1-6 DIY

 帰路は順調そのものであった。姿の見えない襲撃者の存在に恐れおののき、相変わらず俺はビクビクし続けていたが。


 さて、安ホテル「グアララト」と、先程買い物を済ませたコンビニエンスストア「ユオンクィプ」を結ぶ道の途中には、個人経営のセキュリティグッズ取り扱い商店があった。


 手書きで「いらっしゃいませ」と書いてあるボロい看板に、店内の様子が外側からは伺えない磨りガラス。外見からしてイリーガルな雰囲気が漂っている店ではあったが、躊躇いもなく扉を押し開けた。同時に入店ベル代わりであろう、謎のアラート音が鳴り響く。セキュリティ用品を取り扱う店としてのシャレのようだが、正直心臓に悪いのでやめて欲しい。


 ともかく肝心の店内には、スタンガンや催涙スプレーといった個人用の護身用具から、侵入者対策の高電圧ワイヤートラップまで。いかにもヤバげなセキュリティ用品が所狭しと陳列されたテーブルが、何列も並ぶ狭い通路を構成している。俺は、そんな通路を目的の品を追い求めてジリジリと進んでいった。


 俺が必要とする品々は、コンビニのような大手チェーン店では購入できない代物だった。例えば、変装用のリアルタイムフェイスホログラム投影機など。そのため、横流し品が公然と売られているような、こういった怪しげな個人経営の店に入店したのだ。


 20分後、俺は目的の品々を調達し終えて、意気揚々と店の前に立っていた。総額5万4990セベウ。多少値は張ったが、保障される命に比べたら安いものだ。


 今度こそ、セーフハウスに帰還する時だ。


 ◇◇


 108号室に舞い戻った俺は、早速ベッドの上に他次元モバイルストレージの先端を向けた。そして、「実体化」ボタンを押す。セキュリティ用品店で購入した品々が、ベッドの上に次々と実体化されていった。


 この品々の正体は、何を隠そう、108号室の補強化に必要な各種ツールの数々だ。


 謎の少女が、施錠されていたはずの108号室を、易々と出入りしていたことは記憶に新しい。あの少女の正体が何であれ、この部屋のセキュリティの脆弱さが露呈したわけだ。無防備に等しい現状のセキュリティを放置し、襲撃者に寝首を掻かれるのは御免被りたいところである。


「腹が減ったなあ」


 空腹が酷いことになってきてるが、食事は後回しだ。購入してきたミネラルウォーターで喉を潤しながら、実体化の完了を待つ。


 よし、全てのツールの実体化が完了したぞ。


 それらの中から、手始めに、盗聴器発見機を手に取る。そして、ベッドの下から換気扇まで、盗聴器が仕掛けられてそうなポイントをくまなく潰していった。もちろん、盗聴器発見機に引っかからない録音式盗聴器や監視カメラの存在も忘れずに。初回のクリアリング時にも、ブービートラップ探索と併せて、それらの監視装置の探索を行った。しかし、外出時に誰かしらが室内に侵入できた可能性がある以上、もう一度探索を行っても損にはならないはずだ。


 結果から言うと、108号室からは電波式盗聴器が三つ、同じく電波式の超小型監視カメラが四つ発見された。いずれも目視では発見が困難な場所に仕掛けられていたため、盗聴器発見機が大活躍したことになる。それらの監視装置をまとめて、水を張ったバスタブに沈めて破壊。


 やはり、これらの監視装置を仕掛けたのは、あのエルフの少女だろうか? だとして、奴の目的は? そもそも、奴は未だに姿の見えない敵対者の一人なのだろうか?


 いや、これ以上はやめておこう。現時点での情報量では、真実に辿り着くことはまず不可能。つまり、考察するだけ時間を無駄にするというわけだ。やるべきことはまだまだ残っている。


 頭を切り替えた俺は、次にドア補強用の各種ツールを抱えて、ドアの前まで歩いていく。


 早速、ドアと床の間の僅かな隙間にドアウェッジを噛ませた。これは、SWATなどのCQB近接戦闘を担う特殊部隊が突入作戦時に用いる、強力なドアストッパーのようなツール。このツールを噛ませられたドアは、ドアとしての役目を果たさなくなる。要するに、開け閉めが不可能になるのだ。専用の解除ツールを用いない限り、解除することはできない。易々と突破されてた生体認証キーに代わって、鍵の役目を果たすことを期待したいところだ。


 さてと――。ドアウェッジを噛ませたことによって、108号室のドアはされた。続いて、ドアそのものの補強に取りかかる。収納状態の展開式装甲版をドアの上部に強力接着剤で貼り付け、下方へ一気に展開させた。これで、襲撃者がドア破壊という強硬手段に訴えたときに、多少なりとも時間を稼げるだろう。続いて、同じ物を窓にも展開することで、108号室は正真正銘の密室と化した。


 最後に、ドアと窓、双方に350ml缶サイズのマルチプル多目的アラートセンサーを設置。不審な振動、熱、音、ガスといった、危険性の予兆を検知し、早期に設置者にアラートを送信する。それだけでなく、毒ガスや生物兵器などのNBC兵器の使用や、魔術・超能力を始めとする超常技能による攻撃の危険性もいち早く検知できる。

 この優れモノによって、外部からの攻撃の予兆を素早くキャッチし、手遅れになる前に手を打つことができるはずだ。


 これにて「108号室要塞化プラン」(作業中に命名した)は完了。108号室は、このホテル内で最もセーフティな空間になったこと、間違いなしだ。あのぶっきらぼうな老管理人が108号室の現状を見ようものなら、十中八九キレるに違いない。だが、俺自身の命が掛かっているので、ここは大目に見て欲しい。


「許せ」


 俺は、老管理人にそう詫びの呟きをしながら、深い満足感と共にベッドに腰を下ろした。やっと、ゆっくりと食事ができる。なにせ、腹の虫は暴動を起こす一歩手前まで来ていたのだ。


 早速、食用人工血液エナジー味のパックの封を切った。吸引チューブを口でくわえ、中身の人工血液をゆっくりと飲み下していく。栄養ドリンクの風味をした人工血液には微炭酸が配合されており、口の中にはさわやかな人工甘味料の甘みと炭酸の刺激が広がり、鼻ではケミカルな風味が通り抜けていって心地よい。固形物を租借している訳ではないのだが、空きっ腹に水だけを摂取した時の感覚からはほど遠かった。飲めば飲むほど満腹中枢が刺激されていく感覚だ。そんな訳で、俺は死体袋を抜け出してからの初めての食事を、ゆっくり時間をかけて楽しんでいったのである。


「ふう」


 食事を終えて、空腹感が満たされると、疲労感が再び俺の身体を蝕み始めた。現在時刻は? 4月15日午前1時25分。待ち合わせの時間まで、再び一眠りをする余裕があるな。疲労は身体・思考、両面の活動を鈍らせる。休めるときには休んだ方が得策というもの。


「シャワーを浴びる。歯を磨く。寝る」


 これからやるべきであろう行動を、独り言という形で再確認し、俺は行動に移した。あまり長居したくないと思える絶妙な汚さの浴室で、シャワーを浴び、汗を流した。続いて、使い捨て自動口腔洗浄モジュールを口にセットして歯磨き。最後に、コンビニで購入してきた新しい服を着てベッドにダイブ。照明を消すと、部屋は闇に包まれた。


 2~3部屋離れたところで他の宿泊客が、酔った勢いで盛大に何かを喚き散らしているのが聞こえてくる。しかし、疲れ果てていた俺は意に介することもなく、即入眠できた。疲労は忌むべき存在だが、こういう時に役立つこともあるようだ......。


 ◇◇


 パッチリ目を見開くことで、俺の睡眠は終わりを告げた。今回は悪夢どころか夢そのものを見なかった。熟睡できたということだろうか。


 情報群のデジタル時計は、午前9時を表している。外は明るくなってるはずだが、窓は装甲版で覆われているため、室内は就寝時と同じ暗闇に包まれていた。ベッドサイドの照明スイッチに手を伸ばし、照明を付ける。


 ベッドから抜け出して、俺は洗顔を済ませ、口を水ですすいだ。うーん、晴れやかな朝だ。日光は無いが。


 昨晩と同じく食用人工血液パックによる朝食を済ませると、本格的にやることが無くなってしまった。まだ午前10時だ。移動時間を抜きにしても、待ち合わせまであと8時間の暇がある。また、不用意に外出するなと忠告されているため、外出することすらままならない。この部屋で時間を何とか潰すしかない。


 腰掛けているデスクチェアを無意味に回転させながら、どのように時間を潰すべきか考える。短くはないが、決して長くもない時間は、どうすれば有意義に過ごせるだろうか?


 そういえば――。俺は自分が今いるについて、何一つ記憶を持ち合わせていない。これから、この場所多世界交易都市で活動するにあたって、知識を仕入れる(復習?)しとくというのは、なかなか悪くない考えだ。


 問題はどのようにして知識を仕入れるか。その疑問に答えをもたらしてくれそうなツールが文字通り目の前にある。眼前の情報群のアプリケーションの一つ、ネクサスネット・ブラウザだ。


 では、数々の疑問の答えを探しに、幾多の世界を結ぶ広大な電子の海にを始めてみるとしようか。

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