#4

「参ったねぇ……。何、その眼? さっきまでと全然違うじゃん!」

「……………」


 笛吹き男は屈み、見定めるように目を合わせた。ライは一切の言葉を放たず、拳を握る。


 銃声が響いた。

 男の背後の小箱に置かれたワイン瓶が音を立てて砕け、中からこぼれる赤紫の液体が床板を濡らした。硝煙の匂いが広がり、男は目を剥く。


「君、俺と似た能力を持ってるのか……!?」

「……1発目は牽制だ。次は外さねぇよ」


 ライの瞳は冷たかった。瞳の奥に広がる感情は怒りではなく、侮蔑だった。緋色の瞳孔を広げながら、刺すような視線を目の前の男に向ける。


「オーケー、“先生”が言ってたよ。『お前を狙っているディークノアが居る』って……。君だったんだね?」


 男はぶつぶつ呟くと、銀色に鈍く光る杖を出現させる。先の尖ったその形状は、武器に適していた。


「名付けて……排杖イソップ。君を始末させてもらうッ!」


 倉庫内の広間を見渡しながら、ライは小さく身震いをした。廃倉庫を根城にしているだけあって、積まれた貨物のそこかしこに開封された跡がある。長い間ここに潜伏していたのだろう。彼は閉じこめられた子どもたちの恐怖を想像し、確かな覚悟に変えた。


『ケケッ、あいつ強そうだな……。おい、メイジ! 気張れよ!』


 一方、笛吹き男の傍らに立つ百舌モズのディークは彼をメイジと呼び、ニット帽の上に止まる。メイジと呼ばれた男は頷きつつ、すぐさまライの背後に回り込む。そのまま、杖の石突をライの背中に向けた!


「背後から、失礼……ッ!!」


 メイジは腰を落とし、少年の黒づくめの背中に突進する!

 ライは二丁拳銃を交叉させ、くるりと反転する。銃身で刺突を防ぐと、メイジが伸ばした腕を銃底で連続殴打! 肘を押さえてうずくまる男の脳天に向けて、引き金を引いた!

 しかし、弾丸は発射されない。ライがホルスターを確認すると、弾薬が空になっていた。驚く彼を尻目に、メイジは口の端を歪めながら立ち上がる。


「奪ってやったよ……ッ! 君の銃から、弾丸を!」


 男が握った手を開くと、弾丸がばらばらと落ちた。ライが反撃のためにポケットの中の弾薬を探す、その一瞬が命取りだ!

 二発目の刺突がライの胸に襲いかかる。瞬時に回避ができず、ライは直に攻撃を食らった!


 身体に突き刺さる尖った石突は、少年の身体に傷をつけない。代わりにジャケットの布地に小さな円形の跡が付き、ライは困惑しながら立ち上がる。痛みはない。だが、何かされたことはわかるのだ。


「……抜き取るのは得意なんだ。子どもの未発達な身体にこんなグロい事は普段はやらないんだよ? でも、悪いね。君を傷つけたくなっちゃったんだ!」


 メイジがそう言った瞬間、ライの身体から血が噴き出した。滝のように流れる赤黒い液体は周囲を血の海に変え、彼は自らの身体が急速に冷たくなっていくのを感じる。

 ライが違和感に耐えながら胸元を確認すると、彼のジャケットに付いた石突の黒い跡から血が流れ出ている。それは、まるで不可触の孔だった。


「普段ならこうやって魂を抜いてるんだけど、君の強気な表情見てたら、ね。昂って、耐えられなかった。大人の怖さをわかってない、無垢で無鉄砲な表情だ。だから、良いよね。大人としての威厳を見せても!」


 メイジは哄笑しながら自らの杖を唐竹割りめいて構え、ふらつくライの頭上に何度も振り下ろす。そこに外傷は無いが、何かが頭から結晶めいて転がり落ち続ける。


「ぐっ、あっ、あぁ……!」

「まだ、見つかるわけには、いかないんだよ! ここは欲望を肯定する街だろ!? まだまだ飾りたいほどカワイイ子が居るんだ! この前会ったハルカちゃんとか! それに、“先生”に献上したあの子たちの魂の報酬も貰ってないんだ!」


 ライは朦朧とする意識の中、遠くから聞こえるエンジン音を耳にする。メイジもそれに気づいたようで、戦闘を止め、慌しくその場を離れた。

 足音が響き、辺りが騒がしくなる。そして、再び銃声が響いた。


「なぐ、も……?」


 歪んだ視界の端で、スーツの男が血を流して倒れている。火薬の匂いと煙が充満し、もう一つ血溜まりが出来ていた。


「南雲……!?」

「南雲さん……と呼べ……。悪いな、助けられなくて……!」

「南雲、さん! こんな……何で……!?」


 倒れている刑事を見て悲痛な声を上げるライは、南雲の足下に転がる拳銃を確認する。撃った側だとライが推測したメイジは、狼狽える事なく、まるでかのように笑った。


「どうしたの……? ほら、立ってよ! もう一発殴って、次は魂抜いてあげるから!」


 ライは痛む頭を振り払って立ち上がり、手元に再度リボルバーを召喚する。ふらつく身体になんとか鞭を入れ、そのワインレッドの瞳が冷たく光る。


「ミューズ……。弾、まだあったか?」

『この状況なら、装填できなくはないよ。今、能力を理解したんだ』

「……発動のトリガーは?」

『“血”だ……ッ!』


 ライは二丁の銃を床の上に広がる赤い血に潜らせた。それをトリガーに黒曜めいた銃身は発光し、彼の瞳と同じ緋色に輝く。

 覚醒したリボルバーは、敵に血腥ちなまぐさい物語を綴る。故に、その銃はライに緋銃グリムと名付けられた。


「ヘェ……。これだけ痛めつけたのに、まだ反抗的な態度取れるんだね……」

「血の気が多い性分でね。おかげでちょうど冷静になれたよ。……ブッ殺してやるよ、ゲス野郎!」


 ライは全弾装填された緋銃グリムを敵の喉仏に向け、紅く染まった視界で照準を合わせた。乾いた銃声が響き、男の叫びが倉庫内を巡る!


「ぐッ……!? 撃ちやがった、撃ちやがったアイツ!!」

「……とりあえず、一発ってところだな」


 撃ち漏らした弾丸が血液に変わり、床板にぽとりと雫が落ちる。男は銃弾がかすった首を押さえつつ、なんとか膝を立てて座った。


「……お前が南雲を撃ったんだろ? 同じ痛みを味合わせてやるんだよ」

「畜生……痛い……ッ!」

「懺悔も、言い訳も、地獄で聞いてやるよ……ッ!」


 銃は返り血を浴び、歓喜の歌を歌うように軋む。滴った血液が銃身を伝い、空虚なシリンダーを満たした。


『ライくん! 血を何かに変えてみて!』

「血……?」


 ライが足元を一瞥すると、己から零れ落ちた血が溜まっている。少年は赤黒いその液体を凝視し、水槽から何かをすくい上げるように金属製の物体を創り出す。足枷あしかせである。


「…………!?」


 驚くメイジの顔に向けて、ライは弾丸を飛ばす。鉛が男の頬を貫く直前、小さな影がそれを遮る。


「殺して……ねぇ、殺してよ……」


 ライの背後から現れたのは、捕らえられた子供たちだ。人質である彼らの一人はライの拳銃を掴み、助けを求めるように彼を取り囲む。


「ねぇ、私たちを殺してよ……」

「……ッ!?」


 足枷をつけたメイジは持っている杖をくるくると回し、余裕を取り戻したようにせせら笑う。


「抜き取って、奪ってやったよ。子供たちの自我……! それにしても、魂だけじゃなく自我まで奪ったら顧客の所の娘みたいになるんだな……。新発見だよ……」


 幼い少女を盾にしながら、メイジは杖で何度か空を斬った。


「さぁ、俺を撃ってみなよ……。可愛い子たちを撃てるもんならなッ!」

「……サイコ野郎、お前の主義的にそれはセーフなのか?」

「日頃なら絶対やらないよ……! だがな、今は非常時なんだよ……! ポリシーなんて捨ててやる。生きるためだ。これからの楽しみのためだッ!」


 メイジは杖を真上に投げ、切れかかった蛍光灯を叩き割った。割れたガラスが降り注ぎ、身動きの取れない両者に突き刺さる。


「あァァァァッッ……!!」

「イイねぇ! イイねェ……!!」


 互いに全身から血を流しつつ、メイジはその最中でたけり笑った。自らも痛みを覚えているが、それよりもライが苦しんでいる姿を見たいのだ。


「あと、もう一つ奪ったんだ……! 喰らってみなよ、シビれるから……!」


 少年たちによるライの拘束が解けると同時に、排杖イソップの薙ぎ払いがライに襲いかかる。光を放ちながら彼の身体を打つ文字通りの一閃は、脇腹を抉った刹那に痛みと衝撃を伝える!


「がッ……!?」

「ね? 痺れるだろ……? ヒヒッ、即席スタンガンだよ……ッ!」


 蛍光灯から電熱を奪い、そのエネルギーを纏った一撃がライの全身を駆け巡る! 彼は膝を着き、筋肉が弛緩しつつあるのを感じた。


「……いいの食らったよ。初体験だ。でも、おかげでお前の弱点もわかったよ……!」


 ライはふらついた挙動で四方八方に銃弾を飛ばし、血痕を壁や天井に残す。


「どうした。ついに錯乱したかい?」


 メイジは飛んできた血を弾き、床に落とした。所詮フェイクだ。無駄な動きは体力を消耗するだけなのに。彼は内心でそう思いながら、ライの顔が苦痛に歪んだまま絶命する様子を今か今かと待ち続ける。


「……お前の杖が蛍光灯を壊した瞬間、羽交い締めにしてる子どもたちの動きが止まった。そして今、子どもたちは機械的に自らの部屋に帰っている。つまり、お前が奪えるものは一回に一種類のみ、だろ?」


 天井から落ちる血の雫が、徐々に尖って伸びていく。壁や床のものも同様に形を変え始め、メイジを突き刺そうとうごめく。

 メイジは咄嗟に杖を構え、足枷から“硬度”を抜き取ろうとした。しかし、すでに手遅れである!


「……今が好機、そういう事だよな?」


 対象に向けて侵食する血のトゲが男の肩を刺し、腰を刺し、開いた口内にまで飛び込もうとしている!


「ヒッ……ヒィィィ!!」

「じゃあな、サイコペド野郎……!」


 廃倉庫の窓から漏れ出す月光は血に染まる少年を照らし、彼は少し焦りながら携帯電話を取り出す。


「志柄木さん? 被疑者確保しました……。南雲さんが撃たれたんで、早く来てください!!」

『OK、すぐに向かうよ!』

 ライは時刻を確認し、破顔した。まだケーキを買う時間はある。迅速に帰れば、約束には間に合うのだ。

「じゃあ、上がらせてもらいます。志柄木さん! 例のプレゼント、ちゃんと渡してくださ」


 銃声と、鋭い痛み。ライの左胸から血が噴き出す。


『ライくん!?』

「なん……で……?」


 朦朧とする意識の中、敵を探す。撃たれたのは……正面だ。ライはそう感じ、霞む視界越しに下手人を睨み付ける。倒したはずのメイジがなぜか立ち上がっている、ように見えた。彼はどこからか拾ってきた拳銃を握り、哄笑している。

 その場から立ち去ろうとする何者かの姿に、ライは気づかない。背中に走る激痛とともに、彼の意識は深い海に沈んでいった。

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