第10話 避難所(アジール)

「適当にちぎって、ちぎれないようならかぶりついて下さい。気になるなら包丁を借りてカットしますけれど」

「大丈夫です」

 別にそれくらいは気にしない。

 相手は綱島先輩だし。


「なら良かったです。それでは、いただきましょうか」

「はい」


 という訳で、まずは棒状パンをちぎろうと試みる。

 思った以上に固い上にもちもちして切れない。

 なので途中からは魔法を使って切って、そして口へ。

 やっぱり美味しい。

 ついつい思い切り頬張ってしまう。


「良かった。ハード系のパンは好き嫌いありますから」

「美味しいです、これ。実は昨日ここに買い物に来たとき、どうしても食べたくなってこれのチョコ入りを買ってしまったくらい好きです」

「なら良かったわ」

 先輩は微笑む。


「私もどちらかというとハード系が好きなので。あんぱんはまあ、ここのあんこはちょっと特別だから。パン用だとマイルドになっているんですけれどね。ちょうど豆大福があるから比べられますね」


 そう言われると試してみたくなる。

「パンと一緒に食べるのは変ですけれど、一緒に食べ比べてみていいですか」


「私も久々に食べ比べたいですし、半分ずつにわけましょうか。もし出来るなら魔法でカットお願い出来ますか。私はそっち系統の魔法は苦手なので。出来なければ包丁を借りてきますけれど」


 さっきパンを魔法で切ったのを見たのだろう。

 まあ魔法特区ここでならそれ位見られても構わない。

 そしてこれ位は私の魔法でカットできる。

 だから私は頷く。

「大丈夫です」


 半分ずつにわけて大福とあんぱんを食べ比べ。

 確かにちょっと味が違う。

 あんぱんの方がちょっと甘さが軽い感じ。

 小豆そのものもあんぱんは粒あんで大福はこしあん。

 でもどっちもとても美味しい。

 これは悪いものを食べてしまった。

 小遣い関係なく時々この大福を無性に食べてしまいたくなりそうだ。


 先輩も両手にパンと大福を持って食べ比べている。

「私もこの豆大福、好きなんです。1個120円なんで時々買って一人で食べたりもしますし。

 ところで今の魔法、慣れてますね。

 魔法は学校か何処かでやっていらしたんのすか」


「いいえ、独習です。田舎なのでそんな学校無いですし」

 本当はせめて中学は魔法科がある術式学園か。

 そうでなくとも魔法に寛容な私立に行きたかったのだ。

 親は行かせてくれなかったけれど。

 だから魔法は完全に独習だ。

 ネット等で受験情報や訓練方法を検索して。


「そうですか」

 先輩は少し意外そうにそう言って、豆大福のかけらを美味しそうな食べて。

 そして話を続ける。


「さて、あくまで一般的な話題として。

 魔技高専うちのがっこうを志望する理由って、何が一番多いと思いますか。

 表向きの理由では無く本音の部分で」


 ちょっと考える。

「やっぱり、魔法を使いたいからでしょうか」


「まあ、それが正しい答えなのでしょうけれどね」

 彼女は小さく頷き、更に続ける。


「あくまで私の観察によるのですけれどね。魔技高専うちのがっこうに来る理由で一番多いのは、ここがちょうどいい逃げ場だったから、です。魔法を扱いたいという理由よりずっと多いですね。私が見た限りでは。


 逃げるといっても対象は色々ですけれどね。

 宗教的因習的な、文字通りの魔女狩りで生命の危機から逃げてきた人もいます。

 日本人ではなく留学生中心ですけれどね。


 でも、そこまでではなくても。ちょっと人と違うだけで理解されなかったり許されなかったりする。

 例えば飛び抜けて優秀だったり、魔法を使えたり、その両方だったりとか。

 そんな了見が狭い場所もまだまだ多いのですわ。

 そういう意味では成績次第で生活費まで支給してくれる魔技高専うちのがっこうは、間違いなく避難所アジールですね、きっと」

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