6
僕のアタック作戦は最初こそぎこちなく、不自然なところもあったけれど、羽根さんと会話を重ねるうちに、僕は自然に彼女に話しかけられるようになっていった。
羽根さんと話すことは僕の日常となり、僕と彼女はもう友達と言っても構わないような関係になっていると自負できるところにまで来ていると思う。
主観だけど。
「いや、あの時はどうなることかと思ったけど、案外なんとかなるもんだね……」
「そうだな……俺も驚きだ」
昼休み。
僕は優樹と二人で、いつも通り昼食を取っていた。お互い、母親の手作り弁当。
優樹は学校でも五指に入るほどの美人だが、その男勝りな性格とクールビューティーさから、男子からは割と敬遠されている。むしろ、女子からの人気の方が高い。
だから、男子連中に美少女と二人で昼食を食べるというシチュエーションに反感を買うことはそこまでないのだけれど……女子からは度々クレームが来る。
一度、「離れなきゃ、殺します」みたいな犯行声明文が下駄箱のロッカーに入れてあって驚いたことがある(優樹が解決した)けれども、それでも、僕と優樹は二人で昼食を食べるスタイルを維持し続けていた。
僕は別にやめても構わないのだけれど、「昼食一緒に食べる友達なんて進にいないだろ」と優樹は謎の理由を掲げ、このスタイルを固持している。
いるよ、ご飯食べる友達くらい。
怖いから言わないけど。
まあ、なんにしても、いつもと変わらない昼休み。
なんの変哲もない昼休みだったわけなのだが――不思議と僕は冴えていた。
好物の卵焼きを頬張りながら、閃いてしまったのだ。
画期的な、アイデアに!
「お……おお……!」
「どうしたんだ? 急に目を輝かせたりなんかして……ああ、わかった。とりあえず、その口の中の卵焼きを飲み込んでから話してくれ」
僕は卵焼きを飲み込んだ。
「閃いちゃったんだよ優樹! 最近、話しかけにいくだけでマンネリ化してしまっていたアタック作戦に新たな刺激を入れる方法を!」
「……そのことか」
「そう! で、聞いてくれよ! 僕の神懸かった素晴らしいアイデアを!」
ドゥルルルルル……と自前でドラムロールを鳴らし(優樹は露骨にうざったそうな顔をしていた)満を持して、僕は浮かんだアイデアを出した!
「お昼ご飯に、誘うんだよ!」
どうだ! と言わんばかりの迫力でそう言った僕だったが、そんな僕が自分で馬鹿らしく思えてしまうほど、優樹の反応は薄かった。
というか固まっていた。
「……え」
「……あれ? あんまりいいアイデアじゃないかな?」
昼休み。そして昼食時。
学生にとって、学校でもっとも友人と楽しく過ごす時間とは、部活や放課後の教室でなければ、この時間ではないだろうか。
今まで僕は授業の合間の休み時間やたまたますれ違ったときくらいしか話をしてこなかったが、ここらでより長い時間話をするのに挑戦するのもありなのかもしれない。そうすれば、より羽根さんのことを知り、また僕のことを知ってもらえるかもしれない。
そう思った上での、お昼ご飯だ! と思ったのだけれど……。
「い、いや……」
優樹は目を伏せ、頭をポリポリと掻きながら答えた。
「まあ、悪くは、ないんじゃないかな……」
「あ、やっぱそう思う?」
どうやら、アイデア自体に思うところがあるわけではないらしかった。
よかった。急に変なこと言いだした馬鹿みたいなやつになるところだった。
僕が一人で安堵を覚えていると、優樹はおそるおそるといった様子で、引きつったような笑みを浮かべながら僕に尋ねてきた。
「その、頻度は……どれくらいなんだ? まさか、毎日とかじゃないよな?」
「うーん、さすがにそれはね。無理だと思うから……週三が理想かな。これも、結構無理言ってる気がするけど」
「じゃあ、週一くらいでいいんじゃないか?」
「んー……ここまで来たんだ、今更弱気にはならずに行くよ。とりあえず、週三で頼んでみる」
「それじゃあ二人の時間が減――いや、うん……そうか。進らしい考えだな……謎に勇気のある感じ……いいんじゃないかな。さすが進だよ」
褒められてるんだろう、たぶん。
そう受け取っておく。
しかし、僕は本当に優樹の言葉をどう受け取るべきか迷っていた。
優樹はよく自分の本心とは反対のことを言う癖がある。ツンとした、つっけんどんな態度をとって。しかし、一方で素直になることもあるのだ。
だけれど、いつだって優樹はどんな気分であるにせよはっきりとした態度をとってきた。
つっけんどんならつけんどんに。素直なら素直に。
「ま、いいと思うよ、俺は」
だから、優樹の嬉しいのか悲しいのかよくわからない、曖昧な微笑を見るのは初めてかもしれなかった。
「進?」
優樹の言葉に、僕ははっと我に返った。えっと、なんの話をしてたんだっけか……そうそう。
「あ、ああ……それでさ、優樹」
「なんだ?」
「昼ご飯を一緒させてもらえたとしたらさ……優樹も一緒にいてくれないか?」
「――」
「その、さ、二人きりだと、僕なにしでかすかわからないから……優樹がいてくれると助かるというか、安心するというか……」
「――」
「優樹?」
「――ははっ、そうか。そうだな」
優樹は、笑った。さっきの微妙なものではなく、なにかのしがらみから解かれたかのように、楽しそうに笑った。
「お前一人じゃ、確かに心許ねえな。俺が、付いていってやるよ」
「ほ、ほんとか!」
正直、面倒くさいとか言って断られると思っていたから、優樹が受け入れてくれて僕は素直に嬉しかった。
「……ま、これが妥協できるところなのかな」
「……? なに? 妥協って?」
「いんや、なんでもねえよ」
優樹が含みありげに首を振ったところで、昼休み終了五分前を知らせる予鈴が鳴った。
僕と優樹は顔を見合わせると――急いで弁当をかきこんだ。
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