10

 結局、僕には優樹の言っていることはよくわからなかったけれど、恋人の理想のありようなんて、人によって違うものだろう。そう割り切って、僕はその思考を打ち切る。


 今は、目の前のことに集中しなければ。


 紅葉も朽ち始めた秋の暮れ。冬の訪れを感じさせられる季節に、僕は駅前のシンボルで羽根さんを待っていた。


 時刻は朝の一〇時で、空気はまだ冷たい。

 けれど、かじかむような冷たい風も、火照った体にはひんやりとして気持ちいい。そう思えるほどに僕は気分を高揚させ、緊張していた。


 なにせ、僕は今彼女を待っているのだ。


 世界で一番かわいい彼女を。


 Sheじゃなくて、Girl Friend。


 はっきり言って、今でも夢じゃないかと思う。しかし、いつかの時より頬をつねっても痛みをちゃんと感じる。

 だから、どうやらこれは現実のようだった。


 僕としてはもう、夢でも十全なのだけれど。


 そろそろ、待ち合わせの五分前。時間が近づいてくるごとに、なんだか落ち着かなくなってくる。

 スマホゲームでもして落ち着こうかと思っても、全然ゲームに集中できず、彼女のことばかり考えてしまう。


 結局、スマホをしまい、なにを見るでもなく景色を眺める。


 待ち合わせによく使われる場所だからか、周りには僕と同じように誰かを待っている人たちが見えた。

 そんな人たちも、待ち人が来たのか次々に去っていく。その様子を見て、僕はまた不安になってしまう。


 やっぱり全て夢で、ここには誰も来ないのではないか。


 恋が実ったのなんて全部妄想で、僕は想像力豊かなイタいやつなんじゃないか。


 ……。


 僕がネガティブ思考のスパイラルに陥っていると、ドンッと、軽い衝撃とともを背中に感じた。

 突然のことに驚いたが、すぐハッとなった。そして、予想通り、背後から悪戯っぽい声が聞こえてきた。


「おっはよ♪」


 この声、この匂い、この子どもっぽさ……間違いない。


 背中から伝わる温かみに胸を高鳴らせながら、僕はばっと振り向いて彼女を見た。


 そこには、私服姿の彼女が――羽根貴音その人がいた。


 白のTシャツにGジャン、膝を出したブラウンのガウチョパンツ、黒のトレンチハット……僕にファッションに明るくないが、それらがお洒落だということだけはわかった。


 なにせ、かわいさに磨きが掛かって神々しくさえ見えるから。

 私服の破壊力が、ハンパない。


 イヤリングや化粧も、普段の無邪気な雰囲気に大人っぽさを感じさせられ、僕は彼女の姿を見ただけで早くも卒倒しそうになってしまっていた。

 しかし、ここで倒れてしまっては男のなおれだ。彼氏として、いいところを見せなければ。


 僕は笑顔が眩しい羽根さんを見つめながら、なるべく自然な調子で挨拶を返した。


「お、おはよう、羽根さん」


「あっはは! ちょっと固くなってるよ真霜くん、そんなんじゃ頼りないなー」


「あ、いや、ごめん……じゃなくて、ちょっと緊張してるんだ。多少は勘弁してよ……」


 僕だって成長している。こうして会話らしい会話ができるようになっただけでも進歩だし、なによりタメ口で喋れるようになったことが大きな成長だ。


 もちろん、一番の成長は、


「――なにせ、その、羽根さんの彼氏になったんだから」


 羽根さんと、恋人になれたことだけれど。




 僕の二度目の告白は、なんと成功に終わった。


 徐々に羽根さんとの距離も近くなってきたかと思っていた頃、優樹の言うところの『謎の勇気』というやつが僕の中に生まれ、もう一度告白してみようという気になったのだ。

 その結果、羽根さんは二つ返事で承諾してくれた。その上、


『真霜くんがしてくれなかったら、私からするところだったよ』


『私って簡単なのかもしれないね……言い寄られてるだけで気になっちゃうなんてね』


 とまで言われてしまった。


 その日の僕の浮かれようは凄まじく、今月のお小遣いを全てコンビニの募金箱にわざわざ突っ込みに行くほどだった。


 比喩ではなく、実際に行った。


 ともかく、晴れて僕は意中の人と付き合うことができたというわけなのだが――今日はその、恋人になって初めてのデートだった。

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