第99話

「ねぇ、師匠。ディオン達が受けた依頼って何でした?」

「んーと、確か……この街で最近女が消えたから調査依頼が来たって話だったな」


 俺が尋ねると、師匠は顎に手を当てながらそう答える。

 ……なるほど。確かに、今こうやって見渡す限り女が一人も見当たらない。

 ていうか、そこかしこで嘆いている男達が女みたいになっている。


「とりあえず……ディオン達を探して事情を聞かないと」


 ディオン達は、有名らしいからそこら辺の通行人に聞けばすぐに場所が分かるだろう。

 そうでなくとも、彼女らは美形ぞろいで目立つしな。


「そうと決まれば、マスター。街の人達に聞いて来てください」

「……俺が行くの?」

「むしろ、マスター以外の選択肢は無いと思うのですが?」


 レムレスは、さも当然だと言わんばかりにそう言う。


「……師匠」

「やだ」


 師匠に頼もうと思ったら食い気味で断られてしまった。

 くそ! なんで俺ばっかりこんな貧乏くじを引かねばならんのだ!

 

「お兄ちゃん、私が聞いてくる?」

「いや……流石にアグナには行かせられないよ」


 絵面的にもあんまりよろしくないしな。

 ……仕方ない、俺が行くしかないか。

 俺は覚悟を決めると、ポージングを取りながら嘆いている褐色肌のマッシブな男性に近づく。


「あのう……すみません。ちょっとお聞きしたい事があるのですが……」

「何かしら? 私……今、この目障りな筋肉を眺めて鬱になるので忙しいのよ……。ああ、こんな筋肉要らないのに……」


 マッチョはそう言いながら、ムキムキとボディビルダーのようにポージングをとる。

 ……うん、マッチョでオネェ言葉とか凄い知り合いになりたくないタイプだ。

 とはいえ、周りの人達も皆オネェ言葉で似たような感じなので諦めるしかない。


「まぁ、そう言わずに教えてくださいよ。……ここに一等級の冒険者が来たと思うのですが、どこに居るか知りませんか?」


 俺がそう尋ねると、マッチョはピクリと反応する。


「……知ってるわ」


 お、マジか。

 まさかいきなり一発目で知ってる人に当たるとは思わなかった。


「でも、会えるとは限らないわよ」

「そりゃまたどうして? 一応、俺ってディオン達と知り合いなんですよ。なんんなら本人達に確認してもらってもいいですよ?」


 マッチョの言葉にそう答えると、彼は無言で首を横に振る。


「そうじゃないの。例え貴方が本当に知り合いだとしても、あの人達は会おうとしないはずよ」


 んん? 一体どういう事なのだろうか。

 俺としても、さっさと用事を済ませて魔大陸に行きたいのでこんな所で手間取っている場合ではないのだが……。


「そう言わずに教えてもらえませんか? とりあえず会いに行って、もし断られたら諦めますから」


 勿論そんな事は無いのだが、嘘も方便という奴である。


「……そこに石造の二階建ての宿屋があるでしょう? そこに泊まっているわ」


 マッチョは、しばし値踏みするようにこちらを見ていたが、やがてポツリとそう言う。


「ありがとうございます。それじゃ、俺はこれで」

「あ、ちょっと待って」


 俺がそそくさと立ち去ろうとするとマッチョが引き留める。

 なんだよ、俺は出来れば早急にこの街から立ち去りたいんだからわざわざ引き留めてくるなよ。

 ――なんてことは口に出さず、俺は愛想笑いを浮かべながら振り返る。


「……なんでしょうか?」

「貴方達……どういう理由で、ディオンさん達に会いに来たかは分からないけど……平穏に暮らしたいなら日が暮れる前に早くこの街から出て行った方がいいわよ」

「はぁ……ご忠告ありがとうございます?」


 彼の意図が分からず、俺は頭に疑問符を浮かべるがとりあえずお礼を言ってレムレス達の元へと戻る。


「マスター、どうでした?」

「ああ、ディオン達はあそこに見える宿に泊まってるらしい。……けど」

「けど、なんです? 言い淀むとかキモイんでさっさときっぱりはっきり話してください、キモイんで」

「普通に傷つくから二回言うなよ!」


 レムレスの平常運転な毒舌に俺は思わずツッコミを入れる。

 半ば反射的にツッコミを入れたが、実は久しぶりにレムレスの毒舌が聞けて落ち着いているのは内緒である。

 そんな事が知れたら、またキモイと言われてしまう。


「キモイのは事実なんですから、さっさと続きを話してください」

「……あそこに居る褐色マッチョの話では、ディオン達に会いに行っても門前払いを喰らうって話らしい」

「ん? そいつは一体どういう事だ?」


 俺の言葉に、師匠が首を傾げる。


「俺だって分かりませんよ。ただ、彼が言うには俺達がたとえ知り合いだとしても会ってくれないだろう、とだけ」

「なんだそれは、はっきりしないな。……どれ、ならワシが奴を締め上げて理由を……」

「やめてあげてください、死んでしまいます」


 いくら彼がマッチョで、普通より防御力が高そうに見えても、師匠に掛かればまるで豆腐のように簡単にクシャッと潰れてしまう。

 ていうか、何でもかんでもすぐに力技で解決する癖を直してほしい。


「とにかく、そこら辺はディオン達に直接会えば分かると思うんで、彼は放っておいてあげましょうよ」

「ちっ、仕方ないな……」


 俺が宥めると、師匠は不満そうにしながらも渋々納得する。


「あ、あともう一つ言われた事がありまして……平穏に暮らしたいなら日が暮れる前に街を出た方がいいとも言ってましたね」

「……益々意味が分からんな」

「ですよね」


 師匠の言葉に、俺は同意する。


「そこら辺も、おそらくはディオン様達に会えば分かるのではないのでしょうか」

「……そうだな。よし、それじゃ宿へと向かおうか」


 俺達はお互いに頷くとディオン達が居るであろう宿へと向かうのだった。



「……お客さんかい。すまないが、今宿は休業中だよ……」


 宿の中に入ると、頭が禿げ上がった中年の親父が憂鬱な顔をしながらそう言ってくる。

 もしやと思ったが、やはり宿の中にも女性は居なかった。


「悪いな親父。ワシ達は別に客ではない。ここにディオンという名の一等級冒険者が居るだろう? 命が惜しくば隠し立てせぶわっ!?」

「馬鹿! 師匠の馬鹿!」


 いきなり物騒な事をほざこうとする師匠に対し、俺はすかさず頭をひっぱたく。

 師匠に対するツッコミはこれくらい強くしないと、彼女は止まってくれないのだ。


「何をするのだ、ムクロ!」

「何をするんだじゃないでしょうが! 一般人脅してどうすんですか! 仮にも師匠も一等級冒険者でしょうが!」


 基本的に冒険者は、一般人に理不尽な暴力や犯罪紛いの事をしてはいけないことになっている。

 もしそれが発覚してしまえば、一等級相手だろうが一発で資格剥奪である。


「それにしても頭を叩くことは無かろうが! ワシは師匠だぞ! 頭がアッパラパーになったらどうしてくれる!」


 もうなってるでしょう! とは流石にツッコめなかった。

 もしツッコんだら最後、俺の残機が無くなるまで殺される事間違いなしである。

 

「嬢ちゃん……一等級なのかい?」


 俺と師匠が言い争いをしていると、おっちゃんが話に割って入ってくる。


「ああ、そうじゃが? ちなみに、この無礼者も一応一等級じゃ」


 師匠はおっちゃんに答えながら、俺を指差してくる。

 

「……ディオンさん達は、103号室だよ」


 師匠と俺が一等級だと知ると、何を思ったのか不意にディオン達の部屋を教えてくれる。


「どうして教えてくれたんですか?」


 レムレスも不思議に思ったのか、おっちゃんにそんな事を尋ねる。


「……それは、アンタらが一等級だからさ。状況が好転する可能性が少しでもあるならそれに賭けたいってわけさ。さぁ、さっさと行きな。早くしないと夜になっちまうよ」


 ここでも夜……か。

 夜に何かがあって女が居なくなったのだろうか?

 おっちゃんに尋ねたい所だったが、ディオン達に直接聞いた方が早いと思い、俺達はおっちゃんに礼を言うと103号室へと向かう。

 そして扉の前へ立つと、軽くノックをする。


「……誰だい?」


 ノックして少しして、中からくぐもった声が聞こえてくる。

 少し聞き取り辛いがディオンの声だった。


「ディオン? 俺だ、ムクロだ」

「ムクロ君!? な、なんでここに!?」


 俺が名乗ると、中に居るディオンはあからさまに驚く。

 ……んん? なんか、少し声低くないか? 俺の記憶だと、もっと高かったような気がするんだが。


「なぁ、ディオン。風邪でも引いたのか? なんか、声が低い気がするんだけど」

「じ、実はそうなんだ……。それで? ムクロ君達はなんでここへ?」

「いやさ、シグマリオンを引き取る為にディオン達の事を王都のギルドで待ってたんだけど、いつまでも来ないからギルドで場所聞いてやってきたってわけだ」

「なるほど……よくギルドが場所を教えてくれたね……」

「まぁ、そこら辺はちょっとな」

 

 手段が手段なだけに言えるはずもなく、俺は適当にはぐらかす。


「まあ、そこは別にいいんだ。それよりも……待たせてしまったようで悪かったね。ちょっと、事情があって帰れなかったんだよ……」


 事情というのは、ディオンの風邪の事だろうか? いやでも、そんな単純なわけないしなぁ。


「シグマリオン君の事なら、ボクの家で母と一緒に留守番してるよ。母に勝てる人はまず居ないから、預けるには一番信頼できるんだ。地図を渡すから、このまま王都まで帰って引き取ってくれるかい?」


 ……確かに、ディオンの母ちゃんは七罪の一人であるタマモを退けた英雄だ。

 タマモよりも弱いシグマリオン如きじゃ、まぁ勝てないからある意味一番信頼できる場所ではあるな。

 

「ディオン様、なぜ先程から扉越しで話しているのですか? 親しき中にも礼儀ありと言うように、今のディオン様は少し礼節が欠けているのではないでしょうか」

「う……た、確かにそうなんだけど……ちょっと、事情があってさ……会う訳にはいかないんだ……」


 褐色マッチョの言う通り、ディオンは会ってくれようとしなかった。

 まぁ、こっちとしてもシグマリオンを引き取れるなら別にかまわないんだけど……何か腑に落ちない。


「……なぁ、ディオンとやら」


 と、そこで先ほどから黙っていた師匠が口を開く。


「誰だい? 聞き覚えの無い声だけど」

「俺の師匠だ。ほら、あの『真祖の姫騎士』」

「ああ、例の……」


 俺が答えると、ディオンは納得したような声を出す。

 普通なら、七罪の一人が居ると聞けば驚くものなのだが……ディオンもだいぶ肝が据わったようだ。


「ワシの事はいいんじゃよ。それよりも、ディオン……貴様、呪われておるな?」

「な、なんでその事を……!?」


 どうやら図星だったのか、ディオンはあからさまに狼狽える。


「師匠、どういうことですか?」

「ちょっとした勘じゃ。街の様子と『夜』という条件に心当たりがあっての。ムクロ、おぬしも知っておるはずじゃぞ」


 俺も知ってる……? はて……?


「ディオン。もしそれが呪いであるなら、ワシらなら解けるやもしれんぞ? なにせ、闇属性の専門家が二人も居るんじゃからな。……それとも、このまま呪いを受けたまま余生を過ごすか?」


 俺が首を捻っていると、師匠がディオンと交渉を続ける。

 すると、ディオンは部屋の中で誰かと小声で話し出す。

 おそらくはファブリス達だろう。


「……分かった。皆も構わないっていうから、今扉を開けるよ」


 ディオンはそう言うと扉をゆっくりと開ける。

 そこには、少しやつれてはいるが以前見たのとあまり変わらないディオンの姿があった。

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