1-2 遭遇

 日没が迫ってきている。もたもたしていると無数のゴミに囲まれて夜を明かすことを迫られるだろう。俺はそんな焦燥感に駆られながら、足早にゴミの迷宮を歩き抜けていった。


 そう、迷宮だ。無数のゴミが幾重にも重なり、まるで壁のように構築されている。ゴミの壁に囲まれている道を歩くしかない。その上、複数の分岐路ときた。緑豊かな宮殿庭園の迷宮をすべてゴミに置き換えた、と言えば伝わるだろうか。


 何度も分岐路が登場し、その度にルート選択を強いられる。とはいえ、眼前の情報群に表示されている地図に表示されているGPS位置情報によって、自身の位置を見失うことを免れている。

 地図によれば、廃棄場出口まで、あと450メートル。俺はなんとかこの迷宮から生きて抜け出せそうだ。


 ふと、俺はかすかな違和感を感じて足を止めた。違和感の正体は一体何だ?


 足音だ。僅かながらも俺以外に足音を立てている奴が複数いる! しかも徐々にその足音は大きくなっている。つまり、俺に近づいてきているということだ。さらに悪いことに足音は、俺の前方と後方から近づいてきている。このままでは挟み撃ちだ!


 現在地は、前に進むか、それとも後ろに退くか、二者択一の一本道だ。ゴミの山をよじ登って、道無き道を切り開くか? いや、それは極めて難しい相談だ。ここの雑多な廃棄物には、鋭利な金属片などの人体に危害を及ぼすものが数多く存在しているのを道中で散々目撃してきた。知らず識らずのうちに医療廃棄物の山にダイブして、体中に使用済み注射器が突き刺さるのは御免被りたいところだ。


 では、来た道を引き返すか? この方法も得策とはいえないだろう。最後の分岐路は現在地から200メートル後方。俺の後ろから来ている奴と鉢合わせする公算が高い。進むにしても、次の分岐路まで100メートルの直線だ。こちらも後退するのと同じリスクを抱えている。


 ここで迎え撃つしかない!


 俺は、護身用の武器の代わりなるものを求めて辺りを必死に見回した。せめて、銃もしくは刀剣類でもあれば助かるのだが。もちろん、都合よくそんな便利な代物が見つかるはずもなく、唯一実用に耐えうりそうなものとして、先端が鋭利に尖っているおおよその長さ20cmの鉄パイプだけが俺の手元に残された。

 こんな代物で自分の身を守れるとは到底思えないが、丸腰でいるよりは幾分かマシだ。先ほど入手した鉄パイプを上着の下に隠し込む。せめて、俺に近づいてきている連中が友好的な人物であることを祈ろう......。


 そうこうしている内に、足音の主達が正体を現した。俺の前方からは、右腕がサイバネアームのサイボーグ人間、ミノタウロス、ヒューマノイドタイプ電子生命体内包フレーム、の三人の男。後方からは、一人の人間の男。計四人という陣容だ。全員、小綺麗な身形とは言い難い上、人相が悪い。まるで、強盗もしくは追い剥ぎという概念の擬人化集団だ。もっと悪いことに、一人を除いて男達の手にはそれぞれカトラスや鉄パイプ、金属バットといった長物が握られていた。海賊がゴミ業者にでも転職したのか?


 四人の男達はジリジリと俺との距離を詰めてくる。俺は、いざという時に備えて、身構えた。やばくなったら、後方の一人を倒して逃げ出すのがベストだろう。

 やがて、前後の男達は前進を止め、最終的な俺と男達との距離は6メートル程に保たれた。俺と前方の男達との睨みあいが始まる。だが、後方の男への警戒も欠かさない。不意打ちはごめんだ。


 しばしの気の張り合いののち、唯一、手に何も保持していない人間のサイボーグ男が俺に悠然と歩み寄ってきた。俺は、更に身構える。


「お前は誰だ? 所属は?」


 男は俺に近づきながら、ドスの利いた声で俺に問う。だが、その疑問の答えを知りたいのは他ならぬ俺自身であり、したがって男の疑問に返答しようがないのだった。


「わからない。記憶が一切無いんだ。俗に言う、ここは何処? 私は誰? ってやつだ」


 俺は、敵意を持ち合わせていないことをアピールするため、軽く両手を挙げながら返答した。

 男は、そんな俺の目の前を左右にうろつきながら、言葉の続きを紡ぐ。


「なあ、クソガキ。人のシマを荒らさないってのは、回収屋界隈でも不文律だよな?」


 俺の至極真面目な返答を、新手の挑発と捉えたのか、男は第一声より幾分か怒気をはらんだ声で再び聞いてきた。


「すまないが、ふざけているわけではない。あなた方は俺のことを、シマを荒らしに来た回収屋? だと思いこんでいるようだが、本当に記憶を――」

「違うか!?」


 男が怒声と共に俺の胸ぐら目指して金属腕を伸ばしてきた。回避しようがない。俺は首を掴まれ、無様にも空中に浮くことになった。


「バラそうぜ! こいつから部分的身体機能拡張モジュールでも発掘できるかもしれねえ」


 俺の後方に居た男が下卑た声で喋っているのが聞こえてきた。

 こいつらの誤解を解かなければ、本当に殺されてしまうだろう。俺は、首を掴まれた事による圧迫感と息苦しさと必死に格闘しながら、弁解の言葉を紡ぐことに注力する。


「信じてくれ! 真っ黒な死体袋で危うく窒息しそうなところを命からがら脱出してきたんだ!」


 その言葉を聞いた男は、俺の首から腕を放した。俺は、空中から地面へと叩きつけられ、一瞬ばかり苦悶の声を挙げる。


 男は、俺の弁解に納得してくれたのだろうか? それならば、ありがたいが――。


「お前、”アレ”の中身か。じゃあ、死ね」と胸ぐらを掴んでいた男が俺に背を向けながら言い放つ。

「俺の言うとおり、中身を滅多打ちにしておくべきだったんだ」


 さらに、奴の後ろにいるヒューマノイドタイプ電子生命体内包フレームが含み笑いを漏らしながら呟いている。

 どうやら、事態はさっきよりも悪くなっているようだ。


「窒息死よりはマシだろう」


 俺に背を向けていた男がそう言いながら俺に向き直った。男は手元を上着の懐に突っ込んでいる。

 その光景を見た瞬間、俺は反射的に地面を蹴り、一瞬でサイボーグ男の懐へと飛び込んでいた。刹那、俺と男の視線が合致。男は驚愕に目を見開いていた。そのままの勢いで渾身の右フックを繰り出す。繰り出された殴打は、男の顎を的確に捉え、綺麗に殴り抜けた。クリーンヒットだ。次の瞬間、男は意識を失い後方へと倒れ始めた。


 俺の背後から急激に膨れ上がった殺意!


 俺は、急いで右方向へとサイドステップを敢行する。次の瞬間、俺の後方に居たもう一人の人間族の男が、雄叫びとも悲鳴とも判別がつきかねる大声を挙げながら、先程まで俺が居た空間に金属バットを振り下ろしていた。


「ぶっ殺す!」


 盛大に空振りしてバランスを失い、よろけている金属バット男の向こう側で、ミノタウロス男がそう叫びながら手にしていたカトラスを腰元で構えているのが見えた。わずかに脚を屈めている予備動作からして――。


 突進してくるぞ!


 俺はすかさず、未だによろけている金属バット男の首元へと左腕を伸ばし、上着の襟を掴んだ。そうしている間に、ミノタウロス男がこちらへと向かって突進を始めた。しかし、俺は焦らず金属バット男を渾身の力で俺の前方に引き寄せる。


 次の瞬間、ミノタウロス男が手にしていたカトラスは、俺ではなくミートシールド肉の盾と化した金属バット男の心臓に突き刺さっていた。


「ウグッ!」


 金属バット男が悲痛な叫び声を挙げる。俺は、間髪入れずに自由な右腕で、隠し持っていた金属パイプを握りしめ、懐から勢いよく引き抜く。そして、そのパイプを眼前のミノタウロス男の側頭部めがけて突き立てた!


 頭蓋骨を砕く鈍い感触と、右手に感じた返り血の暖かさ。


 側頭部にパイプを生やしたミノタウロス男は一言も発することなく、まるで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。


「助けてくれっ! 死にたくない!」


 気がつくと、唯一無傷のヒューマノイドタイプ電子生命体内包フレームが無様な悲鳴を発しながら、逃げ出すのが見て取れた。


 これで全員か?


 俺は、盾としていた金属バット男から手を離し、数歩よろけるように後ずさりした地点で地面にへたり込んだ。


「本当にっちまったのか?」


 俺は、力の抜けた口調で呟く。周りに残されたのは、完全に伸びているサイボーグ男、心臓を一突きされ事切れている金属バット男、そしてミノタウロス男の死体。二つの死体の周りは、徐々に血溜まりが形成され始めている。 


 事の成り行き上、やむを得なかったとはいえ、この手で殺人(奴は人間族ではなかったが)を行ってしまったとは。とはいえ、いさかいをふっかけてきたのは向こうからだ。そして、死人を二人も出すという大損害を被ったのも。一方の俺は、サイバネティックス・アームで掴まれた首が未だにズキズキと痛むものの、それ以外は無傷。今更気がついたのだが、ミノタウロス男の凶刃は金属バット男の体を貫通していた。わずかばかり俺の居場所が悪ければ、金属バット男諸共串刺しにされていただろう。今は、己の幸運に感謝し、事態の打開に努めねば。 


 いつまでもへたってはいられない。行くぞ!


 俺は深呼吸を行い、「やるか」との呟きと共に力の抜けた己の体に活を入れ、なんとか地面から立ち上がった。次いで、服についた塵を払う。 


 もたもたしていると、先程逃げ出した電子生命体内包フレームが同業者の大軍を率いて逆襲を仕掛けてくるかもしれない。このゴミの迷宮の中であってでも、俺に挟撃を仕掛けられる程、廃棄場の地理に熟知している連中だ。そうなれば、今度こそ俺は抵う術なく挽き肉にされてしまうだろう。


 俺は、凄惨な殺戮の現場から逃げ出すように、足早に本来の目的地である廃棄場出口に向かって歩き出した。


 が、すぐに踵を返すこととなる。ふと、サイボーグ男が懐に手を突っ込んだのを思い出したからだ。もし、予想が正しければ、俺は護身用に強力無比なツールを手に入れられるはずだ。俺は、未だに失神しているサイボーグ男の横に膝をつき、男の上着を左右に開く。俺の予想通り、そこには肩掛け式ホルスターに収められた、一丁の拳銃が鎮座していた。


 ホルスターから拳銃を抜き取り、あらゆる方向から観察してみた。サイズは中型。この拳銃の名称はよくわからなかったが、構造がかなり単純化されていることから安価に入手できそうな拳銃であることが推測できる。 

 マガジンリリースを押して、装填されていたマガジンを確認した。おそらく、9mm規格と思われる弾丸がマガジン一杯に装填されている。装弾数はマガジンとチェンバー合わせて、9+1だ。次に、チェンバー内に既に弾丸が装填済みであることを視認。最後に、マニュアルセーフティが掛かっていることを確認して、ブツの検査は完了した。


 ここまでやってみて、先程の情報群と同じような感覚で、自分が拳銃の扱い方に手慣れていることに気づかされた。死体袋の件や、こいつら回収屋が急に俺を殺そうとしてきた件を含めて、自分の正体に関する謎は深まる一方だ。俺は一体何者だ......?


 俺は、体全体にのし掛かるような疑問を振り払うようにして首を振った。今は行動あるのみだ。


 拳銃、ホルスター、そしてサイボーグ男を身体検査して出てきた予備マガジン2本を接収する結果となった。悪くない。鉄パイプから大幅にステップアップだ。俺は、立ち上がり、失神しているサイボーグ男を見下した。


「悪く思うなよ」


 俺は最後にそう言い残し、再び目的地へと向かって歩みを始めた......。

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