せかいのはんぶん

すごろく

1

「くっくっく、勇者よ、よくここまで辿り付いた」

 芝居がかった言い回しで、金で出来た玉座にふんぞり返る魔王は言った。

 俺が黙っていると、魔王は構わず台詞を続けた。

「しかし、さすがのお前もここまでだろう。私は強いし、お前は先刻までの戦いでボロボロだ。お前の仲間もみんな死んだ。お前の味方はもうここにはいない」

 俺はなおも無言だった。頭の中で発言する言葉を選んでいるわけでもなかった。

「どうした? 先程から何も喋らんではないか。仲間を殺された怒りで物も言えぬか」

 そしてまた芝居がかった笑い声。それが酷く耳障りで、少しイラッとした。

 それに言っていることも的外れだ。

 俺の仲間は確かに先刻までの中ボスとの戦いで俺以外全員死んだが、怒りも悲しみもこれっぽっちも湧かないし、惜しいとすら思わないし、むしろ死んでくれてせいせいしたという気分でいるくらいだった。

 だって、あいつらが俺をどう思っていたかは知らないが、俺はあいつらのことが嫌いだったから。騎士のアーモスも、魔導士のイーカも、僧侶のダカンも、みんな大嫌いだった。

 アーモスは脳まで筋肉の馬鹿。俺がいくら注意しても、俺が嫌だと言っている癖を直そうとしないし、「心が狭い」と俺を責めてくる始末だった。

 イーカは見た目に関しては可愛いだとか美人だとか言われる容姿をしているが、中身は最悪。いつもお姫様扱いされないと気が済まなくて、少しでも機嫌を損ねると俺の過去の傷を抉るようなことをねちねち言ってきやがった。それも一回ではなく、ここまでの旅の中で何十回も。

 ダカンは大人しいやつだったし、特に俺の癪に障るような言動はしなかったが、如何せん影が薄かったため、死んだところで何も思わなかった。他の仲間二人が嫌いだったから、同じく嫌いというカテゴリーの中に放り込んだ。俺の中では、嫌いと無関心は同等の感覚だった。

 そういや、あいつらの死に様、今思い出しても笑えるな。

 アーモスは首をばっさり斬られて死んだ。足元まで転がってきたアーモスの首の顔は、まさか死ぬとは思っていなかったと驚くように両目が見開かれていて、それはとても間抜けで面白かった。

 イーカは毒ガスの中でじわじわ死んだ。「助けてぇ」といつもの偉そうな態度はどこへやら、弱弱しいか細い声を上げてのたうち回り死んでいくイーカの姿は、幼い頃に水の中に沈めて死んでいったミミズの姿を思い出すようで、懐かしさを覚えた。

 ダカンは――あまり記憶にない。なんか知らないうちに死んでいた。死に方も胸を一突きされるというつまらないものだった。まぁ元から無関心な存在だったからどうでもいい。

 何にせよ、アーモスとイーカが死んでいく姿は、とても滑稽で愉快だった。

「おい、この期に及んで何をにやにや笑っているのだ」

 魔王が初めて不満そうな声を出した。

 どうやら気づかないうちに、口元に笑みが浮かんでいたようだ。引っ込める。

「私が何を言ってもウンともスンとも口を開かないし、気味の悪いやつだ」

「お前にだけは言われたかねぇよ」

 ようやく俺の口から言葉が飛び出した。このまま黙ってもいない何の進展もないし頃合いだっただろう。

 魔王はいきなり喋り出した俺に少しびくつき、すぐににやりと笑った。

「ふん、何だ、元気ではないか。それで、私と戦うのか?」

「戦うために来たんだろうが。戦わないと話が進まねぇだろ」

 まぁこの話の進んだところで、俺にとってはどうってことはない。

 この魔王を倒せば、世界は平和になるそうだが、そんなことは俺の知ったことではない。

 正直な話、世界が滅ぼうが構やしないし、世界中の人間が救われたとこで、それが俺にとって何だと言うのだろう。その先にあるのは何か? 感謝? 褒美? 名誉? しょうもない。

 それならば、なぜ俺はここまで旅をしてきたのだろう? 勇者の称号なんて押し付けられて。

「何だ? ようやく喋り始めたと思ったらまただんまりか?」

 魔王はいい加減退屈したというような調子で言う。

「さっきから剣も抜かないではないか。私から攻撃した方が良いのか?」

「先に攻撃してもいいぞ。俺はどっちでもいいから」

「なんか変なやつだな。言っておくが、お前は私には勝てないからな」

「根拠は?」

「さっきも説明しただろ。お前はボロボロで仲間もいない。どう考えても私の方が優位だ」

「だからどうした? そんな御託はいいから早く攻撃してこいよ? 退屈してんだろ? それとも何か? 天下の魔王様は万が一俺に負けるのが怖くて時間稼ぎをしてんのか?」

 軽く挑発してみると、魔王はわかりやすいくらい眉を怒らせた。

「この――」

 そろそろ何かしら来るかな、と身構えたが、結局何も来なかった。

 魔王はすぐに怒らせた眉を戻し、またにやりと笑って言った。

「まぁいい。私は心が広いからな。その程度の安い挑発に乗ったりはしない。それよりもだ、戦う前に一つ、お前に提案がある。私にとってもお前にとっても良い提案だ」

「まどろっこしいな。早く本題を話せ」

「お前、私の仲間にならないか」

 少し、意表を突く申し出だった。私が無言だと、魔王はさらに台詞を繋げる。

「私の仲間になれば、私がこの世界を征服した暁に、世界の半分をお前にやろう」

「・・・・・・」

「どうだ? 悪い話ではないだろ? お前は世界の半分の支配者になれるのだぞ?」

「・・・・・・」

「そうか、やはり勇者にこの提案は無理だったか。それでは仕方ない。交渉は決裂――」

「――いや待て」

「うん?」

「お前の仲間になったら世界の半分、本当にもらえるんだろうな?」

「もちろんだ。二言はない。約束しよう」

「――よし、その話乗ってやろう」

 俺は魔王の目を真っ直ぐに見て言った。

「お前の仲間になってやるよ。世界の半分の代わりに」

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