「じゃ、今日からよろしくね♪ 真霜くん、穂純さん!」


「うん、よろしくね!」


「よろしくー」


 男子からの視線が、猛烈に痛い。


 それが嬉しい。なんとも言えない優越感だ。

 これが、幸せ税というやつなのかもしれない。


 なぜ僕がそんな益体もない感動に身を包まれているのかというと、それはもちろん、先日のお願いが了承されたことにある。

 一緒に昼ご飯を食べようという提案は、週二という条件であっさりとオッケーされた。


 緊張と不安で着飾っていた僕としてはいささか拍子抜けの結果だったが、それだけ僕と羽根さんの仲が深まったという証左なのかもしれなかったし、なんにせよ嬉しい結果には変わらなかった。


 かくして、今日。僕は優樹と羽根さんの三人で昼休みをすごすことになったのである!


「穂純さんは初めましてだね! 私、羽根貴音。貴音って呼んでね♪」


「そういえばそうだったな。知ってそうだけど、一応……俺は穂純優樹。優樹って呼んでくれていいよ」


「じゃあ、優樹ちゃんだね! よろしく!」


「『ちゃん』はやめてくれ、恥ずかしい……呼び捨てでいいよ、貴音」


「えー、駄目かな? かわいいと思うんだけどなー」


「頼むよ、なんだか照れくさいんだ」


「うーん……ふふっ、嫌でーす! 優樹ちゃんって呼びまーす! そっちの方が、いいと思うし!」


「ったく……わかったよ。ちゃんづけでいいよ」


「よしっ! それでオッケー!」


 ふふふっ、あははっ、と仲睦まじそうに笑いあう二人。


 早くも仲良くなっていた。


 というか、二人だけの世界をなんだか作っていた。

 ……な、なんか混ざりずらい!


 僕は、完全に会話に混ざるタイミングを見失ってしまった!


 始まって早々に僕が疎外感を受けているうちにも、二人の会話はどんどんと進んでいっていた。


「え! 優樹ちゃんのお弁当、自分で作ってるの!?」


「そうだよ。最近は料理にはまっててさ、母さんのじゃなくて俺が作るようにしてんだ」


 初耳だ。

 優樹の母さんが作ってるのかと思ってた。


「ちょっと貰ってもいい?」


「いいよ、どれでも好きなもの持ってって」


「あ、じゃあ卵焼き貰おうかな……うーん、おいしい! 甘めの味付けだ!」


 なにそれ、僕も食べたいんですけど。


「なになに? お弁当に凝ってるってことは、もしかして……優樹ちゃん、好きな人でもいるのー?」


「ちょ、にやにやすんなよ貴音っ……ち、違う! いないからな!  おい、進!」


 いまだかつてないほど慌てている優樹に新鮮味を感じていると、彼女からお声がかかった。

 お、やっと会話に入れる!


「なに? どうしたの?」


「ち、違うぞ! 別に好きな人とかいないからな! 勘違いすんなよ!」


 ……。


 いや、誤魔化し方下手か。

 反応はベタか。


 今時、漫画でも見ないくらいの台詞だった。


 とはいえ、いるとはとても思えないけど……。

 もしかして……僕に、二人の輪に入るチャンスをくれたのだろうか。こうして、話題を振ることによって。であれば、この波に乗らなくては。


「優樹に好きな人ができたらびっくり仰天だよ。自分から男の話なんて数えるほどしかしてこなかった優樹に、今更想い人ができるとは僕には思えないね」


「……お前とは星の数ほど話してきたけどな」


「だったらなにさ」


「一度てめーとは決着をつけなきゃいけねえみたいだな……!」


 のそりと、しゃがんでいた熊が立ち上がるような迫力をもって、優樹はイスから立った。

 よくわからないが、優樹が修羅と化していた。


 ふ、フリじゃなかったのか……。


 おっかねえ……!


「ちょ、落ち着いて! なんかよくわかんないけどごめん!」


「なんかよくわかんねえなら、謝るんじゃねえよ……ああ?」


「――ふふっ、あはははっ」


 このままでは丸一日動けない体になってしまうと焦りを覚えつつ優樹と対面していると、突然、羽根さんが腹を抱えて笑い出した。


「二人とも、すっごい仲がいいんだね……!」


「え、ああ……」


 改めてそう言われると、なんだか照れくさいものがある。そんな恥ずかしさから優樹の方を向くと――彼女は不安そうな表情で僕を見ていた。


 それはまるで、なにかを求めているような。


 すがりつくような表情だった。


 一体、どうしたっていうんだろう?

 いつもの優樹なら、「こいつとは腐れ縁なだけだ!」とかなんとか言って叫びそうなものなのに……。


 まるで、傷つくのを恐れているような、僕がどう答えるのかを窺っているような、不安でいっぱいの表情で――


 とにかく、今は笑い転げる羽根さんに返事を返すのが先決だった。優樹のことは一旦忘れ、羽根さんの方へ向く。


「うん、仲いいんだよ。小学校からの幼なじみでさ」


「あ、そうだったんだ」


「今までずっと一緒に馬鹿やってきたんだ。ま、親友ってやつかな……なんて、はははは、はは……」


 言っていて恥ずかしくなってきて、僕は視線を下に落とした。優樹の顔はもちろん、羽根さんの顔すら見ることができない。


 恥ずかしい!


 なにをこっぱずかしいことを急に言い出してるんだ僕は!


 絶対顔真っ赤だ! これじゃ羽根さんとすら顔を合わせられない!


 僕が恥ずかしさのあまりパニックになってしまっていると、羽根さんは「ふーん?」と呟き、そして、うんうんと満足げに頷いた。 


「なるほどねえ……」


 その言葉に、僕と優樹は顔を上げた。羽根さんは、なにがわかったというのだろうか?

 ひとしきり頷いた後、彼女は心底楽しそうな声で笑った。




「二人とも、本当に仲がいいんだね!」



 変な勘違いをされてないことを祈る。

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