「今日は楽しかったなー」


「そうだな」


 進との二人での帰り道。家が近くなので当然、通学路は同じだ。二人ともずっと帰宅部だったこともあり、小学校時代から、一緒に返る習慣は変わってなかった。


 今日の話題はやはり、羽根さんと過ごした昼休みの話になった。

 想い人の話になり、早くも頬がだらけきっている進に苦笑しながら、俺は相槌を打つ。


「気さくで、いい人だな」


「そうでしょ! やっぱ僕の目に狂いはなかったんだなあ……」


「なにを上から偉そうに……ってか、進じゃなくてもいい人だってことは、だいたいの人が知ってるだろ」


 しかし、進ほど彼女に近づいている人物も、考えてみれば珍しいのかもしれない。俺はその手の話題にはあまり詳しくないから、あまりあてになる推測ではないけれど。


 まあそれでも、お昼を一緒に過ごすというのは、距離が近づいてきた証ではあるだろう。自然になった結果ではないにしても、それに応えてくれたと言うだけで、十分な価値がある。

 そのうち何人かで遊びに行くようになったりして、二人でデートなんかにも行って、いづれは付き合い出すのだろうか。


 ……。


 そう考えると、胸が苦しい。


 ずきずきする。


 もやもやして、心の中をかきむしりたくなる。


 でも、進の笑顔、恋に一生懸命な姿を見ていると、自分の想いをこのタイミングで伝えるなんて無粋な真似は、とてもじゃないがしたくなかった。


 進なら、きっと真剣に考えて応えてくれることだろう。あるいは、女の子らしくないし、口も悪い俺のことなんて、あっさりと振ってしまうかもしれない。


 そう思っていても、惰性は止まらない。ついつい、進には強気な態度と口調になってしまう。


 進に強く当たってしまう自分が、つくづく嫌になっているのに。


 そんな自分を笑って受け入れてくれる進に甘えてしまう自分が、つくづく嫌になっているのに。


 自分を変えようとせずに過ごしてきた。

 俺は、そんな、嫌なやつなのだ。


 だからきっと、俺は優樹にとって腐れ縁なだけで、大切な存在ではないのだろう。


 そんな風に今までは思っていたけれど。


 進は今日、あろうことか俺のことを、


「――親友って」


「ん? どうした?」


「親友って言ったよな。昼、俺のこと」


「あ、ああ……それ、蒸し返すの? ちょっと、恥ずかしいな……」


 俺から目を逸らし、苦い笑みを浮かべながら首をかく進。


 照れている。


 照れているということは――本心だということだ。


「今まではさ、その、ちょっと嫌われてるんじゃないかと思ってたんだ……俺、口悪いし、我が儘だし、いっつも迷惑かけてばっかだし……」


 言ってから、はっと口をつぐむ。しかし、もうほとんど最後まで言ってしまっていた。

 今日の俺はなんだか弱気になってしまっている。こんなこと、普段なら言わないのに……。


「え? 別に嫌いなんて思ったことはないけど……」


 案の定、進は意表を突かれたような、きょとんとした顔をしていた。驚いたたというより、理解が追いついていないというような、そんな顔。


「まあ、確かに優樹は――口悪いし、我が儘だし、いっつも迷惑かけてばっかりだな。けど――」


「うっせえ」


「ええ……自分で言ったのに……」


「……悪い……で?」


「うん、まあ――優樹は確かにそういうところがあるけどさ、僕は、その一つひとつに悪意や敵意がないことを知ってるし――肌で感じてるからさ」


「悪意と敵意……」


「そうそう。その二つがあったらそれはもう悪口だし嫌がらせだけど、優樹のはそうじゃないって知ってるから。雰囲気とか、ニュアンスとかで、なんとなくわかるじゃないか、そういうのって」


「……そうなのか?」


「だいたい、何年優樹と一緒にいると思ってるるのさ……そりゃ喧嘩もするし嫌だって思うこともあるけど――。優樹のことが嫌いになる理由なんて今のところないよ……嫌いだったら、そもそも今ここで一緒にたりしないし」


「……」


 ああ、そうか。


 そりゃあそうだ。


 考えてみれば、当たり前のことだった。


 進にとって俺は親友で。


 俺にとって進は想い人なんだ。


 だから、進にとってはじゃれ合いのようなもの一つにも、

 俺は、神経質になってしまっていたのだろう。


 ただ、それだけの違いだったのだ。


 親友。


 それはとても嬉しいけれど。


 ひどく残酷な呪いなのだろう。


「悪いな、進……変なこと言って」


「い、いや、別にいいよ……僕もなんだか熱くなって今後黒歴史になっちゃいそうなレベルで恥ずかしいこと言っちゃったし……」


「そうだな」


 でも、この距離感が心地いいと。


 恋人よりも通じ合っているようなこの距離感が。


「墓に入るまでいじり続けてやるよ」


 かけがえのないものだと思える――私がいた。

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