第96話

「おー、ここへ来るのも久しぶりだなぁ」


 俺は、目の前の王都を眺めながらポツリと呟く。

 龍華族の里から一ヵ月。俺達は、ようやく王都へとたどり着いていた。

 そのままアルケディアに戻っても良かったのだが、約束もあるしな。

 ちなみに、今は久しぶりに人間の姿になっている。

 龍華族の里はともかく、ここでは骨の姿だと確実にモンスター扱いになるからな。

 無駄な争いは出来る限り避けたい。


「そういえば、ご主人様と初めて会ったのもここだったわねぇ。確か、どこかの食堂だったかしらぁ」

「ああ、そういえばそうだったな。相席で一緒になったんだったな」


 食堂という言葉にウロボロスが反応していたが無視をする。

 いちいち構ってたらキリがないからな。

 それにしても……あの時は、まさか占星十二宮アストロロジカル・サインの一人だとは思わなかったが。

 その後、もう一人のアグナ、五英雄や土使いのイケメン野郎とも出会って色々あったな。


「ねぇ、ムクロ兄様。ここには何の御用で来たの?」


 俺とウェルミスが話していると、アウラが間に入ってくる。

 

「ほら、あいつを引き取りにいくんだよ。ディオン達に預かってもらってたから」

「あいつ?」

「偽の暴食の王だよ。名前は……なんだっけ。確か無駄にカッコいい名前だった気がする」

「シグマリオンじゃなかったからしら?」


 俺が首を捻って悩んでいると、ウロボロスがポツリと呟く。


「ああそうだ。シグマリオンだ」


 やはり何度聞いても無駄にカッコいい名前である。

 

「あ、そうだ。ウェルミス、ジェミニ。ちょっと聞きたい事があるんだけど」

  

 シグマリオンの話題が出た所で、俺は聞こうと思っていた事を思い出して二人に話しかける。


「何かしらぁ?」

「なに?」

「タマモがさ、なんかあちこちに力をばら撒いて魔人……強力なモンスターを生み出してるらしいんだけど、なんか理由知らないか?」


 単純に考えれば、世界征服という目的のための戦力増強だろうが……なんだかそれだけではないような気がするのだ。

 ……まぁ、あくまで俺の勘に過ぎないので本当にそんな単純な理由かもしれないが。


「……うーん、申し訳ないけど私は知らないわぁ。ボスがこっちの大陸で何かをしてるって言うのは知ってるけど、何かをしてたかまではちょっと……」

「ボクもよく知らない。ごめんね?」

「いや、知らないなら知らないんでいいんだ。それなら、タマモに直接聞くだけだし」


 謝る二人に対し、俺は気にしてないという風に手を軽く振る。

 情報は得られなかったが、少なくとも幹部にすら秘密にするような行動だというのは理解できた。

 そうすると……やはり世界征服とは別の理由なのだろうか。

 ……くそ、やっぱ俺の頭じゃいくら考えてもさっぱり分からん。

 そもそも、ウロボロスですら分からないのにウロボロス以下の俺が分かる訳がない。

 よし! 今はそれは忘れよう! うん、俺の精神的安寧の為にもそれがいい。

 タマモ如きの為に、俺がモヤモヤする必要はどこにもない。


「タマモの事は後回しにするとして、まずはディオン達に会いに行かないと」

「それはいいんだけど、彼女達と待ち合わせ場所とか決めてるの?」

「…………」

「ムクロちゃん?」


 ウロボロスの言葉に押し黙る俺に、不思議そうな顔をしながら彼女は首を傾げる。


「……場所決めるの忘れてた」

「ムクロ兄様……」


 俺が馬車を止めて振り返りながらそう言うと、アウラが凄く残念な人を見るような目でこちらを見てくる。

 やめろよ、興奮したらどうすんだよ。


「だ、だってさ! ほら、考えてみてよ! 待ち合わせ場所を決めた所で、日時が確定してないんだから結局意味ないじゃん? だから別に場所決めた所で……」

「ムクロ兄様?」

「アッハイスミマセン」


 アウラは満面の笑みを浮かべながら俺の名を呼び、どこかうすら寒さを感じた俺は素直に謝る事にする。

 見た目こそ少女だが、中身は魔力お化けの魔人である。怒らせたら怖い。


「でも、本当にこれからどうするの? 決めてないんでしょ?」

 

 ジェミニも首を傾げながら尋ねてくる。

 うーん、まじでどうすっかなぁ。


「「うーん」」

「……あ、あそこなんかいいんじゃないかしら?」


 俺達がウンウン唸っていると、何かを思いついたのかウロボロスが声を上げる。


「あそこ?」

「ほら、私達冒険者にお誂え向きの場所があるじゃない。冒険者なら必ず立ち寄るあの場所が」

「……あ、ギルドか!」


 俺がそこに思い当ると、ウロボロスはコクンと頷く。

 そうか、そうだよな。確かに、そこなら待ち合わせの約束をしてなくても待ってれば、おのずと向こうからやってくる。

 流石はウロボロス。そこに痺れる憧れる。


「よし、そんじゃ早速ギルドに行ってディオン達を待つぞ」

「「「おー」」」


 そんなこんなで、俺達は冒険者ギルドへと向かうのだった。



「……来ねぇ」

「来ないわねぇ……」


 冒険者ギルドに勇んでやってきてから、早一週間が経過した。


「……来ねぇ」

「来ないわねぇ……」


 俺は、もはや何度目か分からない言葉を呟き、ウェルミスもそれに機械的に答える。

 最初はすぐに現れると思ったのだが、丁度何かの依頼を受けているのかディオン達は一向に現れる気配が無かった。

 どこに行ったか聞こうともしたが、他人が受けた依頼の内容は話せないとの事で断られてしまった。

 例え、それが一等級の俺が聞いたとしても同じらしい。 

 昔、それで先回りして冒険者を闇討ちしたアホたれが居て、そういう決まりが出来たそうだ。

 まったく、そういう馬鹿のせいでどんどん生き辛い世の中になっていくんだよ。

 ちなみに、ギルド内に居るのは俺とウェルミスの二人だけだ。

 ウロボロスはあの見た目なので、当然馬車内で留守番だ。彼女だけだと空腹時に暴走する可能性があるので、見張りも兼ねてジェミニとアウラも留守番してもらっている。


「ご主人様ぁ……いつ戻ってくるか分からないから、一度アルケディア? に戻った方がいいんじゃないかしらぁ?」

「うーん、それも一度考えたんだよなぁ」


 これ以上長引くようなら、一度アルケディアに戻って師匠達と合流しようかとも考えていた。

 それに、普通よりデカいとはいえ馬車の中に、いつまでもウロボロス達を閉じ込めておくのも可哀そうだし。

 だが、それでまた入れ違いになってさらに待つ羽目になったら、それこそ面倒だ。

 ウロボロスはともかく、アウラやジェミニは子供だし、そろそろ何とかしてあげたいとは思っているのだが。


「……」

「ん? どうした、そんな鳩が88mm砲くらったみたいな顔して」


 俺がどうしたもんかと悩んでいると、ウェルミスが俺の後ろの方をポカンとした顔で見つめていたので尋ねる。


「ご主人様……後ろ」

「後ろ? 後ろがどうかし……た……」


 俺が後ろを振り向けば、そこには赤毛の美少女が立っていた。

 肩で切り揃えた赤い髪。見えそうで見えない角度が計算され尽くしたミニスカメイド服。

 そして、不健康そうな青白い肌に無表情ながらも整った顔立ち。

 極め付けは、背後に背負っている邪神もドン引きするレベルのとてつもない殺気。


「……マスター」


 その少女は、地獄から響くような声で言葉を紡ぎ出す。


「や、やぁ……レムレス。久しぶりだね」


 赤毛の少女……長年連れ添っていたレムレスに俺は話しかける。

 俺の脳内では今、避難警報が鳴りっぱなしだったがここで逃げたら、もっとひどい目に遭うと本能で察知していたため、何とかその場に踏みとどまる。


「マスター……何故……何故、そこの女と仲良さげにしているのですか?」


 そこの女……というのは、ウェルミスの事だろう。


「い、いやぁ……これはちょっと事情があって、ね? そ、それよりもレムレスはどうしてここに?」

「私の事などどうでもいいのです。それよりも、マスターがそこの女と一緒に居る事の方が重要です」


 話題逸らし作戦……失敗!


「うふふ、ご主人様はぁ……貴女みたいな『ぺたん』よりもぉ、私みたいな巨乳の方がいいんだってぇ」

「ほほう?」


 ウェルミスうううううう! 何、火に油どころかガソリンぶちまけてんの!

 ほら、レムレスが仁王像みたいな顔してる!


「ウェルミス! 冗談とか今はやめろ! レムレス~、ウェルミスの言った事は嘘だからな? 真に受けんなよ?」

「……分かっています。この方の言葉の大半が戯言。私は、そこまで愚かではありません」


 俺の言葉に、多少冷静さを取り戻したのか、レムレスの纏う雰囲気が若干柔らかくなる。

 ……が、それはすぐにウェルミスの言葉で台無しになってしまう。


「でも、私の胸を触っていいって言った時、ご主人様悩んだわよねぇ?」


 ……あ、俺これ死んだわ。

 俺はその日、三桁以上死ぬことを覚悟するのだった。

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