4.疾剣の推測

「あぁ、そっちか」

「俺は別にあの傭兵に恨みとかないからね。駅前であいつにあった時に、魔女の話をしていただろう? 魔女は魔法陣の動作を狂わせることがある。そしてこのあたりでよく発生しているって」

「……魔女のせいで魔法陣が狂ったって言いたいのか?」

「今日は少しだけ賢いね。後でクッキーでもあげよう」

「やった」


 別に喜んでもいないのに歓声を上げる男は、殆ど無表情だった。二人の間ではよくあるやり取りで、そこに悪ふざけ以上の意味はない。

 元々会話が噛み合わないのに、黙っていることに耐えられない二人が行き着いた「じゃれ合い」だった。


「あいつは魔女について「通る」と表現した。ということは魔女は動くんだ。塔の中に発生した魔女が次々と魔法陣を狂わせながら上から下に通過していったとしよう。外から見たらどうなると思う?」

「んー………。点滅する?」

「そうだね。上から順に点滅すれば、外からは一つの光が走っていくように見えるかもしれない。外から見た時に光が「存在」するのは窓から見える分だけだ。例えば全ての魔法陣が停止して、上から順に点滅したとしたら、外からは人魂が移動しているように見える」

「ふーん……。で?」


 ミソギは大きなため息をついた。


「俺はもう少し話が通じる同僚が欲しいよ」

「転職か」

「お前が転職しろ。魔女がこの現象を起こしたとなると、あいつが言っていたもう一つのことも気にかかる」

「もっと大きな魔女が出るってやつか」

「そう。近いうちにそれが現れる可能性が高くなってきた」


 螺旋階段の先に展望室が顔を覗かせた。誰もおらず、四方の窓はその戸を開いたまま、眺望を提供している。


「問題は、いつそれが現れるかってことだけど……」

「あれじゃねぇの」


 カレードが北側の窓を指さして、のんびりとした口調で言った。野鳥か何かを指し示すような緊張感のないものだったが、指先にあるのは全く別の光景だった。

 黒い雲が密集して、この公園を覆いつくせるほどの大きさを形成している。赤や黄色の稲妻が絶え間なくその中で発生し、歪な光を生み出していた。普段は公園の上空を飛んでいるはずの鳥は何処にも見えず、しかし雲の隙間から悲痛な鳴き声が一つ聞こえた。


「雲……じゃない。あれは自然魔力の塊だ」

「結構デカいな」


 頭は悪いが勘の鋭いカレードは、剣呑に目を細める。直感的にそれが「触れてはならないもの」だと理解をしていた。

 一方のミソギも、周囲の景色が蜃気楼のように歪むのを見て冷や汗を垂らす。


「あれってどうにか出来るのか?七番目は触るなって言ってたけど」

「でも同時にこうも言っていただろう。「腕比べに魔女と戦うのは吝かではない」ってね。つまりあいつならどうにか出来るってことだよ。しかも割と容易に」

「なんで言い切れる?」

「考えてごらんよ、あいつが自分で出来ないことを俺達に言うと思う?」


 確かに、とカレードは呟いた。

 キャスラーという男は弱みを見せるのを良しとしない。貧民街出身のカレードも、移民のミソギも似たような傾向を持っているが、キャスラーほど頑なではないし、ある程度他者への信頼も持っている。


「あの男が出来ると言ったら出来るのさ。腹が立つけど」

「そりゃ否定しねぇけど、あいつの攻撃手段って、俺達は使えねぇだろ」

「あいつが使う力は魔法じゃない。自然魔力だ。それに「魔女と腕比べ」という言葉は互いの得物が同じ場合に使われることが多い」


 自分の得物が剣で相手が槍の場合、それは腕比べとは言わない。何故なら条件が一致しないからである。その場合は「腕試し」という言葉が相応しい。


 自分の得物と相手の得物が、同じく剣であれば力を比べることが出来るので「腕比べ」という表現が使える。


「要するに、あいつが魔女を倒すのに使うのは自然魔力だ」

「あぁ、そういやそんな話聞いたかも」

「つまり、俺達が自然魔力をあれにぶつければ、どうにかなる」


 カレードはそれまで割と殊勝に聞いていたが、ミソギの結論に思い切り眉を歪めた。


 元が「軍一番の美形」と謳われるだけあって醜悪なものにはならなかったが、美しい分余計に、表情に込められた呆れが露わになっている。


「何言ってんだ? 俺達は魔法も使えないんだぞ。自然魔力なんか以ての外だろうが」

「以ての外とか難しい言葉使えるんだね、お前。まぁ落ち着きなよ。何も俺は自暴自棄になったわけでも、ましてや自然魔力が使えるとも思っていない」


 ミソギは窓の一つから顔を出すと、すぐそこにある王城の屋根や塀を指さした。立ち入り制限がされており、一般人が入れる場所ではない。


「王城には自然魔力が使われている。フィンは雪が多く降るから、積雪で城の屋根などが崩れないように施されたとも言われている」

「なんでそんなこと知ってるんだよ」

「此処に昇る途中に壁に書かれていた。今、制御機関で使われている自然魔法の制御陣は、王城のものを元としているともね。つまり、どういうことかわかるかい?」


 カレードは理解出来ないと言いたげに首を左右に振る。ミソギは予想通りの反応に落胆することもなく続けた。


「自然魔力を蓄積し、城全体に頒布するための魔法陣は一番高い屋根の先端にあるそうだ」

「もっと簡単に言えって」

「あの屋根の先端をふっ飛ばして、魔女にぶつけよう」

「イエス・サー」

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