俺の産まれた家は、酷く貧乏だった。

 明日の飯もまともに確保できないような生活で、どうしても腹が減るときは家畜小屋の藁を口に入れたり、土から掘り出した何かしらの幼虫を生きたまま食らいついたりした。

 貧乏なだけならまだ良かった。貧乏にもう一つ、不幸要素が俺にはあった。

 俺が人間と悪魔の間に産まれた子供だったからだ。

 人間の父と悪魔の母がどのように出会い、恋に落ち、俺を産んだのは知らない。

 しかし俺がこの二人の間から産まれたのは事実だった。

 悪魔は存在するだけで近くの人間に災厄を振り撒き、不幸をもたらすものとして忌み嫌われていた。

 そんなわけだから、見た目はほとんど人間だったにも関わらず、俺は悪魔の血を引いているというだけで、母と同じく、また悪魔との間に子供を作った父と同じく、住んでいた村の村人たちから忌み嫌われ、虐げられた。

 外を歩くだけで後ろ指を指され、石を投げられた。

 食べ物を恵んでくれと頼んでも、悪魔に恵むものはないと断られた。

 道端で突然殴ったり蹴られたり暴行されることもあった。

 それでも俺は生きた。大勢のやつらから「死ね」と罵られても、そいつらの言う通りに死ぬのが癪で悔しかったから、ひもじくても、辛酸を舐めてでも生き延びた。

 ふと気づいたとき、俺は十五歳になっていた。

 父と母は死んでいた。父は急病で、母は村人たちからの暴力で。

 俺は十五歳になっても、一日を生き延びるので精一杯の毎日を送っていた。

 そんな中、俺の住んでいた村を含め、世界中が魔王の話題で持ち切りだった。

 魔王という存在は凡そ数百年前にあったという記述がとある書物に記されているらしく、何でもその数百年前に世界を征服しようと暴れていた魔王を、勇者と呼ばれる存在が封印したとされていた。なぜ倒すのではなく、封印だったのかは書かれていなかったという。

 とにかく、その魔王というのが、数百年越しに封印から目覚めて復活したという話だった。

 その証拠に、村に魔物と呼ばれる、普通の動物とは違う凶暴な生物が出没するようになって、村人を襲って殺したり、田畑を荒らしたりするようになった。

 ただでさえ陰気だった村は、魔物への恐怖でさらにどんよりした空気に満ちるようになった。もっとも、俺からすれば、村人に対しては「ざまぁみろ」という気持ちだったのだが。

 ある日、村に国王の城がある街から、使いの者を名乗る人間が何人かやって来た。

 そいつらの中から、代表に出てきた一人が村人たちに大声で言った。

「この村のすぐ近くの洞窟に、魔王を倒せるとされる伝説の剣が眠っている。そしてこの村の中に、伝説の剣を抜ける、勇者の称号を冠する人間がいると、城のお抱えの占い師の占い結果からわかった。この村の若い衆は、全員私たちとともにその洞窟についていってもらう」

 要約すると、そいつはそのようなことをぺらぺら話した。

 村の若い男たちは、村の中心にある広場に集められて、その洞窟に向かうことになった。

 俺はこの村の嫌われ者だし、どうせ伝説の剣なんか抜けやしないだろうから、どこかに隠れてやり過ごそうかと思ったが、使いの者の一人に捕まり、「お前もこの村の若い衆だろ? ほら、お前も来い」と連行される形で、俺も洞窟へと行く破目になった。

 山を一つ越えた辺りで、その洞窟に到着した。随分と大きくて深い洞窟だった。

 ぞろぞろその洞窟の中に入って、奥に進むと、徐々に通路が狭くなっていた。人が一人通るくらいがやっとの狭さになり出したとき、急に開けた空間に出た。

 どこからかは光が漏れ入ってくるのか、そこは洞窟の中にも関わらず少し明るかった。

 狭い通路と打って変わって、人が千人は入れそうなほど広い空間だった。その空間の中心に、地面が盛り上がっている部分があり、そこに一本の剣が刃を下に突き刺さっていた。

 不思議と古びた感じはせず、出来たばかりのような真新しい匂いのする剣だった。

「あれが伝説の剣だ」

 使いの者の一人が指差して言った。

 説明しなくとも、誰もがその剣が伝説の剣だと一目でわかっただろう。

 その剣は、それほどまでに異様な存在感を、その薄暗い空間の中で示していた。

「よし、まずはお前。あの剣を抜いてこい」

 使いの者は村の若い男の中から一人を適当に選出すると、剣を抜くように促した。

 選出された男はその剣を地面から抜こうとしたが、剣はびくともしなかった。

 その若い男が力を抜いているわけではないことは、その男の必死こいた表情を見ればわかった。

「ダメか、それでは次の者――」

 使いの者はそうやって、次々と若い男たちに剣を抜くように命じた。

 男たちは手柄を上げて街で出世できるチャンスだと、それはもう張り切って抜こうとするやつがほとんどだったが、どれだけ顔を真っ赤にして腕に力こぶを作ろうと、やはり剣は一ミリも動く気配はなく、まるでそこに固定されているように堂々と佇んでいるだけだった。

 とうとう、俺以外の全員が剣を抜くことができなかった。

「最後はお前だな」

 使いの者の目がついに俺に向けられた。

「いや待ってくださいよ。こいつには抜けませんよ」

 若い男たちの中から一人進み出てきた男が、使いの者に俺の告げ口を始めた。

 俺の家の隣に住んでいる靴屋のハンスだ。意地悪な野郎で、俺への嫌がらせも女々しくてしつこく、俺が村人の中でも三本の指には入るくらい嫌いなやつだった。

「なぜだ? なぜ試してみる前からそんなことがわかる?」

「こいつが人間と悪魔に間に産まれた、忌まわしいガキだからですよ!」

 ハンスは俺を指差し、洞窟いっぱいに反響するほどの大声で言った。

「悪魔の血を引いてるようなやつが、勇者になんかなれるわけがないでしょう!」

 ハンスは大袈裟な身振り手振りで、使いの者を説得する。

 俺はそれを呆れた目で眺めていた。

 結局のところ、悪魔の血を引き、村で嫌われている俺には剣を引き抜こうとする権利すらないのだ。

 どうせこの使いの者だって、ハンスの口車に乗せられて、それなら剣を抜かさなくてもいいな、という結論に達するのだろう。

 そう思っていた矢先、意外にも使いの者は首を大きく横に振った。

「ダメだ。剣を引き抜かせてみないことには、お前の意見は飲めない」

「で、でもですね――」

「これ以上我々の任務を邪魔するというのなら、特別な処置を取らせてもらう」

 使いの者は自分の腰に携えている剣に手を添えた。

「ひぃっ」とハンスは怯えた声を出し、「すいません」とぺこぺこしながら引き下がった。

「それではそこのお前、気を取り直してあの剣を抜いてみろ」

 使いの者に背中を押され、俺は一歩ずつその剣へと近づいていった。

 男たちは俺に、「お前になんか抜けるものか」と言いたげな嫌悪のこもった視線を向けていた。

 伝説の剣の前まで来た俺は、ゆっくりそれに触れた。

 金属の堅い感触。何人もの人間がすでに触れているはずなのに、とてもひんやりしていた。

 俺は一度深呼吸をし、力を込めて剣を引いた。

 果たして、そんなに力を込める必要もなかったかもしれない。

 伝説の剣は、今までの男たちの苦労が嘘のように、あっさりと地面から抜けたから。

 村のやつらの誰もが口を半開きにしたアホみたいな表情で、ぽかんと俺を見ていた。

 俺も難なく抜けた剣を片手に、ぽかんとその場に立ち尽くしていた。

 ハンスを突っぱねた使いの者がそんな俺に近寄ってきて、手を差し伸べてきた。

「よろしく――いえ、よろしくお願いします、勇者様」

 俺は頭の中が真っ白の唖然とした状態のまま、その手をそっと握った。

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