第98話
「そういえばムクロよ」
ディオン達が居るという東の街に向かう途中、馬車の中で師匠が話しかけてくる。
今回はレムレスが居るので、彼女が御者をやっている。
「何ですか? 師匠」
「いやな。ワシらは今、東の街に向かっているわけじゃが……わざわざそのシグマリオンとやらを引き取りにいかないでそのまま預けても良かったのではないかと思ってな。先に魔大陸に行ってタマモをぶっとばしてからでも良かったような気がするんじゃよ」
「ああ、なるほど。いや、それも考えたんですけどシグマリオンは、タマモから力を貰ってるらしいですからね。いくら強くてもただの人間であるディオン達には、荷が重いかなと。シグマリオンが改心したとはいえ、何があるか分かりませんから」
正確に言えば、イニャスはエルフなので人間ではないのだが戦闘力的にはディオン達とさほど変わらないので一緒にしてしまってもいいだろう。
「ふーん。面倒くさがりのお前にしてはよく考えておるな」
「身内の不始末ですからね。俺だってそれくらいは気にしますよ」
いくら世界の仇敵とはいえ、元は俺の親友のやらかした事だ。
この責任はしっかりとあのスカポンタンに取らせるが、その重荷を赤の他人に背負わせるほど俺は鬼畜じゃない。
それに、ディオン達からの印象は少しでも良くしておきたい。
彼女達は一等級と地位も確かだし、俺の平穏な生活の為に色々と役立つだろうからな。
「お兄ちゃんは優しいんだね」
俺の言葉を聞いて、アグナがそんな事を言う。
別に優しいわけじゃないんだけどな。
「そういえば、そのディオン達とやらはどんな奴らなのだ? 一応、同じ一等級だから名前くらいは知っておるのだが」
「あれ? 会った事無かったでしたっけ。ディオン達はそうですね……」
言っても、俺もそれほど詳しいわけではないが……とりあえず、俺の知る限りにディオン達の情報を師匠に教える。
「なるほど。ディオンはカルディナの娘じゃったか。なら、若くして一等級になったのもうなずけるのう。もっとも……まだまだひよっこではあるようじゃがな」
などと、師匠は何だかディオンの母親の事を親しい間柄のように話す。
「カーミラちゃん。知り合いなの?」
まさに俺が思ってたのと同じことをアグナが尋ねる。
つーかカーミラちゃんってどうよと思うんだが。
見た目は確かにアグナとそれほど変わらないのだが、中身は立派なババ……。
「うらぁっ!」
「だいあきゅーと!?」
何を思ったか、師匠は突然俺の顔に黄金の左ストレートを炸裂させて来る。
「し、師匠! 急に何すんですか!」
完全に不意打ちだったので一回死んでしまったじゃないか!
いや、じゃあ身構えてたら死ななかったのか? って聞かれたら死ぬんだけどさ。
紙装甲舐めんなよ。
「いやな、なんかお前に物凄く馬鹿にされたような気がしてな」
「ははは、俺が師匠の事を馬鹿にするわけないじゃないですか。よ! 美少女!」
俺は心の内を見透かされて、内心狼狽えつつも精一杯のヨイショをする。
「……ひどく白々しいが、まぁいいだろう」
師匠は半眼でこちらを睨みながらも、一先ずは信じてくれたようだ。
……ふ、ちょろくて助かったぜ。
「お?」
と、師匠とそんなやり取りをしていると馬車が急に止まってしまう。
なんだ? もうついたのか?
聞いた話では、もっと時間がかかるような事を言ってたような気がするんだが。
「レムレス、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「マスター……」
俺が御者台に居るレムレスに話しかけると、彼女はいつもと変わらない表情で馬車内に入ってくる。
なんだ? すんげぇ不機嫌そうだぞ?
表情こそ変わらないが、「私、超不機嫌ですよ?」とでも言いたげなどす黒いオーラが溢れ出ていた。
そう……まるで、ウェルミスの誘惑に揺れそうになったことがバレた時みたいな感じだ。
「私は……どうなんですか?」
「は?」
レムレスが言わんとしていることが分からず、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
こいつは一体何を言いたいんだ?
「今、カーミラ様には美少女と言いましたよね?」
「確かに言ったな」
レムレスの問いに俺は頷きながら肯定する。
実際、怒りっぽいというレベルを超えた沸点の低さと愛情表現が暴力なのと戦闘狂なのを除けば師匠は普通に美少女だしな。
「だったら……私は、どうなんですか?」
「んん?」
「カーミラ様が美少女なら……私はどうなんですかと聞いているんです。返答次第によっては、私は実家に帰らせていただきます」
お前は俺の奥さんか。
ていうか、実家ってどこだよ。アルケディアか? それとも、生前のお前が住んでた家か?
とまぁ、そんな事は置いておいてだ。
レムレスは、何で急にこんな事を言い出したのだろうか。
……もしかして、俺が師匠を褒めたからヤキモチを妬いたのか?
あのレムレスが?
にわかには信じ難いが、実際レムレスはヤキモチとも取れるような行動をとっている。
俺の返答によっては、まじで帰りかねない。
ここでレムレスが抜けるのは戦闘力的にも痛い。おもに、俺が頑張る場面が増えてしまうのでそれだけは避けたいところだ。
「……」
「マスター、どうなんですか?」
俺が押し黙っていると、レムレスが再び尋ねてくる。
チラリと師匠とアグナの方を見れば、何かを期待するような瞳でこちらを傍観していた。
これは……観念するしかないのだろうか。
「その……か、可愛いと……思うぞ?」
「……そうですか」
俺の言葉を聞くと、レムレスはごくわずかに……そう、本当にわずかに嬉しそうに笑い御者台へと戻っていく。
…………なにこれ恥ずかしっ!
別に、俺がさっき言った事は嘘ではない。一応、俺の本心だ。
しかし。しかしだ。
それを面と向かって改めて言う事の恥ずかしさは、もはや言葉では言い表せない。
俺の心はもはやショート寸前である。
「くくく、甘酸っぱいのう」
俺とレムレスのやり取りを見て、師匠が意地の悪い笑みを浮かべながら愉快そうに言う。
くそう、何か言い返してやりたいが反撃が怖いので何も言い返せない!
「ねね、お兄ちゃん! 私は? 私は可愛い?」
「ああ、アグナは可愛いよ」
「へへっ、やったぁ!」
俺がすぐにそう答えると、アグナは無邪気な笑みを浮かべて嬉しそうにする。
レムレスはともかく、アグナのように外見が少女に見える相手なら特に気恥ずかしくなることなく普通に褒めることができるんだけどなぁ。
そんな感じで、俺達は年甲斐もなく青春っぽい事をしながら道中を進んでいくのだった。
◆
二日後、俺達は特に問題なく目的地である『ナンタイモリ』という街に到着していた。
情報が正しければ、ここにディオン達が居るはずなのだが……。
「うう、どうして私がこんな目に……」
「ああ……このはちきれんばかりに筋肉が恨めしいわ……」
目の前には、妙にシナを作って落ち込んでいる人や、ポージングをしながら嘆いているマッチョな男達が居た。
「……」
俺は唖然としながらも周りを見渡すと、どこもかしこもマッチョマッチョマッチョ細身のイケメン、マッチョといった感じで非常に男臭く、女は一人も居なかった。
「……なぁ、俺帰っても……」
「ダメに決まっているでしょう。ディオンさん達を探しますよ」
俺が帰ろうとすると、レムレスにスパっと斬り捨てられてしまう。
うう……おうち帰りたいよぉ。
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