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『    くんへ


 始めに言っておきます。これは遺書です。家族にも残していない、あなただけへ向けた遺書です。


 これを読み始めてから私の自殺を止めにいく、なんてことは考えないでください。無駄ですからね。私は学校の屋上から、あなたが公園に向かうのを見届けて、すぐに飛び降りています。


 だから、あなたがこの手紙を呼んでいる頃には、私はもうこの世にいないでしょう。


 一度、言ってみたかったんですよね、この台詞。『前の車を追ってください!』と並んで、人生で一度は言ってみたい台詞でした。


 最後に言えて、私は満足です。なんてね。




 さて、前置きはこれくらいにしておいて、私は、私について語らなければなりません。それが、あなたに遺書を残した理由の一つなのですから。


 知っての通り、私は画家を目指していました。


 そして、これももしかしたらご存じかもしれませんが、私には画家としての才能はありませんでした。


 学校では、美人画家の卵と噂されていたらしいですが、その実は、大したことのない絵を描く少女だったのです。素人目には、きれいに映ったかもしれませんが。

 私には、生まれ持っての才能はありませんでした。


 そして、努力する才能もありませんでした。


 画家になりたいと言っていて、他の子に負けているのに、他の子よりも努力をするということをしなかったのです。


 自覚しておいて、なお努力をしなかったのです。私は、この時点でもう画家になれる器ではなかったのでしょう。


 また、家族の応援もありませんでした。


 両親は、私に公務員になるように強く言いました。それは私を心配してのことだったのでしょうが、わかっていてなお、私は強く反発しました。


 それが続く内に、いつしか私と両親との関係は、ひどく冷めた、険悪なものになりました。


 きっと、お互いプライドが高かったのでしょうね。気づけば、譲歩するタイミングを見失ってしまっていました。


 家庭は壊れ、絵は描けず、そんな自分が嫌になり――心がそうやってきしみを上げ始めた頃に、私は、えっと……あの金髪にいじめられ始めたのです。


 私の心はついに砕けました。その頃、絵も描きたくなくなりました。両親には絵を描いてくると嘘をついて、ふらふらとなにもかんがえずに街を歩いていました。


 そうなんです、実はあなたと出会ったときにはもう、私の中に画家になるという夢はすでになかったのです。びっくりしましたか?


 生きる意味を見失い、私は中身の空っぽな人間になってしまっていました。もうこのまま死んでしまおうと、何度も思っていました。


 そんなある日、あなたに出会ったのです。


 同じような境遇に陥っている人がいるんだと、そのとき、私は安堵感を覚えていました。ほんとに、嫌な奴ですよね。笑っちゃいます。


 ですが、あなたとお話しするのはとても楽しかった。


 実は私は、他人と話すのが苦手なのです。でも、あのときのあなたの落書きされた顔を見ていたら、他人のようにはとても思えなくて、それで、あなたとだけは話せたんです。


 そして、心おきなく話をすることができる相手がいるというのは、私の心にとって、大きな救いとなりました。


 話の内容こそ、いじめに関するものもありましたが、それでも私は、そのときだけつらい現実を忘れられました。


 学校はつらかった。家にいるのもつらかった。


 でも、私は、あなたが私に憧れていることに気づいていたから……常に涼しい顔をしてあなたとお喋りをしていました。


 実は、気づいてたんですよ? 私の張りぼての『強さ』に、あなたが憧れていたこと。


 そして、憧れられている限り、私はあなたと公園で会い続けることができると思っていました。逆に、本当の私を晒してしまったら、幻滅されるのではないかと思っていました。私は、あなた以上に『変わらない』を変えてしまうのが怖かったんです。嘘つきで、ごめんなさい。


 だけど、あなたは日に日にやつれていった。それを見ているのが、私にはつらかった。


 間違っていることは、初めから間違っていると言えばよかったんです。


 あなたが見ている『強さ』は、本当の『強さ』ではないと。


 だから、私は昨日、ああやってあなたに言いました。いつまでも、私のわがままに付き合わせるわけにはいかないから。どの口が、と思われるかもしれませんが、私はあれこそが正しい『つらい現実との向き合い方』だと思っています。


 あなたにこのことをちゃんと言っておきたかった。言えて、よかったです。




 そして、――結局、私は弱かったんです。


 あなたが見ていた『強さ』すら、私の中にはなかったんです。


 夢もまともに追いかけられず、家族にも素直になれず、大切な人を嘘をついてまで引き留めようとする、どこまでもずるくて、恐がりで、弱い人間なんです。


 こうやって、誰かに私の死の理由を、きちんと伝えようとしているように。




 私にはもう、これ以上強くなろうとする気力はありません。


 ですがあなたなら……あなたなら、きっと、強くなっていくことができます。そう、信じています。




 天国から、私はあなたを見守っています。それでは、お元気で。


                             寒河江美里より』

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