1-7 概況
目をつぶり、外界からの視界情報を遮断する。意図的に作り出された暗闇には情報群のGUIだけが浮かんだ。早速、ネクサスネット・ブラウザを選択すると、平面階層もしくは立体階層を選択するようアナウンスされた。
試しに、平面階層を選択してみるとしよう。すると、ポータルサイトにアクセスされたブラウザ画面がポップアップされる。そこには、イメージ検索フォーム、株価情報、世界際ニュース等々の様々な情報の数々がひしめき合っていた。
なるほど、平面階層はテキストや画像をベースとした、まさしく平面的な情報で構成されているようだ。現在地、ひいてはこの世界について知るという当面の目標を達成するには、平面階層で十分事足りるだろう。こうなると、立体階層も気になるが、それは後の楽しみという事にしておくか。
今にして思うと、あの目を瞑っていた老管理人は寝ていたのではなく、ネクサスネットに没入していたのかもしれないな。そんなことを考える。
イメージ検索フォームを開き、俺の今の現在地、そして滞在している世界について検索を掛けた。イメージ検索の名に相応しく、知りたい事をわざわざ言語化する手間は不要のようだ。つまり、得たい情報の漠然としたイメージのみで、必要とする情報に辿り着けるという仕組みになっている。ここではやってないが、好きなシチュエーションを含むゲームや映画を探し当てるということもできるはずだ。
検索結果として、自分が今いる世界は、世界識別番号・コード「1074・ハリケイレス」であることが判明。また、日本という国の領土内、北緯39度40分18秒 東経140 度59分42秒に発生した、相互移動ポータルゲートを中心として形成された第5交易都市であることも。
続いて、多世界交易都市そのものについて知る必要があると考えた俺は、答えを求めてイメージ検索を掛けた。
そんなわけで、誰もが編纂者になれるというフリー・オンライン百科事典「ソピアー百科事典」に辿りついたという訳だ。同サイト内の、多世界交易都市について記述された記事に目を通してみよう。
”多世界交易都市――。それは、今から84年前に各世界を結んだ、相互移動ポータルゲートを中心としてに建設された交易都市である[1]。
どの交易都市も共通して直径120kmの円形状。交易都市は、半球状で薄青色の防護フィールドによって覆われている。この防護フィールドは、外部の雨・紫外線・磁気嵐などの自然気候や、悪意を持った者からの物理攻撃から交易都市を保護するという役割を果たす[2]。
都市内は常に23℃、湿度50%に保たれており[3]、市民は建造物・外を問わず快適な生活を送っている[要出典]。
交易都市はエネルギー、食料、水、といった生存に必要な資源を全て都市内で自給することが可能となっており、都市内で生産・消費が自己完結しているアーコロジーとなっている[4]。
都市の行政やインフラ管理は、セレネーシュ(多世界交易都市最上級管理組織)管轄下の3基のクラス4AIが実行している[5]。セレネーシュの役割はそれら管理AIの業務監査、メンテナンス、保守活動である[6]。
交易都市は1~10の10区画で構成されている。天頂部から俯瞰すると、大きな円の中に小さな円、その小さな円の中に極小の円といった形で区画分けされている[7]。
都市中央の極小の円は1区(15平方キロメートル)。AIセンターやセレネーシュ支部を初めとする、都市機能維持に欠かせない施設が集まっている[8]。また、世界移動港や多世界請負人協会支部などといったこれまた重要な施設も1区に集中している。そのため、セキュリティレベルは交易都市内で最も厳重であり、同区域内での犯罪・テロの実行は極めて困難である[9]。
1区を取り囲む小さな円は、4つの地区に均等に分割されている。2~5区(25平方キロメートル)である。超高層ビル群、多世界籍企業支社、高所得者層住居地、などが存在している[10]。
セキュリティレベルは1区に次いで高く、絶えず警察の治安維持ドローンが区域内を巡回しており、治安も良い[11]。
多世界交易都市の面積の65%(78平方キロメートル)を占める6~10区は、都市外周部から2~5区までのドーナツ状の地域に立地している[12]。
中~低所得者層住居地、食料・生活物資生産プラント、倉庫地域、多世界交易都市防衛機構軍駐留基地、大型複合商業施設、ブラックマーケットなどが立ち並ぶ[13]。
6~10区の発展・治安状況は、同じ区域内でも差が激しい。2~5区並の発展と治安状況を誇る地域もあれば、無防備に歩けば5分で追い剥ぎに会いかねないスラム街もある[14]。
極端な例ともなると、未開発のまま放置されポータルゲート出現以前の建造物の廃墟が立ち並んでいる地域もある。そういった地域は当局の監視の目が行き届きにくく、市民権を持たない不法居住者の住居として、また、闇取引の現場に用いられたり、反体制派ゲリラやテロリストの潜伏場所にされていたりする。そのため、定期的に当局が掃討作戦を実施している現状である。[15]
6~10区は多世界交易都市内で最も混沌としている区画といえるだろう[要出典]。しかし、その混沌が同区画に多世界交易都市内最大の活気をもたらしているのかもしれない[独自研究?]。”
どれ程の信憑性が有るのか、記憶を失っている俺には判断がつけられなかったが、大いに為になった気がする。多世界交易都市か――。
では、その世界識別番号・コード「1074・ハリケイレス」世界と、現在地、第5交易都市の成り立ちは?
ソピアー百科事典には、ハリケイレスという世界の視点からみた年表が載っていた。以下は、その年表から重要そうな事象のみを抜粋した年表である。
”西暦2025年 - 4月ーおよそ四千の世界群に五つずつ相互連絡ポータルゲートが出現。現世界識別番号・コード「1074・ハリケイレス」(以下、1074番世界表記)、地球上に、北米大陸、南米大陸、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、日本列島に出現。
ポータルゲート周辺では、異世界転移により出現した、多世界の複数武装勢力、怪物、治安出動した現地軍、の間で混戦状態になる。
同年5月ー国連安全保障理事会が緊急召集され、ポータルゲート周辺地域制圧を目的とした多国籍軍が編制されることが決定。
6月ー多国籍軍が各ポータルゲート周辺地域に突入。
9月ー異世界から無尽蔵に出現する敵性勢力によって制圧戦略は瓦解。三ヶ月に及ぶ作戦は失敗し、多国籍軍は撤退を余儀なくされる。
10月-ポータルゲート周辺が国連の管理下に置かれることが決定。北米を除く、ポータルゲート周辺管理権が当事国から国連に移譲される。残留現地住民強制退去ののち、多国籍軍によって、ポータルゲート周辺が封鎖される。
2027ー現世界識別番号・コード「1・イスツ」(以下、1番世界表記)世界においてポータルゲート間の安定した世界移動技術が確立。複数の異世界に接触を開始する。
同年、ポータルゲート出現で生じた混乱収拾を目的とした多世界機関「セレネーシュ」が、1番世界の主導のもと、複数世界間で合同設立される。
多世界連合が発足。
2029-南米ポータルゲート周辺を調査中の多国籍軍部隊がセレネーシュの使者と接触。国連がセレネーシュとの交渉を開始。セレネーシュと合意に至り、同機関の支援下で多国籍軍が再びポータルゲート周辺地域に突入を開始する。
2030-地球上にある全てのポータルゲートの制圧が完了。地球は、世界識別番号・コード「1074・ハリケイレス」として多世界連合に加入。
2032-多世界連合に対し、メガコーポや一部世界首脳から世界間の交易制度の法整備が要求される。この時点での世界間交易は、ごく一部の世界間、かつ、小規模というささやかなものだった。多世界交易法や多世界交易都市法の草案が作成される。
交易歴1年(2040)-相互移動ポータルゲートによって、当時における、連結された全ての世界のポータルゲート周辺の混乱が鎮圧。
全世界が多世界連合に加入。
交易歴開始。
多世界交易制度施行。
各世界で交易都市建設が始まる。
セレネーシュ、組織存続目的を混乱収拾から多世界交易都市統治へと転換。
6(2045)-1074番世界第1(北米大陸)、第3(ユーラシア大陸)、第4(アフリカ大陸)交易都市建設完了
7(2046)-第2(南米大陸)、第5(日本列島)交易都市建設完了
29(2068)-多世界請負人協会発足
33(2071)-世界識別番号・コード「3010・エンララーク」第1交易都市が重度脅威技術を用いたテロ攻撃で消滅。重度脅威技術対策法拡大。”
まあ、こんなところか。自分の現在地たる、この世界や多世界交易都市については、十分な情報が得られたはずだ。これ以上は、記憶を取り戻したときにでも学習すればいい。記憶を取り戻せるかどうかは未確定だが。そう判断した俺は、ネクサスネット・ブラウザを閉じ、現実世界へと帰還する。
目を開けるとそこには、ネクサスネットへ没入を開始した時と、まったく変化のない108号室内の光景が広がっていた。
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