かくして、俺は北の世界の王になった。

 いや、王と称して正しいかは知らないが、とにかく北の世界の支配者になった。

 魔王の城は南にあったから、北の世界には新しく俺の城が建設された。

 俺の城は、魔王の城と大きさも広さも設計まですべて同じ造りだった。

 玉座も造らせた。それに腰かけてみると、なるほど、確かにここから人を見下ろすというのは優位に立っているような気分をより強固にするもので、俺や魔物たちが乗り込んできても、王座にいつまでもしがみついていた、あの国王の気持ちも、多少はわかるようだった。

 さて、せっかく世界の半分の支配者になったのだ。何もしないのではつまらない。

 俺はまず魔物たちに命じ、北の世界にいるありったけの魔導士どもを連れてこさせた。

 そしてその魔導士どもに命じ、俺に総出で若返りの魔法をかけさせた。

 嫌がった魔導士もいたが、そんな輩がその場で斬り殺した。

 一人を目の前で殺せば恐怖は伝染し、ほとんどのやつが俺に従わざるを得なくなった。

 魔法をかけられた私は、みるみるうちに若返っていた。

 顔に刻み込まれた皺は消え、半ば白くなっていた髪は再び黒々と染まり、落ちていた筋力も取り戻し、何よりも全身から若い頃のような活力が湧き出してきた。

 これはいいと味を占めた私は、魔導士どもをある一か所に監禁し、定期的に城の中へと連れてきては俺に肉体と精神を若返らせる魔法をかけるように命じた。

 もちろん嫌がる者、逃げ出そうとする者も続出したが、殺すことで大人しくさせた。

 肉体と精神が若返り、全身に活力がみなぎっているのはいいが、如何せんもう戦争や襲撃を仕掛ける必要も場所もなく、暇を持て余す破目になった。

 そこで、俺は城の隣にとある巨大なドーム状の建物を建設させた。

 そのドーム状の建物を『決闘場』と名付け、そこに北の世界の罪人を集めさせた。

 罪人は殺人、放火、窃盗などを犯した、凶悪犯ばかりだった。

 その罪人どもを『決闘場』の中に放ち、俺も伝説の剣を片手に入場した。

 持たせなくても良かったが、それでは退屈なので罪人どもにはちゃんと武器も持たせた。

 もうわかるだろう。俺がこれからすることは誰がどう考えても一つである。

 俺は『決闘場』の中を逃げ惑う罪人どもを、片っ端から叩き斬っていった。

 罪人どもは凶悪な悪事を犯したとは思えないような情けない顔をして、俺と伝説の剣を前に泣きべそを掻き、小便を漏らして股間を濡らしながら血塗れになって死んでいった。

 何だ、思ったよりも骨がない。何の抵抗もされないのではつまらない。

 俺は伝説の剣から粘り気のある血を振り払いながら、罪人どもを煽った。

「おい、罪人ども! そんなものか、腑抜けが! お前らは獄中で自分たちの過去の悪事を自慢し合っているようだが、そんな調子じゃあの世では自虐話にしかならんだろうな」

「何だと、てめぇ! 黙って聞いてりゃ調子乗りやがって!」

 狙い通り、ちょうど単細胞なやつが激昂して襲い掛かってきた。

 ここですぐに斬り殺してしまっては、やはりつまらない。

 わざと力を抜き、相手の攻撃を剣で受けてやる。ついでに後ずさりしてみたり、「くっ」と呻いてみたりして、意外と効いている小芝居も大サービスで演じてやった。

 そうしたら何を勘違いしたか、その罪人はにやりと笑みを浮かべた。

「何だ、元勇者つっても大したことねぇんだな」

 得意げにそんなことを抜かすものだから、笑いを堪えるのに苦労した。

 面白いから、もうちょっとだけ自由に泳がせてやることにした。

 罪人は眼球を血走らせて、持たされた巨大な剣を出鱈目にぶんぶん振るってくる。

 俺はそれをひたすら守りの姿勢で受け止めて、劣勢であるように演技した。

 本当は荒いし隙の多い攻撃で、いつでも一撃で倒すことができた。

 しかし、自分の方が優位だと思って暴れる人間の姿は滑稽で面白く、つい見入ってしまった。

 そうやって遊んでいると、周りも「これは今襲えば自分でも殺せるのではないか?」と察したのか、周りで遠巻きに眺めていただけの罪人も俺に向かって武器を振るってきた。

 ただどいつもこいつも歩く亀のようにのろく遅い攻撃だったので、避けるのは簡単だった。

 だが油断は禁物というもので、弓矢を放ったやつがいて、その矢が少し腕の部分にかすってしまった。

 これ以上遊んでいるのも飽きてきたので、そろそろ終わりにすることにした。

 まず血眼で剣を振り回していた罪人を、隙を見て一瞬でぶった斬った。

 罪人は腹の辺りを真っ直ぐ一の字に裂かれ、腸を垂らしながら死んだ。

 周りで息巻いていた連中が、息を飲み、怖気ずき、動きを止める。

 そこを見計らって次々と斬っていった。

 ほぼ作業をしているようで、案の定面白くなかった。

 五分もしないうちに、『決闘場』の中の罪人どもは全員血溜まりの中の死骸と化していた。

 俺は罪人の死体の頭を踏みにじりながら、とりあえずは満足だった。

 しばらくはそうして暇を潰していたが、そのうちそれにも飽き、また罪人もいなくなる。

 しかし、私の肉体と精神はまだまだ刺激と他人の血を欲していた。

 そこで今度は『決闘場』を取り壊し、新たに『拷問場』を建設した。

 文字通り、決闘をするのではなく、拷問をするところだ。

 その頃には罪人はもうほとんど残っていなかったから、俺は罪人の疑いがかかっている者を連れてこさせた。

 正確には罪人の疑いがかかっているが、犯行を否認している者だ。

 最初に来たのは青年だった。友人を殺した疑いがかけられているとか、まぁそんなのはどうでもいい。

 俺は試しにその青年の生爪を一枚ずつ剥ぐという、古典的な拷問を行ってみた。

 一見すると絵面は地味だし、さほど痛くもないように思えたが、青年は面白いように痛がった。

 それはもう顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりして、文字にできない叫びを上げていた。

「さぁ、犯行を認めろ。そうすればこの拷問をやめてやる」

 お決まりの台詞を吐く。内心では認めるな、もう少し楽しませろ、と思っている。

 青年はふるふると首を横に振る。結構強情なやつのようだ。

 俺は鼻歌をうたいたいのを抑えながら、青年の生爪をすべて剥いだ。

 まだ青年は認める気配がないので、次の拷問へと移行した。

 お次は手と足に縄を括りつけて、四方に引っ張るというやつを試すことにした。

 青年の手足を縛り、四方に引っ張れば、青年はたちどころに耳を劈くような悲鳴を上げた。

「言いますっ、言いますからっ! 白状しますっ! だから助けてくれっ!」

「何を白状するんだ?」

「やりましたっ! 私がやりましたっ! お願いしますっ! だから助けてっ!」

 青年はついに音を上げ、絞り出すような声で喚いた。

 しかし、俺は四方に青年の足を引っ張る魔物に、引っ張るのをやめるようには命じなかった。

「何でだっ! 白状しただろうがっ! 認めただろうがっ! 助けろよっ!」

 鬼のような形相で怒鳴り散らす青年を、俺は冷笑のこもった目で見下ろす。

「お前は殺人を犯した。この世界の方で殺人は死罪だ。それを免れることはできない。それなら今ここで死罪にしても何の問題もない。遅いか早いかの違いだ」

「そ、そんな無茶苦茶な道理が――」

「道理? 馬鹿言うな。これこそが道理というもんだ」

「意味が――」

「俺はこの北の世界の支配者だ。世界の半分の支配者だ。道理や法は誰が決める? 答えは支配者だ。その世界を支配しているものだ。つまり俺だ。俺が道理や法を作る」

 青年はまた何を俺に言い返そうとしたようだが、それはできなかった。

 なぜなら青年が口を開いたところで、青年の手足は青年の胴体から引き千切れたからだ。

 青年は叫ぶこともなく、手足のない達磨姿で目を見開いたまま息絶えた。

 俺も青年の手足を引っ張っていた魔物たちも、腹を抱え、手を叩いて笑わざるを得なかった。

 これが予想以上に愉快だったので、俺はまたしばらくは拷問で遊んだ。

 犯罪の疑いがある者、俺に対して無礼な言動をした者、頭のおかしな狂人の類などを募って集め、全員に拷問をかけて認めるように白状させた上で、死罪にした。

 実際にそうかは関係なかった。『拷問場』に連れてこられた時点で死罪は確定していた。

 毎日ではなかったが、三日に一回は『拷問場』で遊ぶことができた。

 過去の文献を漁り、様々な拷問や処刑を試みた。

 膝の上に大きな岩を乗せて膝の骨を砕く拷問。シンプルに全身を槍でめったざす拷問。火あぶり。釜茹で。舌を引っこ抜く。針の上を歩かせる。熱々の鉄板を押し付ける。陰部にどろどろに溶かした銅を流し込む。じわじわ首に縄を縛って窒息させる。足の指の先をやすりで削る。毒蛇を――。

 ほぼ即死で逝くやつもいたし、少しずつ苦しみながら死んでいくやつもいた。

 どちらも俺に刺激を与え、そして血を騒がし、愉快な気持ちにさせた。

 下界の人々はそんな俺の暴君っぷりに恐れ慄き、俺のことを北の魔王と呼ぶようになった。誰も勇者と呼ぶやつはもういなかった。人間も、魔物も。

 もちろん、ただ拷問や処刑で遊んでいたわけではない。ちゃんと政治も行った。

 俺の政治のやり方は弾圧に次ぐ弾圧。言論の自由とやらの封殺。いわゆる独裁政権だ。

 俺は北の世界のやつらにあせくせ働かせ、その稼ぎをすべて税金として巻き上げた。

 これに文句や抗議を口にしようものなら、すぐさま『拷問場』送りである。

 人々は俺に逆らえず、毎日働くしかなく、北の世界はいつも重苦しく暗い空気がどんより立ち込める世界になった。

 人々の疲労に満ちた表情は、俺を非常に元気にさせた。

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