』、『戦闘時感情揺動最適化処理』、その他諸々だ。急げ、敵は待ってくれないぞ」


 そう言いつつ、ヴェルダさんはホバービークルの運転機能を、AIから手動へと変更している。俺も急がなければ。慌てて、ニューラル・インターフェースのHUD内を探し回る――。あったぞ!


 急いで、戦闘時モードを起動すると、眼前のHUDレイアウトがガラリと戦闘用途に特化したものへと変化した。


 視界の端では、ヴェルダさんが後部座席へと多次元モバイルストレージを向けているのが見えた。先端からは、光が放たれ、ライフルのようなものの銃身が徐々にその全体像を構成していっている。


「俺は手動運転をする! ケストレル、お前は奴らを撃て!」

「了解!」


 俺が叫ぶと同時に、軽い衝撃が車内に襲いかかってきた。衝撃と共に聞こえてきた後部ガラスが何かに打ち付けられるような音。後部ガラスには、銃痕がびっしりと。以上の事実から推測できる結論は一つ。追跡者達を乗せた車両が発砲を開始したのだ。気がつけば二台の黒塗りの車両が、俺達のホバービークルから後方50メートルの位置で併走しているではないか!


「6.8mm程度じゃビクともしないぜ! 何かに掴まれ!」とヴェルダさんが叫んでいるのが耳に入ってきた。すかさず、俺はシートに両腕を絡めさせる。


 次の瞬間、俺は、左側への強い慣性を感じた。俺達を乗せたホバービークルは、まるで車線変更をするかのように、俯瞰して右側方向へと回避行動を取ったのだ。この回避行動が功を奏し、連続的に俺達の車両を襲っていた銃弾の雨が途切れた。


 この機を逃すまいと、すかさず俺はコンソールを操作した。ルーフが開け放たれ、外気の冷たい空気が車内になだれ込む。ライフルの実体化はまだ完了していないようだ。となると、使えるのは――。


 俺は、ショルダーホルスターから拳銃を抜き出し、マニュアルセーフティを解除した。立ち上がると、高速走行によって生じる背後からの強風が、俺の髪や上半身をもみくちゃにする。だが、その事を意にも介さず、俺は拳銃を構えた。狙いは、最も距離が近い右側車線の車両、運転席部分。発砲を開始!


 小気味良い発砲音と共に、拳銃のマズルフラッシュが闇を4回切り裂いた。後方の虚空へと排莢されたポリマー薬莢が飛び去っていく。4発の9mmJHP弾は、その内半分が運転席部分へと命中し、もう半分は外れた。だが、向こうも防弾仕様のようで、9mm如きで致命打を与えることは不可能に近そうだ。危ない!


 俺はすかさず屈んだ。数瞬後、俺が今まで居た場所を無数の銃弾が通り抜けていった。追跡車両からは、敵が俺と同じようにルーフやガラスから生身を晒して、こちらに攻撃を加えているのだ。


 狙うとしたら奴らだな。


 臆せず俺は再び立ち上がり、敵への発砲を再開した。マガジンとチェンバーに残存する5発の銃弾を、撃ち切る頃には敵の一人を地獄へと突き落とすことに成功していた。拳銃はスライドオープン状態になり、あるじにリロードを要求している。


 俺はまたしても屈み、手早いマガジン交換を試みる。ヴェルダさんの手動運転による回避行動で、車内の揺れは酷いものであったが、四苦八苦しつつもなんとかチェンバーに新しい弾丸を装填することに成功した。


 立ち上がって銃撃戦に再度参加しようとした、その時!


「実体化が完了した!」とヴェルダさんが叫ぶのが聞こえてきた。


 気がつけば、後部座席のライフルは既に実体化を完了しているではないか。後部座席に手を伸ばし、ライフルを両腕に抱える。

 このライフルは、アンチマテリアル・ハイレーザーライフルだ。これなら車両ごと追跡者を輪切りにできる! ......かもしれないな。少なくとも9mm拳銃よりはずっと強力な代物だ。


 ともかく、俺は実体化されたばかりのデカブツを抱え、再び外界に身を晒した。銃身下部にあるバイポットをルーフ上に備え付け、供託射撃の姿勢をとる。そして、ライフルストックに頬付けをし、スコープを覗き込んだ。拳銃の時と同様に、最も手近な車両へとターゲッティング。識別用の緑色可視性レーザーポインターが、目標求めて宙を漂う。


 HUDにはターゲット着弾時の想定威力減衰率が表示されていた。現在の値は10%前後。照射において全く問題ない値だ。


 回避行動をしている車両上で狙撃を試みるのは、暴れ馬に乗りながら精密射撃を試みるのと同じ難事。だが、今はやるしかない。ねばり強く慎重に照準の調整を繰り返していき......、その時はやってきた!


 俺は躊躇無く引き金を引く。発砲音も射撃時の反動もない。しかし、その瞬間、レーザーポインターの色は緑色から赤色に変色。同時に、もう一つの照射口からは不可視性の破壊光線が放たれ、一瞬のタイムラグも許さず敵車両に命中する。照射は5秒間連続して続き、敵車両を撫で切りにした。端から見ると可視性レーザーが変色し、破壊力を持ったように見えるに違いない。 


 搭乗者が全員死亡したのだろうか、高出力レーザーの餌食となった車両はコントロールを失い、派手にスピンしながら端のガードレールへと激突した。


「その調子だ!」

「続行します!」


 足下から聞こえてきたヴェルダさんの歓喜の声に応じながらも、次の血を求めて、先に破壊された車両と併走していたもう一台に照準を合わせようとする。


 次の瞬間、俺の右頬から血が滴った。顔の至近距離を敵の銃弾が通り過ぎ去り、その風圧が柔肌を傷つけたのだ。


 だが、冷静さを一切失わずことなく、何事もなかったかのように照準を合わせる作業を続行する。普通ならパニクるところだろうが、『戦闘時感情揺動最適化処理』が機能しているおかげか、あたかも他人事のように冷静さを保つことができている。


 レーザーライフルの銃身が放熱モードから通常モードへと移行した。これは銃身の冷却が完了したことを示し、再照射が可能となったことを意味する。


 今や、奴ら追跡者達は追う立場から、逃げる者の立場へと位置替えを余儀なくされた。俺達に銃撃を加えるより、回避行動を優先させているのがその証拠だ。明らかに、飛んでくる銃弾の量が少なくなっている。


 だが――。


「逃がすかよ!」


 照準がターゲットと合致した、その刹那。俺の叫びと共に、再び高出力レーザーが放たれた。最初の犠牲者達と同じく、二台目の車両もレーザーに撫で切りにされる運命を辿った。違うのは、結果が爆散するか否かというところだろうか。轟音と共に火の柱が立ち昇り、辺り一帯の空気が揺れる。


「やったぜ!」


 一台目の時と同じように、足下でヴェルダさんが歓声を上げるのが聞こえてきた。ダブルキルだ! 次に殺されたい奴は?


 俺が、意気揚々と次の獲物を求めて目を光らせていると、何かが頬を濡らした。また血か? いや、違う。これは――。


 雨だ!


 気がつけば頭上のごく近くを暗雲が覆っており、そこからポツリポツリと雨粒が。多世界交易都市内において、雨が降ることはあり得ない。同都市を覆っている、半円形状の防御フィールドによって外部の自然気候はシャットアウトされるはずだからだ。しかも、この雨雲は俺達の頭上のみに広がっている。というより、俺達の車両に雨雲が追随してきていると言った方が正確だろう。


 明らかに異常だ。これは敵の超常技能攻撃に違いない。


 そうこうしているうちに、小雨程度だった人工的な雨は、土砂降りの様相を示し始めていた。まるでスコールのような雨が、俺達を覆い隠そうとする。


「クソッ! 何が起きている!?」


 先程の歓喜に満ちあふれた声とは打って変わって、緊迫感に包まれたヴェルダさんの大声が響いてきた。


「雨です! おそらく超常技能!」


 HUD上の想定威力減衰率は10%前後の値から、90%を越える値までに跳ね上がっていた。このような環境下では、アンチマテリアル・ハイレーザーライフルは、最早役に立たない代物だ。


 これが奴らの狙いか――。レーザー兵器のような光学兵器は確かに強力だが、環境変動に弱い。だから、光学兵器の小型化携行が実用レベルとなった現代でも、実弾兵器が広く普及している。火薬や空気圧などを用いて弾丸を射出する銃器は、環境に左右されにくく優れた安定性を発揮するからだ。


 答え合わせをするかのように、先程まで俺達と距離を取っていた、残存する追跡車両群が加速を開始。猛然と距離を詰めてきた。もっと悪いことにそれらからは、無数の銃弾が飛んでくるのだ。一方、こちらはレーザーを無力化され、牙を抜かれたも同然。手も足もでない。


「他の武器は!?」と切羽詰まった様子でヴェルダさんに聞くものの、その答えは「無い!」というシンプルなものだった。


「チッ!」


 舌打ちしながら一度ホルスターに仕舞い込んだ拳銃を再び引き抜く。


「ウォォォォォォォ!」


 そして雄叫びを挙げながら追跡車両に向かって乱射。マガジンが空になるまで引き金を引き続けたが、焼け石に水であることは明白だ。だが、悪足掻きを継続するつもりで、足下に空のマガジンを捨てる。残された最後のマガジンに手を伸ばしたその時。


 激しい衝撃が俺達の車両を襲った。それは立っていられないほどの衝撃で、たまらず車内に転倒する。車内はルーフや弾痕から入り込んだ人為的な雨によって、小型のプールのような有様となっていた。車内を襲う、酷い揺れと大音量の耳障りな金属音は、今なお継続中だ。


「ホバーをやられた! 制御不能!」


 ヴェルダさんが何か叫んでいるのが断片的に聞こえてきたが、水の中に頭が突っ込まれている状況だったためはっきりとは聞き取れなかった。めちゃくちゃな慣性が車内に働いている。遠心分離器にでも放り込まれた感覚だ。それでも、なんとか起き上がり車外の状況を視認しようと試みた。 目に入ってきたのは、浮遊力を失い車底から派手に火花を散らしている自車。そして――。


 悪いことは続くものだ。この先は右へ曲がる急カーブとなっており、このまま慣性によって直進するならばガードレールに激突することは必至。とはいえ、回避する術を俺達は持ち合わせているわけではない。出来ることといえば、耐衝撃姿勢を取りつつ祈ることのみ。


 数秒後、俺達の運命が決まる。

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