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淡島かりす
魔術師と疾剣
1.違法営業
【マズル預言書 序章】
かの男は突然人々の前に現れた。
一人が誰何すると、男は手を打ち鳴らして大空を割り、飢えた地上に雨をもたらした。雨により大樹が生まれ、男はその上から人々を見下ろした。
「お前、無許可営業だな?」
燃えるような赤い髪の若い男がそう尋ねる。
幅広のバンダナで髪を覆うように縛り、その上からフードを被った男は、暫くその意味がわからないように呆然としていたが、やがて顔色を変えると逃げ出そうとした。
「待てコラ!」
赤い髪の魔法使いは、怒鳴りながら相手を追いかける。
十八歳のカルナシオン・カンティネスは制御機関刑務部の新人で、その能力もさることながら、血の気が多いことで有名だった。
前方を走るモグリの商人の足元に、小さな火の玉を投擲する。
しかし、商人の男はそれを紙一重で躱して路地裏に逃げ込んだ。
「あんにゃろ……」
舌打ちしたカルナシオンは、その後は追いかけずに直進する。
そこに店を構える青果店に目を付けると、遠慮なく踏み込んだ。
「おい、ニーベルト! 通るぞ!」
「……はいよ」
あっと言う間に店を通過していったカルナシオンを見送りながら、『ニーベルト青果店』の店主は溜息をついた。
「ったく、アイツは元気だな」
店の裏口から路地裏へと出たカルナシオンは、慣れた足取りで道を駆ける。その脳裏には入り組んだ路地の図面が全て記憶されており、更に逃走経路として使える道と、使えない道が瞬時に選別されていた。
それは彼の卓抜した能力のうち一つであるが、本人がそれを特殊だと思わないうえに話したこともないので、自覚はしていない。
駅に抜ける道ではなく、駅から遠くに抜ける道のほうに先回りをして息を潜める。
通常であれば駅前に出る道を使うのが、逃走経路としては一番良い。だが数日前から工事が始まっており、その道は封鎖されている。
そこが塞がれていることに気付かずに、商人がその道を使った場合、当然のことながら引き返す羽目になる。しかし元の道を戻れば、追いつかれると考える。そう考えた場合に次の逃走経路として選ばれるのは
「此処ってわけだ」
「え……」
思惑通り現れた商人の前にカルナシオンは立ちふさがった。
「何故……」
「残念ながら、この路地のことは詳しいんだよ。此処の革職人の息子なもんで、な!」
勢いよく相手にタックルをして、地面へ押し倒す。
土埃と悲鳴が上がって、相手は呆気なく背中をついた。
「ったく、手間取らせるなよ。たかがモグリの商人が……、って」
倒れた拍子にバンダナがずれて、フードの下から髪と瞳が覗いていた。
この国では見ない鮮やかな青い髪に、カルナシオンは首を傾げた。
「お前、移民か?」
黙って睨み返す目は、カルナシオンの髪よりも血に近いような赤色だった。
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