第11話思惑
――通信を切り意識を目の前に戻したサイラスは、椅子の背もたれに体を預け思案に
午前に発掘協会から呼び出された件といい、先ほどのラルフの依頼の件といい何か引っかかるものを感じたからだ。
こんな偶然にも、グローラ連邦軍絡みの二つの案件を同時に依頼されることがあるのか。
難しい顔をしながら悩んでいると隣に佇んでいる付き添い人に声を掛けられる。
「
そう問いかける黒色の長い髪をした麗しい女性が一人。女の名はエルミラ=エインズワース。アルビオンの副艦長であり、サイラスの右腕的存在だ。
真面目が服を着たと形容されるほど、アルビオンでは規律を徹底的に遵守した上で作戦計画を立案し、乗員たちの艦内指導もこなす人物だ。
特に人を指導する面に関しては厳しく指導が執り行われるため、乗員たちからは「鬼の副長」、「アルビオンの聖女」と愛称混じりに揶揄され、恐れられている人物でもある。
「――たいしたことではないのだが少し気になることがあってな」
「気になることとは一体?」
「あぁ、今日我々が此処に呼ばれた事とラルフからの依頼の推薦に、何か共通項がある気がしてな。少し考えていたんだ」
思っていたことをエルミラにそう伝える。サイラスから言われたことを頭の中で反芻しながら、エルミラも思った事を口にする。
「そうですね。確かに何か引っかかり……違和感が有る様な気がします。通常であれば、他商会の救助等はアルビオンでは頼まれても引き受けはしませんから」
普段であれば、今回の依頼などを最初から了承しなかった。エルミラはその様にしれっと言い放つ。そして、そのまま次の言葉を紡いでいく。
「ですが、発掘協会側からグローラ連邦軍をモルチアナ一帯から
現在の状況を分析しつつ、今回我々が双方の依頼を受けるのは必然的であった。そうエルミラは独自に結論付ける。
「状況が状況なだけに偶然か必然か……。」
サイラスは呟きながら、まだ今一つ腑に落ちないでいた。何が彼をそう感じさせるのか分からない。
長年の経験からくる勘というものなのか、はたまた単なる思い過ごしなのか。
どちらにせよこの一件。大きな出来事が始まる前触れの気がしてならなかった。そのため、作戦を開始するにあたり、サイラスは艦内の物資情報についてエルミラに尋ねる。
「エルミラ、アルビオンに積み込んでいる物資や弾薬の在庫はどうなっている?」
「はい、現在糧秣などの生活物資の在庫は半分以下ほどですね。弾薬やドール換装パーツについては残り七割ほどです」
情報端末機器を開き、艦内の物資リストを確認しながら報告する。
「やはり急いでも準備から現地に到着するまで、二日程度は要するか」
なるべく早期に解決したい案件だけにサイラスは段取りに歯痒さを感じたが、準備を怠ればどんな結末が訪れるかは想像に容易い。
急いでは事を仕損じる。こういう時こそしっかりと万全を期して事にあたるべきだと、自身に言い聞かせる。
次に作戦の要ともいえるドールの整備状況を考慮する。戦闘時に正常に稼働できないとあっては、宝の持ち腐れ。船に巨大な鉄屑を積載しているようなものだ。
「因みにドールの方はどうなっている?最低でも十機ほどは作戦時には稼働できるようにはしたい」
「その件に関しましては問題ありません。現在メンテナンス及び動作確認が終わり、稼働可能な機体は全二十機中十七機の様です」
「やけに整備が進んでいるな……。前の発掘作業からそう日も経っていないはずだが」
「どうやらセラが休暇中にも関わらず、単独で整備を行っているようですね。今現在もドール
エルミラはハンガー内に取り付けてある定点カメラにアクセスし、淡々と状況を説明する。そこには赤髪のサイドテールを揺らしながら、上機嫌で整備にあたるセラの姿が映し出されている。
「……帰ったらセラには少し説教が必要だな。彼女は部門長としての休暇の過ごし方を知らないらしい」
セラの行動に内心呆れつつ、サイラスは思った事を口にする。休めるときに休まないのは後々の作業に支障をきたす恐れがある。
それは人間ならば誰しも避けえない疲労からくるものだ。それをわざわざ休暇中に自らすすんで蓄積するような行動をとるのは、人の上に立つ役職ある人間としての自覚が足りないのでは、と僅かながら憤りさえ感じた。
そんな事を考えるサイラスの心の内を読み取ったのか、エルミラはセラをフォローする。
「まぁまぁ、艦長そう憤らないで下さい。確かにセラの行動は目に余るかもしれません。ですが、今回はそのおかげで整備班を急かさなくて済むのですから。彼女へのお説教は優し目にお願いしますね?」
「まさか……エルミラからそんな言葉が聞けるとは思いもしなかった。何か思う事でもあるのか?」
乗員への指導が厳しい事で有名なエルミラにそんな風に言われると思っていなかったのか、サイラスは狐につままれた感じになる。
「ふふ、私も人間ですよ? 職務中ならいざ知らず、休暇中の部下の行動一つ一つに注意などしません。それに彼女も子供ではないのですから、自己管理ぐらい出来るはずですよ。現に今まで大きく体調を崩した記録もありませんし」
そう優しく微笑みながらサイラスに問いかける。
エルミラの颯爽とした返しにサイラスは何も言い返せなかった。自分よりも彼女の言葉の方が一理あるし、少し自分も大人げなかったと思ったからだ。
「――それに艦長は普段からセラに対しての接し方がやや過保護な気がします。まるで思春期の娘を持つ父親の様です」
「……普段からそんな風に見えるのか?」
「えぇ、少なくとも私の眼にはそう映りますよ?」
表情には出さなかったが、エルミラの意外な発言にサイラスは動揺していた。セラに対する自分の行動がその様に周囲に映っていたとは思いもしなかった。
今後、彼女に接するときは極力他人から見ても可笑しな態度とっているよう映らない努力をしなければと、サイラスは心に誓うのであった。
「そうか……以後気を付けよう。見苦しい所を見せてすまなかったな」
「いえ、そういう意味で言った訳ではありません。ただ、艦長がセラに何か思う所があって話しかけている雰囲気があったものですから。少し気になって聞いてみただけです」
エルミラは普段の二人のやり取りを思い出しながら、そう口にする。
「いや、別に彼女を特別扱いしたいという意図はない。しかし、エルミラも知っての通り彼女は特殊な事情で我々の
サイラスはエルミラを見つめ、自分は特にセラを贔屓していないことを弁明する。だが、エルミラには向けられたその眼は何処か遠くにいる知らない人物を眺め、感傷に浸っているような眼に見えて仕方なかった。
「そうですか……。なら私の思い過ごしでしたね」
これ以上聞いても自分が求める答えは返ってこない。そう思いを巡らせ、エルミラはセラについての会話を終わらせる。サイラスとの長い付き合いがあるからこそできる判断であった。
「さて、艦内の物資について凡そ確認も済んだ。我々がここで話していては始まるものも始まらない。それに帰りを待つ部下の首が長くなっても困るからな」
サイラスもエルミラから追及されぬよう、会話が途切れたことを契機に不自然にならないよう腰かけていた椅子から立ち上がり、帰艦するよう促す。
「そうおっしゃると思って、もう迎えは手配してありますよ。あと数分で着くそうです」
「流石エルミラだな。引き続き、任務でも十全な
「はい、どこまでも艦長に従い役目を果たさせてもらいますよ」
微笑みながら返す彼女を見据え、サイラスは発掘協会の商談部屋のドアに手を伸ばす。
これより始まるグローラ連邦軍を相手取っての任務。万全な準備をして、事にあたっても、必ずしも安全が保障されることはない。
相手が罠を
願わくは、被害を最小限にとどめ、アルビオンの誰一人欠けることなく任務を遂行したい。そのためには自分の適切な判断が緊急時に要求される。
――取り返しのつかない惨事を避けるためにも、冷静な状況分析・判断を下せるよう今から気を引き締めねばとサイラスは肝に銘じ、エルミラと共にアルビオンへの帰途につくのであった。
銀の涙 Swampman @narcissu2
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