第100話

「……ふむ、やはり呪いにかかっていたか」

「師匠、ディオン達は一体何の呪いに掛かってるんですか? 一見、何も変わって無いように見えますが」


 俺がそう言うと、ディオンは一瞬眉をピクリと動かす。


「ん? 変わってない? あれ、お前の話ではディオンは女ではなかったか?」

「もちろん、女ですよ。目の前に居るのが前見た時と何ら変わりないディオン本人です」

「あっ……」


 俺の言葉を聞いて、師匠は何かを察したような表情を浮かべながらディオンの胸元を見る。

 以前、俺が男性と間違えた要因の一つなったディオンの胸は相変わらず可哀そうな事になっていた。


「ディオン……一応尋ねるが、貴様は今男になっているな?」

「……うん」

「なるほど。胸に変化が無かったので気づきませんでした」

「うるさいよ! 君だって似たようなものじゃないか!」


 レムレスの言葉に、ディオンは涙目になりながら叫ぶ。

 

「私はほら、これでも揉めるくらいの大きさはありますので」

「ボクだってあるよ! っていうか、ムクロ君の前で何言わせるんだよ!」


 いや、今のは普通に自爆じゃないかなと思うのだが。

 

「ディオン……」

「ムクロ君……」


 俺は、男になってしまったというディオンに憐憫の眼差しを向けながら話しかける。


「ドン☆マイ」

「それ慰めてる? ねぇ、慰めてる? 絶対、馬鹿にしてるだろう!」


 失敬な。

 俺は、これでも真面目に同情してるんだぞ。

 だって……ディオンが男になったという事は、もう成長の可能性はゼロ……永遠にゼロって事じゃないか。

 これで同情するなというほうが無理というものである。

 う……涙がっ。


「何だか凄く腹立たしい気分になるのは何でだろうか。……まぁいい。とりあえず部屋に入ってくれ」


 ディオンは疲れた様子でそう言うと、俺達を部屋へと招き入れる。

 可哀そうに……呪いのせいで疲労困憊なんだな。

 俺がそんな感じで同情しながら中へと入ると、そこにはイケメン集団が揃っていた。

 赤茶系の髪に、胸元もプレートを付けた軽装の男。

 髪の毛と同じ色の髭が中々にワイルドである。

 そして、眼鏡を掛けた学者風の恰好をした白髪の老人。

 顔には深い皺が刻まれており、賢者然としておりナイスシルバーといった感じだ。

 最後に、全身をフルプレートの赤い鎧で身を纏った人物……顔は分からないが、まぁイニャスだろう。


「えーと、一応確認するけど……ファブリス?」

 

 俺がワイルド系男子に話しかけると、彼はコクリと頷く。 


「そして、もしかしなくてもジル、か?」


 続いてナイスシルバーに話しかけると、彼も無言で頷く。


「んで……まぁ、その恰好はイニャスだろうね」

「は、はい……」


 ……うん。どうしてこうなった?

 性別どころか年齢もおかしいことになってるやんけ。


「わー、皆男の人になってるー。かっこいいねー」

 

 皆の姿を見て、アグナは呑気にそんな事を言っている。

 男ならまだしも、本来は女性である彼女らにとっては、それは精神的ダメージが大きそうだ。

 俺も可愛いとか言われたらちょっと傷付くもん。

 まぁ、エッロいおねーさんとかに「ふふ、可愛い坊やね」とか言われたら喜ぶけど。

 …………帰ったらウェルミスとウロボロスにお願いしてみよう。


「で、ディオン。どうしてこんな状況になったんだ?」

「うん。それじゃ……とりあえず、事の発端から話そうか。適当な場所に座ってくれ」


 ディオンに促され、俺達は適当に座り込む。

 それを確認すると、ディオンは口を開くのだった。


「始まりは、いつものように依頼を受ける所から始まったんだ。この街で女性が居なくなるという異変が発生したから、原因を突き止め……可能なら解決してほしいと」


 それは師匠から聞いたのと一緒だな。

 確かに、この街には女性が一人もおらず、かなり男臭い事になっていた。

 

「同じ女性として、彼女達が何か酷い事に巻き込まれたのではと思ったボク達は依頼を受けて、この街にやってきたんだ。そして、話を聞いた所……」

「呪いで男になった……か?」


 俺が尋ねるとディオンは、コクリと頷く。


「男性は変わらず男性のまま、そして女性は元の年齢と関係の無い男性の姿になってしまっていたのだ」


 まあ、それはファブリスとかジルを見れば分かる事だな。

 元が若いのにいきなりおっさんや爺さんになるとか、拷問に近いよな。

 なるほど、だから街に居たマッチョも嘆いてたのか。

 いきなりマッチョになれば嘆きたくもなるわな。男の俺としては、羨ましいことではあるが。

 ……て、いうか何だか凄い覚えがあるぞ、この呪い。

 ちなみに、呪いをかけた場合、使用者の魔力の残滓が対象者に残り続ける。

 つまり、今もディオン達からは本人とは別の魔力が感じ取れる訳だ。

 前も言った気がするが、魔力の質というのはどんな状態になろうとも絶対に変わらない。

 そして、俺はこの魔力に見覚えがある。

 実は、この街に来た時から感じていたのだが……無意識に考えないようにしていた。


「師匠……」

「まぁ、最後まで話しを聞こうじゃないか。ワシらの勘違いという事もある」


 師匠に話しかけると、師匠もどこか疲れたような様子でそう答える。

 俺と師匠は、おそらくは同じ人物を思い浮かべている。

 そいつは……ある意味俺や師匠よりも厄介で、あのリュウホウよりも関わりたくない人物である。


「この呪いをかけた奴は……夜、突然現れたらしい。この呪いもそうだが、本人自体の戦闘力も相当な物で、街に居た冒険者達は皆破れ、連れ去られてしまったのだ」

「だから、細かい情報が得られず……現地で情報を収集することにしたのです」


 ディオンの言葉を引き継ぐように、ジルがしわがれた声で説明する。

 まぁ、荒事や情報収集に長けている冒険者が軒並み連れ去られれば細かい情報は伝わらないわな。


「そいつは、今もこの街に居るのか?」

「ああ、奴は領主の城に拠点を構えている。……ここから見える、あの城だ」


 ディオンが窓から顔を出して指差した先には、中々立派な洋風の城が建っていた。

 城からは、禍々しい雰囲気が漂っており、物凄く近づきたくない。


「あんなもん建てるなんて、領主は随分金持ちなんだな」

「いや、はるか昔に建てられた城に住んでいるだけと聞いた。なんでも、昔はこの辺りに王都があったらしいからな」


 なるほど、王族の城ってわけか。どうりで立派なわけだ。


「元々は王族の城なので、毎月金を支払う事で城を借りているとのことだ」


 まさかの賃貸である。

 王族の城を借りるとか家賃なんぼほどになるんだろうな。

 東京の六畳一間、ユニットバスで家賃5万とかですら高いと感じてるのに。


「居場所を突き止めた俺らは、呪いを解かせるために城へと向かったんだ。それで、奴に対面したんだが……色々奴に圧倒されたのもあったが、奴自身も強くむざむざ呪いを掛けられ退散したってわけだ」


 ファブリスがそう説明すると、その時の事を思い出したのかぶるっと体を震わせる。

 分かる。分かるぞー。

 もし、犯人があいつならば、俺だってそうなる。

 あの師匠ですら可能ならば会いたくないと豪語する奴だからな。


「そして、奴への対策を練っている間に……」

「俺達が来たってわけか。ちなみに……ちなみになんだがな? そいつの名前とかは分かっているのか?」

「勿論です。奴の名前は……」


 俺の質問にジルが口を開き、一呼吸置いた後にその名前を告げる。


「リリス……エンプーサ。それが、奴の名前です」


 ――リリス・エンプーサ。

 それは俺達が良く知る人物……七罪の王セブンス・ロードの一人で色欲の王ロード・オブ・ラストを冠する人物の名前だった。

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