22.計算通り

 カルナシオンに引き渡されて刑務部に連行された容疑者は、面白いほどによく喋った。まるで何かに急かされているかのように、己が行った放火騒ぎと、それに起因する各店の不正を告白した。


「まぁ概ね、推測通りらしいよ。また改めて現場検証には付き合わされるらしいけど」


 制御機関から出て来たミソギは、一足先に出て待っていたホースルにそう言った。


「彼女があんたのこと気にしてたよ。自分を守ってくれたと思ってるんだろうね」

「計算通りだ。この前、暇つぶしで読んだ雑誌に書いてあった「理想の異性〜優しさと頼もしさ〜」の内容を真似しただけなのだが」

「で、彼女と結婚するつもりかい?」

「あの程度で落ちる女とも思えないが、脈はありそうだ。このまま善良で頼りがいのある男の振りをして、セルバドスの名前を手に入れる」


 ミソギはそれを聞いて、若干の同情をセルバドス家に対して思ったが、特にそれを止めるつもりはなかった。


「セルバドスの令嬢も見る目がないなぁ。こんなクソ野郎に惚れるなんて。これで万が一結婚なんかして、何かの奇跡で子供まで生まれたら最悪だ」

「子供も必要なら作ると言っただろう」

「あんたの子供とか、絶対に可愛くない」


 制御機関の建物を離れて歩き出した二人は、軽口にもならない応酬を続ける。すっかり夜になった商店街は昼間に比べて人も少なく、非常に歩きやすかった。


「凄い暇だから雑談として聞くけど、子供作るならどっちが欲しいんだい?」

「どっち?」

「だから、男か女か」


 ホースルはその問いに考え込む。宙を見つめながら黙って歩く姿に、ミソギは最初の数秒だけ付き合ったが、大きな溜息をついてそれを遮った。


「雑談だって言っただろ。そこまで悩まれても困るよ。結婚すらしていないのに」

「……根本的なことを忘れていた」

「根本的なこと?」

「お前達は男と女で分かれているんだったな。子供を産むのが女か」


 ミソギは当たり前すぎる質問に呆れた表情をしようとして、しかし嫌な予感がして口を歪める。


「ちょっと待って」

「そうか。やはり理解せずに言葉だけ覚えるのは良くないな。こういう弊害もあるということだ」

「待って」


 必死に呼び止めるミソギを、ホースルは振り返る。


「どうした」

「……あんたさ、男だよね?」

「いつ私がそう言った?」


 魔術師は男。それはミソギ達が調査書などで手に入れた情報に過ぎない。確かに何度思い返しても、ミソギはホースルの口から性別を聞いたことはなかった。


「そうだな、お前達に理解出来るように言おう」

「言わなくていい」

「見た目は、お前達が属する種族の雄に近いのだが」

「言わなくていいって言ってるだろ、このクソ野郎!」

「遠慮するな。カタツムリを知っているか」

「いいから俺の日々の安眠のために永眠しろ!」


 ミソギの悲痛な叫びにも、ホースルは全く理解出来ずに首を傾げるだけだった。

 いつかこの生き物を思い切り殴ってやろう。ミソギは二度目の決意をしながら、無意識に零れた涙を拭った。



【マズル預言書 <章名欠損>】

 マズルは剣の弟が自らの力にならなかったので、命の刃と死の鎖を肉体から取り除き、それらを使って天から剣の弟を吊り下げた。

 剣の弟はマズルに二つの言葉を言い、三つ目は口にしなかった。

 そのため、剣の弟は炎で焼かれることとなった。


<終>

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