「へー……きっも」


「……辛辣だね」


「俺が貴音さんの立場だったら、その一分にも満たない時間のことを一時間も語れる変態とは……付き合いたいとは思わないけど」


 土曜日、自宅、僕の部屋。


 雑多なものが床に散乱し、特徴なんてなに一つない部屋で、僕の親友は我が物顔でくつろいでいた。

 勝手知ったる僕の部屋で、ポテチ片手にベッドで寝そべっていた。


 穂純ほずみ優樹ゆうき


 小学校時代から現在の高校に至るまでの友人で、家が近所であるということから家族ぐるみで仲良くしてきた、僕にとっての幼なじみであり、親友であるとも言える。

 耳まで野暮ったく伸びた黒髪に、深い青色の瞳。その精悍な顔つきは、女子から告白されるのも納得できるほど整っていた。


 僕と違って、優樹はモテる。

 だからと言って恋人ができたという話は聞いたことがないが、今まで片想いの一つだってしてこなかった僕にとっては、恋愛の相談相手として申し分ない存在だった。


「で、だよ。どうすればいいと思う?」


「どうすればいいもなにも……」


 優樹はポテチを食べながら、僕から目を逸らして言う。


「……無理だろ」


「目を逸らさないでよ!」


 そんなに駄目か! 僕は!

 いや、自信があるわけではないけれども!


「だいたい……今まで女に興味を示さなかった進が、急に恋に落ちたとか言い出したかと思ったら、羽根貴音だって? 冗談も大概にしてくれよ」


「うっ……」


 もともと思ったことをストレートに言ってくる奴だが、今日はいつになくきつかった。


 優樹はきっと、呆れているのだろう。

 それもそのはずで、僕が心を奪われてしまった人は、いわゆる高嶺の花だったのだ。


 羽根はたね貴音たかね


 テニス部所属。人当たりのよさと明るい性格、そして誰とでも分け隔てなく接する態度から、多くの男子の想いの的となっている。

 なによりも、その美貌とプロポーションだ。

 テニスで鍛え上げられた美脚やウエストはもはや芸術。体の線は細くしなやかで女性らしさを感じさせられ、その童顔もかわいらしさを強調させている。

 そんな垢ぬけた容姿からか、なんとモデルのアルバイトまでしているという彼女は、誰が見ようとも間違いなくこの学校で一番の美少女だろう。


 そして、もちろん。


 僕には、分不相応な相手だった。


「冗談じゃなくやめとけって、進じゃ無理だ」


「初めから決めつけないでよ! 可能性はゼロじゃないでしょ!」


「じゃ聞くけど、進は羽根さんと話したことあるのかよ?」


「……えっと…………」


 会話らしい会話は……ないか。あったら、覚えていると思うし……挨拶も、クラスが違うから……特には、ないかもしれないし……。


「目があったことなら、ワンチャン……」


「その様子じゃ、進の存在すら認識されてないだろうな」


「うっ……」


 にべもない意見だ。

 しかし、正鵠を射ている。


「で、でも認識されてないということは、まだフラットな印象ということ! 良くも悪くも思われていないなら、出会いから好印象に持って行くことも可能なはず!」


「変にポジティブだな……」


 こうでも考えないと、ネガティブシンキングの沼にはまっていってしまいそうだった。僕の精神はそこまで屈強にできていない。


「それで、だよ」


「……なんだよ」


「僕はなにから、始めたらいいと思う⁉ これから仲を進展させるためには!」


 無駄に熱い僕のテンションについてこようともせず、優樹は複雑そうな表情で頭をかきながら言った。


「……そんなに、好きなのか?」


「そうだよ」


「……高嶺の花と、わかっててもか?」


「そうだよ」


「…………はあ、」


 優樹はわざとらしく大きなため息を吐き、僕の両の頬を思いっきり引っ張った。


「ふぁ、ふぁに?」


「いいか、よく聞け、バカヤロー……」




「まずは、挨拶からだ」




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