第94話

 かつて、この世界では魔族とそれ以外の種族による大戦があった。

 これを便宜上、魔族軍と連合軍と呼ぶことにしよう。

 大戦のきっかけは、魔族軍による連合軍の住む大陸への侵攻だった。

 魔族が侵攻してきた理由は、ごくありふれた理由で領地の拡大である。

 数的には連合軍の方が多く、戦況は連合軍が優勢だった。

 しかし、そこで魔族軍はとある最終兵器を投入した。

 それが……邪神アグナキアだ。

 奴らは、儀式により邪神アグナキアを召喚し連合軍を蹴散らしていった。

 あと少しで魔族軍が勝利する……その一歩手前で現れたのが、今でも英雄譚として語り継がれている五英雄である。

 五英雄の一人は、現在首都の魔法学園で生徒会長なんぞをやっている。

 人間の身でありながら、その絶大な力で邪神を七分割にして封印したのだった。

 切り札である邪神が破れ、戦う手段を失った魔族軍は撤退。

 元々住んでいた大陸へと逃げ帰ったらしい。

 それが、魔大陸である。

 現在は、城塞国家『メルキエド』が魔大陸からの侵入を防いでいる。

 そして……魔大陸へ向かうにもメルキエドからしか行けない。

 潮の関係とやらで、他からは航海ができないようなのだ。


「パンデモニウムのどこにあるかは分からんが……少なくとも、その地にあるというのは間違いない」

「そんなの、どこで情報手に入れたんだ?」

「……我にも色々あるのだ。察せ」


 俺がリュウホウに問いかけると、奴は中々にハードル高い事を仰る。

 ……まぁ、そこら辺は確実に知ってそうな人が二人いるから、そっちに聞けばいいんだけどね。


「……という事だから、ウェルミスでもジェミニでもいいから詳しい場所教えてくれないか?」


 俺が二人の方を見ると、お互いが顔を見合わせた後無言で首を振る。


「それがね、実は私達……詳しい場所を知らないのよぉ」

「どういうことだ? 支部とか本部があって、本部には行った事が無いとかか?」

「そうじゃないよ。ボク達幹部は基本、本部に居るんだけど場所は知らないって事さ」


 んん? 言ってる意味が分からんぞ?


「ウロボロえもん。こいつらの言ってる意味分かるか?」


 困った時のウロボロスと言わんばかりに俺は、我関せずとモリモリと飯を食っていたウロボロスに尋ねる。


「はも? はふごふもんすーん?」

「いや、何言ってるか分かんねーよ。飲みこんでから喋れよ」

「んぐ……。本部に行ってて場所が分からないってなると、考えられるのは移動系の魔法とか魔導具、かしらねぇ」


 口の中に入っていた物を飲みこむと、ウロボロスはそんな事を言う。

 ……あー、なるほど。そういう事か。

 確かに、そういった類の物を使っていれば、場所が分からなくても行けるな。


「ウロボロスの言っている事で合ってるか?」

「……ねぇ、ジェミニ。これくらいなら言ってもセーフだと思う?」

「多分、大丈夫だと思うよ? 機密事項じゃないし、喋った所で不利益が生じるわけじゃないし」


 俺が尋ねると、ウェルミスとジェミニが何やら小声で相談している。


「えっとね、とりあえず彼女の言う通りよぉ? 私達は、これで直接転移してるのぉ。向こうから来るときも、送られてくるって感じかしらぁ」


 ウェルミスはそう言うと、ジェミニと共に自分の指にはめている指輪を見せる。


「これは、登録した地点に転移する魔導具で、戻るだけの一方通行よぉ。私達は、全員これを付けてるの」

「全員? 転移系の魔導具って、一方通行とはいえ結構レアものじゃなかったか?」

「ふふん、そこはボクの能力のおかげだね」


 俺が軽く驚いていると、ジェミニが自慢げに言う。


「ボクの能力は、魔導具の召喚。これくらい造作もない事なんだよ」


 なるほど。あれだけの数の魔導具をドラゴ族に貸し出していたジェミニなら、確かにそれくらいは簡単かもしれない。


「ちなみに、その魔導具は何人まで一緒に飛べるんだ?」

「これを身に着けている人だけになるよ。……ただ、ボク達のはもう使えないけどね」

「裏切ったって分かった時点で効力を失うように仕組まれてたのよぉ。つまり、現在この指輪はただの指輪ってわけよぉ」


 うーん、どうやら楽して拠点まで攻め込むっての無理そうだな。

 正確な場所までは分からない以上、地道に探すしかあるまい。

 ……面倒くせぇなぁ。

 ったく、タマモの奴、厄介な所に拠点を構えやがって。


「とりあえず、目的地は魔大陸にある魔都パンデモニウムだな」

「このまますぐ行くの? ムクロ兄様」


 俺がこれからの目的地を告げると、ふよふよ浮いているアウラが尋ねてくる。


「……いや、一旦国へ戻る」


 レムレス組の方も気になるし、他にもやらないといけない事があるしな。


「何だムクロ。貴様、国を造ったのか?」

「まぁ、そんなもんかな。俺みたいな爪弾き者が平和に暮らせる国を造ろうって感じでな」

「……そうか。落ち着いたら呼ぶがいい。我が直々に出向いてやるから」

「気が向いたら呼んでやるよ」


 とは言ったものの、あの国が見つけられるかは微妙な所ではあるがな。

 今の所、国民以外は見えないっぽいし。


「ねぇ、ご主人様」

「ん?」

「その国って、私も行っていいのぉ? ほら、私って思いっきり裏切っちゃったから行くところが無いのよぉ」


 ふむ……ウェルミスが裏切ったのは、俺が原因でもあるしな。

 流石にこのまま見捨てるのはしのびない。


「俺は別にかまわんぞ。ウロボロスとアウラもいいよな?」

「ほふはふへふ」

「私は別にいいよー!」


 俺が尋ねると、ウロボロスとアウラは頷きながら了承する。

 ……ウロボロス、了承してるよな?

 多分了承してるだろうと信じたい。


「それじゃ、俺達はこれで」

「ちょっと待て」


 俺達が立ち去ろうとすると、リュウホウが引き留める。


「ジェミニも連れて行ってやってくれないか?」

「……え?」


 リュウホウの言葉に驚いたのは、ジェミニだった。


「ジェミニは、そこの女と一緒に裏切っている。占星十二宮アストロロジカル・サインの規模が分からない以上、ここに置いておくのは危険でな。出来れば、貴様に預かってもらった方が安心なんだが」

「それは俺を買い被りすぎだろ。……それに、肝心のジェミニの意見も聞かないとな」


 俺がそう言いながらジェミニの方を見ると、彼は何やら考え込んでいた。


「……ねぇ、リュウホウ。ボクの事、邪魔?」

「そうではない。より安全な所に避難していてほしい、という想いからの発言だ。我は誰よりも強く負けない自信はある。……だが、我個人がいくら強いからと言って数で攻め込まれてしまえば、守れない者も出てくる」

「……」


 リュウホウの言葉を、ジェミニは静かに聞いている。


占星十二宮アストロロジカル・サインとの件が片付くまででいい。そこのムクロの所に避難しててくれ。七罪の王が三人も居るのだ。恐らくそこは、世界で一番安全な場所だろう」

「……落ち着いたら、ここに戻ってきてもいい?」

「無論だ」


 リュウホウがそう答えると、ジェミニはしばらく考え込む。


「……うん。分かった、ボク……ムクロについていく」

「いいのか?」

「うん。本当は嫌だけど、リュウホウを困らせたくないし……」


 ほーん? あのくそ生意気なガキが、この短時間で随分リュウホウに懐いたもんだ。

 ……それだけ、絆に飢えてたって事なんだろうけどな。


「……よし、分かった。お前の事は俺達が守るって誓おう」

「頼んだぞ」


 任せておけってんだ。


「それじゃ、出発する前に……」


 俺はウェルミスとジェミニの方を見ながら、口を開く。


「二人共、一回死のうか」

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