第95話

「それにしても驚いたわぁ……。いきなり死んでくれって言うんですものぉ」


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、ウェルミスが艶めかしい溜め息を吐きながらそんな事を呟く。


「悪い悪い。お前達に掛かってる呪いを解くには一度死なせるしかなかったんだよ」


 御者台に座っている俺は、後ろを振り返りながらそう言う。

 ウェルミスとジェミニには、約束を破ると即死する誓いの呪言スウェア・カースと呼ばれる呪いが掛かっていた。

 その他にも、結構ヤバめの呪いが掛かっていたので一度死んでもらって全て解除したのだ。

 呪いの大半は、対象が死んだら解除されるものばかりだからこれが一度手っ取り早いのだ。

 まあ、完全蘇生は術者の命を犠牲にする魔法だが、命のストックはまだまだあるので二つくらいならどうって事は無い。

 ていうか、ウェルミス達を殺して得たストックで甦らせているので、ぶっちゃけプラマイゼロである。

 

「でも……完全蘇生なんて魔法、伝説の中でしか知らなかったから驚いたよ。流石は、ボスの昔の仲間だね。……そうだ」


 ジェミニは感心したようにそう言いながら、何かを思いついたようで声のトーンが高くなる。


「無理だぞ」

「……まだ、何も言ってないじゃないか」


 俺が速攻で否定すると、ジェミニはあからさまに不貞腐れながら呟く。


「どうせ、もう片方のジェミニを蘇生させられないかって話なんだろ?」

「分かってるなら、やってくれてもいいじゃん。一人くらいどうって事ないでしょ?」

「いや、俺としては蘇らせてやりたいんだけどな? 完全蘇生を使うにも条件があるんだよ」

「……条件?」


 俺の言葉に、ジェミニは首を傾げる。


「ああ。一見、最高の復活魔法に見える完全蘇生だが、実は二つの大きな制限がある。……まぁ、その内一つは俺にとっては無いようなもんだけど」

「……」

「一つは、誰かを蘇生させるときは術者の命を代価に蘇生するって奴だ。これはまぁ……俺が不死身だから、別に大した制限じゃない。もう一つは……時間だ。細かい事は面倒だから省くが、お前から聞いた死んだ時期から考えると……蘇生はもう無理だな」

「じゃあ……ジェミニはやっぱり、もう帰ってこないんだ……」


 俺の説明を聞くと、ジェミニはあからさまに気落ちした声で喋る。

 うーん、子供のこんな声はあんまり聞きたくないんだけどなぁ。

 たとえそれが、くそ生意気なガキだとしてもだ。


「ウェルミスに頼んだらどうだ? リョチさん……リュウホウの奥さんも、俺は無理だったがウェルミスは召喚できたからな」

「ご主人様がそう言うなら、私は喜んでやってあげるわよぉ? ただし、魂がからっぽな器だけになるけど」


 ウェルミスは、艶っぽいことでサラッと外道な事を言う。

 彼女曰く、召喚したい対象の媒体があれば自分に忠実な屍兵を召喚できるとの事だ。

 媒体というのは、髪の毛や皮膚、体液、骨など本人であれば何でも構わないらしい。

 だから、どこか戦場に行けば大量に屍兵が手に入るとの事だ。

 死体が多ければ多い程、力が増すとか中々のチート具合である。


「……いや、やっぱりいいや。ボクがこうやって気にしてれば、ジェミニはモンスターになっちゃうし。それに……外見だけジェミニでも中身が無ければ意味ないし……本当、馬鹿だよね。ボク……。魔導具なんかをジェミニの代用にして満足してたなんて……」


 ジェミニは悲しげにそう言うと、自嘲気味に笑う。

 ……重っ苦しいなぁ。

 もし、死んだのが三日以内とかだったら蘇生してやったんだが……。


「ジェミニちゃん」

「……何? わぷっ!?」


 ウロボロスが口を開いたかと思うと、ジェミニが何やら暴れている様子だったので何事か馬車を止めて振り返る。

 ……そこには、ウロボロスの豊満な胸に顔をうずめているジェミニの姿があった。

 何あれ羨ましい。


「ムクロ兄様……声出てるよ」

「うっそ、マジで?」


 呆れ顔のアウラに指摘され、俺はすかさず口を閉じる。


「うふふ、ご主人様って胸が好きなの? ご主人様が望むなら、私の胸で楽しむ?」


 俺とアウラのやり取りを見ていたウェルミスが、舌なめずりをしながらウロボロスに負けずとも劣らないその胸を寄せてくる。

 正直、かなり魅力的ではあるが……あるが! 残念ながら俺は胸より尻派なのである。


「…………いや、俺はいいよ」


 もし俺が人間であったなら、血の涙を流しながら断る。

 そう、俺は尻派なので胸に靡いてはダメなのだ。

 決して、アウラの冷たい視線が気になったからではない。

 

「そう? まぁ、気が向いたらいつでも言ってねぇ? ご主人様なら大歓迎だから」


 くそう、自分の事を慕ってるエロいねーちゃんとか最高すぎんだろ。

 人の目さえなければ……!

 いや、人の目が無くてもレムレスなら第六感とかで察しそう。

 と、そこまで考えた所で俺はレムレスの事を思い出す。

 無表情で辛辣だが、どこか憎めないあのメイドの事を。

 ……気のせいかもしれないが、なんだかかれこれ半年くらい会ってないような気がする。

 話数で言うと二十七、八話くらい。


「リュウホウちゃんも言ってたけど、貴方はもう独りじゃないの。だから、悲しまなくていいんだからね?」

「……うん、ありがとう」


 俺達がアホなやり取りをしている間、何やらウロボロスとジェミニはしんみりした空気を醸し出していた。

 流石はウロボロス。その溢れ出るぼにゅ……じゃなかった母性で傷ついた子供を癒している。

 ウロボロスは、もう暴食じゃなくて慈愛とか司ってればいいんじゃないかと思う。

 そんな事を考えながら、俺達は特にその後何か問題が起きるわけでもなく平穏に王都へと向かうのだった。


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