第10話依頼の承諾

 向かい合って座るディックに、すまないがこれから艦長と通信するから静かにして欲しいと告げる。ディックも二つ返事で了承し、固唾をのんで見守る決意をする。


 ラルフは素早く居住まいを正すと、右手をこめかみに当て脳内の通信用端末に意識を集中させる。すると目の前に通話用モニターが現れると同時に、通信相手の映像が空中に映し出された。


 『こちらサイラスだ。先ほどは通信に出れなくてすまない。協会側から折いった案件を今まで頼まれていた最中でな、機能を一時的に切っていた。それで用件は何かな?』


 そうモニター越しに映し出された、サイラスと名乗る巨漢の男。

 その巨体な風貌からはとても想像できないが、明晰な頭脳を持ち合わせている。また長年の経験からくる発掘屋としての勘は鋭く、今迄に多くの遺跡を発見し様々な遺物を回収するほど冴えている。加えて、組織立っての戦闘指揮にも秀でており、幾度となくアルビオンを襲う武装組織を退けている。


 この男こそが〈白き巨兵アルビオン〉のリーダーであり、今回のディックの依頼を受けるかを決める最高責任者である、サイラス=バルバレロという人物だ。


『職務中恐れ入ります、サイラス艦長。実はナイトフロックス商会から直々に依頼を受けて欲しいと通達がありまして。その事について艦長の御指示を仰ぎたいと思い、御連絡させて頂きました』

『ふむ、あのナイトフロックスが、か……。して依頼の内容はどうなっている。それなりに名のある発掘屋が頼むことだ。一筋縄じゃいかない依頼なのだろう?』


 サイラスは商会名を聞き、長年の経験から面倒な依頼になることを確信していた。それに発掘協会を介さない依頼の仕方だ。緊急性を含んでいるのは考えるまでもない。


『えぇ、その通りです艦長。内容としては、ナイトフロックスが発見した遺跡の発掘作業の継承・所属する人間の救助といった簡易なものです。ですが、この依頼にはグローラ連邦軍と武力衝突する危険性をはらんでいます』


 サイラスを相手に下手に小細工をしても無駄であることを理解しているラルフは包み隠すことなく要点だけ告げる。


 『――なるほど。大方グローラ連邦軍の襲撃に会い発掘中止を余儀なくされ、遺跡の横取りを恐れて我々に依頼を出してきたわけか』

 『おおよそはその様な経緯です』


 本来であれば被害状況を確認後、速やかに発掘協会に報告し現地国のシエラ方面軍に解決してもらうのが定石だ。もっとも解決する日がいつになるかは分からないが。


 だが、その手続きを踏まずにわざわざラルフが自分にその依頼を引き受けるか打診してきたという事は、必ず何かしらのメリットがあるとサイラスは直感した。


 『話だけを聞けばアルビオンに頼るほどの依頼とは思えないな。だが、この依頼をアルビオンが受けることで、を得られる機会があると考慮していいのだな?』


 さすがサイラス艦長だ。こちらが控えている交渉の切り札の存在に最初から気付いている。ならば出し惜しみせず、使えるカードはさっさと切ってしまおうとラルフは思った。


 『はい、こちらが得られるメリットも一通り確認済みです。依頼者の話によれば、発見された遺跡は今までの遺跡とは異なる外観をしているそうです。また、遺跡内に強力な武器の存在を示唆する情報も入手済みです。』


 淡々とディックから得られた有益な情報を告げる。これらが艦長の首を縦に振る交渉材料の一部になることを願って。


 『実に興味深い情報だな。しかし、仮に引き受けたとして、我々がこうむるリスクはどう対処するつもりだ。グローラ軍と戦闘になれば死傷者が出るのは充分に有り得る。その場合の行動手順はどうする?』

 『はっ! そう艦長がおっしゃると思いまして、予め計画書を作成して参りました。是非、ご高覧こうらんいただきたく存じます』


 内心緊張しながらもラルフは作成した計画書を転送する。後は計画書に不備が無ければ八割方成功するだろう。


 『そう畏まらなくて大丈夫だ。それにしても用意が良いな。ラルフがこれ程までに手筈を整えてくれたんだ、きちんとこちらも精査しよう』


 送信されてきた計画書にサイラスは目を通し始める。ラルフが作成した計画書には作戦内容の手順や生じるリスクの対策、有事の際の対処法、そしてアルビオンが得られる利潤についてまで詳細に記されていた。


 数分間ざっと重要部分をチェックして見ても特別おかしなところは無く、合理的かつ実現可能な範囲に沿って計画を練っていることが窺える。これをもとに計画を実行に移してもいささか問題はないだろう。あとは作戦遂行中の不測の事態アクシデントなどは、実際動いてみなければ分からないことだ。


 『――及第点だな。ラルフ、良く考えられた計画書だ、評価する』

 『ということは、つまりこの件に関しては……?』

 『あぁ、引き受けることを約束しよう。依頼者にもこれ以上心配をかけないよう、そう伝えておいてくれ』

 『サイラス艦長、温情ある御判断ありがとうございます!』


 感謝の言葉を述べながらラルフは心の中で成し遂げたぞ、と思うのであった。


 『話はまとまったな。それでは私も副長とこれからアルビオンに帰艦する。ナイトフロックスの件は艦に到着次第、作戦を開始することにしよう。それまでしっかり休息をとっておいてくれ』

 『はい、到着をお待ちしております』

 『では通信を終了する』


 返事を聞きサイラスは通信を終了する。同時にラルフの通信も切断され、相手の顔を映し出していたモニターも連動して消失する。

 艦長に依頼を受けるよう勧めるという緊張が解け、ラルフは安堵して溜息を吐く。


 その様子を一部始終見守っていたディックは、結果がどうなったのか知りたくて言葉を口にする。


 「そ、それでどうなったんだ!依頼は引き受けて貰えるのか!」

 慌てるディックに微笑みながらラルフは、求めているであろう答えをかけてやる

 「あぁ、無事上手くいったよ。これでようやくスタートラインに立てたな」

 「あ……あ……ありがとう!助かった、本当に助かるぜ!いや、あんたは良くやったよ。俺の救世主様だぜ!」


 泣きながらラルフに抱き付き、感謝の言葉を浴びせる。


 「おいおい、大の男が泣くんじゃない。それと暑苦しい」

 「す、すまねぇ……嬉しくてつい……」


 ディックの肩を優しく叩き宥めてやると、ラルフは今後のことを説明する。

 これから艦長達が帰艦しだい、作戦が始まる事。計画書通りならば出発するまでに準備に二日要する事。


 そして最悪の場合、救助対象者がグローラ軍に捕虜となっている可能性など、起こり得る様々なケースについて話す。

 それらの事柄を説明し、ディックにはこれからも可能な範囲でこの作戦に協力をするよう求めた。


 あらかた説明を聞き終えたディックは協力することを快く了承し、ラルフと共に艦内で作戦のための準備に勤しむのであった……。

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