14

「あー……ごめん、待った?」


 紅葉も朽ち始めた秋の暮れ。冬の訪れを感じさせられる季節に、僕は駅前のシンボルで人に会っていた。

 時刻は、一〇時一〇分。


 彼女は、怒り心頭だった。


「『ううん、今来たところ♪』……とでも言うと思ってんのかお前……!」


「い、いやー、寝坊しちゃって……だから言ったじゃん。家近いんだからわざわざここで待ち合わせする必要ないって」


「恋人らしくする必要はないって言ったけどよ……少しくらいはあってもいいだろうが! 住宅街で待ち合わせなんて、そんなロマンもへったくれもないデートがあってたまるか!」


「あってもいいじゃん! 別に僕たち、今更『あいつ、来るのまだかな……』なんて言ってドキドキするような関係でもないでしょ!」


 彼女なら時間通りに来ても「遅せえ」とか言いそうだ。


「だいたい、開き直ってんじゃねえよ! そもそもお前が寝坊するのが悪いんだろうが!」


「いや、アニメが面白くてつい全話いっき見しちゃって……」


「デートする気あんのか!」


「いや、あるんだけど……つい」


「…………」


 呆れてものも言えない様子だった。

 彼女は天を仰いでから、両手で顔を覆う。


「なんでこんなやつを好きになっちゃったんだろ……」


 知らんがな。


 ひとまず落ち着いたのか、彼女はため息を一つ吐いて僕に向き直った。


「ったく……まあいいよ……それより、ほ、ほら、早く行こうぜ」


 さっきまでの怒りはどこへ行ったのか、彼女はぷいっとそっぽを向きながら左手を差し出してきた。その頬を赤く染まり、手は少し震えているように見える。


 まったく、相変わらずなやつだ……。


 しかし、これは意趣返しのチャンス。


「あー、でも恋人らしくする必要はないって言われたからなー」


「だ、だから! 少しは恋人らしくしたっていいだろうが!」


「ほーん? でも、具体的にどうすればいいかわかんないなー? その付きだした左手はなにかなー?」


 ここぞとばかりに、僕はわざわざ鏡の前で練習したニヤニヤ顔を見せつけてやる。今まで散々僕をこけにしてきた仕返しだ。


 狼狽えて、恥をさらすんだ……!


 僕の心の声が聞こえたからなのか、彼女は露骨に嫌な顔を見せ、唾でも吐くような腹立たしげな様子で踵を返した。


「うっざ……しかもキモいし。帰るわ」


「え? ちょっと待って、予想外の反応……あ、マジで駅の方に行ってる……ちょ、ごめん! 悪かった、俺が悪かったから!」


 全力で彼女を追った。




 あれから一年が経った。


 僕には再び、彼女ができていた。


 読者の皆さんにはおわかりだと思うが――穂純優樹だ。


 最初こそ驚いたが、僕はわりとすんなりと優樹の想いを呑み込むことができた。


 付き合うのには、時間がかかったけれど。


 羽根さんへの想いが残ってたし、なにより、親友であった優樹が恋人になってしまうことで、羽根さんの時のような変な軋轢が生まれてしまうのではないかと怖かったのだ。


 けれど、そんな僕の恐れは杞憂に終わった。


 いざ付き合ってみても、僕らの関係はほとんど変わるところはなかった。最初のうちは、本当に恋人になったのかと自分で疑問に思うくらいだった。


 そして、今。


 僕らは、順調に恋人を続けていた。


 喧嘩もするし、嫌なところだってあるけれど。


 好きなところがたくさんあるし、ときめいてしまうことだってある。


 彼女は親友である以上に、恋人である以上に。


 僕の理解者だった。

 そして僕も、彼女の理解者なのだ。




 恋人とはなんなのだろう。

 恋人とはどんな関係なのだろう。


「付いてくんなよ」


「悪かったって……ほんと、ごめん。映画代僕が持つから……」


「……今日のデート代、全部お前持ちな。それで手を打とう」


「……は?」


 僕にはわからない。きっと彼女にもわかっていない。


「なんだ、不満か? あー、帰っちゃおっかなー?」


「ぐっ……わかったよ! 奢ればいいんだろ! 奢れば!」


「おっけ、決まりー! じゃ、行こうぜ、映画始まるぞ! あ、服も見に行きたいなー」


「優樹、まさか服まで僕に買わせる気じゃないだろうな!」


 でも、ただ一つだけ、わかっていることはある。優樹も僕も、持っているものが。


「おし、走るぞ!」


「誤魔化すなよ! って、これじゃ走りにくいんだけど――」


 心の深くで繋がっているという、この気持ちが。


「なあ、進!」


「なんだ、優樹!」


「――いや……なんでもねえよ!」



 ぎゅっと繋がれた手から伝わってくるから。



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恋愛下手は高嶺の花と 一条二豆 @itizyo-nimame

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