第3話 魔法特区
パン屋さんに入ってほっと一息。
ここはちゃんとした普通の店だ。
正確にはパン屋兼和洋菓子店なのだけれど。
いや、パン屋、和菓子、洋菓子全部あるのは普通じゃないかな。
でも売っているパンはちゃんとしたパン。
うちの田舎にあったスーパー併設のベーカリーより美味しそうだ。
客も他に3人程いてちょうどいい。
私1人だと何か入りにくいし。
ちょっと高いけれど角食パン1斤320円なりを購入。
あとチョコだのドライフルーツだのが入ったハード系の棒状パンを1個。
これがとっても美味しそうに見えたのだ。
無事に新天地に着いた祝いにこれくらいの贅沢はいいだろう。
280円のささやかな贅沢。
レジに出したらお店の若いお姉さんに尋ねられる。
「食パンは何枚に切りますか、そのままですか」
なるほど、切ってくれるのか。
ならちょっと節約も考えて。
「8枚でお願いします」
と頼んでみる。
「わかりました」
爽やかな感じの笑顔で応えられる。
いい感じのお姉さんだな。
まだ若いしアルバイトかな。
そう思いながら彼女の方を何となく見ている。
彼女は食パンをそのまま袋に入れる。
特に機械にかけたりせず包丁を使う事も無く。
あれ、切っていないような気が。
忘れたのかな。
でも確認の言葉を出す気にはなれない。
切れていなければあとで自分で切るまでだ。
ちょっとでも諍いっぽい言葉は使いたくない。
合計600円払って。
そしてさっきのスーパーでバターとイチゴジャムを買って寮へ帰る。
帰りは下り坂だから楽だ。
寮に帰って自室でパンを開封。
冷凍して1枚ずつ食べる予定だから切っておこうと思って。
そして気づいた。
パンはちゃんと切れている。
1,2,3,4……
数えるとちゃんと8枚だ。
でも切っている様子は全く無かったような。
ちょっと考えてある結論に辿り着いた。
ここは魔法特区だ。
パン屋のお姉さんがパンを切る魔法くらい使うこともあるだろう。
構えたり目測したりという様子は全く無かったけれど。
だとしたらああ見えて、あのお姉さんはプロなんだな。
そう思いながらパンを1枚出して、残りを冷凍庫へ。
冷蔵するより冷凍して食べる時に焼いた方が長持ちする。
貧乏人の生活の知恵という奴だ。
1枚残したのは味見のため。
あんな鮮やかに魔法を使うお姉さんのいるパン屋だ。
きっとパンもそれなりに美味しいだろう。
そう期待して、まずは食パンを何も付けずにかじる。
噛みしめる。
やっぱり美味しい。
最初に広がるのは小麦の香り。
そして徐々に甘みというかうま味が口の中に広がる。
これは美味しい。
安いバターやジャムをつけるのが勿体ない位だ。
思い出して棒状パンの方もかじってみる。
固くてガチガチ。
でも広がる香りとうま味は食パン以上に強い。
つまりは無茶苦茶美味しい。
チョコだのドライフルーツだのと強いパンの主張が見事。
やるな魔法特区。
田舎のくせに。
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