『あはは……えっと、ごめんね』


 何度もリフレインし、木霊し、繰り返される言葉。もはやゲシュタルト崩壊が起きそうなほど、その言葉は呪いのように僕の頭の中でぐるぐると回り続けていた。


「ははっ……ごめんね、か……」


「お前、マジで気持ち悪いぞ……それに鬱陶しいし、じめったいし。虫だな。振られ虫」


「振られ虫でいいよ、僕は……」


 今朝、完全に自業自得だがものの見事に振られ、僕は一日中ショックに打ちひしがれていた。

 それが長引いて今、夕食も食べずに自室に引きこもった僕はその悲しさを、ベッドの上に寝転がって味わい続けていた。

 ちなみに、優樹は僕を心配して来てくれたようだったが、僕のあまりのじめったさに辟易している。


「ああ……僕の馬鹿野郎……重要なところで、どうしていつもしくじるんだ……!」


「お前、中学の文化祭でも台詞ミスって舞台台無しにしてたよな」


「ちょ、やめてよ! なんで傷ついてるやつのトラウマえぐるような真似するんだ――あああ! 蘇る悪夢!」


「泣いてたな、文化祭実行委員」


「今はそんな話どうでもいいんだよ! これは僕が羽根さん無残にも振られた話で――って、ああ! 新たに刻まれたトラウマがリフレイン……!」


「……馬鹿だな」


 呆れてものも言えない様子だった。


「ったく……まあ、正直、お前が突然告白し出した時は驚いたけど……これでわかったろ? 羽根さんは高嶺の花すぎるし、進は今日のことで警戒されちゃったから無理だって」


「やっぱり、そうかな……」


 僕は、正面に立ったときの羽根さんの戸惑った姿を思い出す。どう考えても、僕の印象はいいものではないだろう。


「はあ……なんであんなこと言っちゃったんだろ……」


 後悔が胸の痛みとなって、僕をじりじりと責め立てる。その痛みを振り払うように身もだえるも、消えそうにない。


「心中お察しするが……まあ、元気出せよ。進は、その……いいやつだと思うからさ。きっと、他で彼女できるって」


「いやー、そんなわけないってー……」


 そもそもの問題、僕はしばらく羽根さんのことを忘れられないような気がする。振られたばかりだからかもしれないが、想いを寄せていた期間があまりにも短かったため、諦めきれない気持ちがかなり強い。


 自分の中に、羽根貴音という想い人が、いまだ強く根付いていた。


 まだ、僕は……。

 …………。


「ほんとに、もう無理なのかな……」


「え?」


「いや、その……これから、距離を縮めていくのは、本当に無理なのかなって……」


「それは……」


「もう、チャンスはないのかな……」


 羽根さんの困り顔を思い出し、嘆息する。


 どうしたって無理なのだろうか。

 やはり、住む世界が違ったのだろうか。


 分不相応にも。


 恋なんてして。


「……なあ、進」


 優樹の声に、僕は体を起こした。


「……どうしたの?」


「……俺は、その、人柄のいい進なら、いつか受け入れてもらえる時がくると思う。でも、それは茨の道だぞ? 印象がマイナスな状態からスタートして幸せな未来にたどり着けるとは、俺は……思えない、かな」


「そっか……」


 優樹の言葉を胸にとめ、僕はもう一度考える。

 このまま、彼女に想いを寄せ続けるべきか。

 素直に諦めるべきか。

 ……。


 ――いや、アホらしい。


 こんなことを考え続けても、なんにもならない。

 初めから、不可能に近いことはわかっていたのに。


 なにを今更。

 悲しむことがあると言うのだろう。


「……うん、よし」


「どうした?」


「うだうだ考えるのは、やめる。僕のやりたいようにすることにするよ」

「……やりたいようにするってのは?」


「そりゃもちろん――」




「――昨日は、すいません」


「あ、うん。こっちこそ、ごめんね?」


 翌日、朝のSHRの前。僕は羽根さんの教室に訪れて、彼女のもとへ向かっていた。


 マイナスからでもいい。ただ、スタート地点に立ちたいがために。


「それで、なんですけど!」


「う、うん」


「昨日言った通り、僕、羽根さんのことが好きなんですが!」


「うん、ありがとう……?」


「それで、昨日振られたんですけど……僕、諦めきれなくてですね!」


「う、うん? そうなの?」


「はい! それで、羽根さんがよければなんですが……アタック的なものを、続けさせてほしいと思うのです! 迷惑でなければ!」


「うん……え、ええ!?」


「やっぱり、駄目ですかね!」


「ちょ、ちょっと待って! それ、私が許可出すの?」


「ぜひ、いただきたく!」


「で、でも……ええ? ちょっと未経験のことすぎて頭回らないんだけど……」


「ゆっくり考えてくださって、結構ですから!」


「……」


 羽根さんは、目をまん丸にさせて固まったかと思うと、すぐに「あははは!」と笑い出した。


「ど、どうしました……?」


「いや、真霜くん、おもしろいね! そんなこと、好きな女子に正面切って言うことじゃないよ!」


「や、やっぱそうですよね」


「でもまあ、うん。いいよ」


 羽根さんは、僕の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「まだ真霜くんのことはよく知らないから、お付き合いすることはできないけど、アタックしてくるのは……うん、上等だよ!」




「――かかってこい! ……なんてね♪」



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