第93話

「落ち着いたか?」


 リュウホウが話しかけると、ようやく泣き止んだジェミニは無言でコクンと頷く。


「……よし、ならば里へと戻るぞ。ジェミニ、貴様もついてくるがいい」

「…………いいの?」

「我がいいと言ったらいいのだ。我の決定に文句を言う輩など居らん」


 不安そうに尋ねるジェミニに対し、リュウホウはキッパリとそう答える。


「でも、ボクはリュウホウの里を……」

「里を襲ってたのは、そこの馬鹿共だ。貴様は関係ない」


 と、リュウホウはリンドブルムと死屍累々と転がっているドラゴ族の奴らを睨む。


「まぁ、リュウホウがいいって言ってんだから素直に従っとけ。こいつは、自分の意見を変えないぞ」

「……うん、分かった」


 俺がジェミニの頭に軽く手を置きながら話しかけると、ジェミニは納得したように頷く。


「納得したようだな。では……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「あん?」


 リュウホウの言葉を遮り、リンドブルムが話しかけてきた。

 自分の言葉を遮られた事で、リュウホウは凄く不機嫌そうだ。


「帰るのは別にいいんだけどよ……。里のこの現状はどうすればいいんだ?」


 リンドブルムの言葉に周りを見渡せば、なるほどと思う。

 俺とリュウホウ(主にリュウホウメインだが)の手により、ドラゴ族の里は見るも無残な姿になっている。

 無事な建物は一つもなく、全てが瓦礫と化している。


「俺達の住む場所も何も無いんだが……」


 暗に、里をめちゃくちゃにした俺達にも何かしらの責任を取ってほしいのだろう。

 ……だが。


「そもそも、貴様らが我の里に攻め込んだりしなければ、こうならなかったのではないか?」

「だ、だけどよ。元々、そこのガキがそそのか……」


 なおも言い訳をしようとするリンドブルムだったが、リュウホウの無言の圧力により押し黙ってしまう。


「アッハイ。自分達で何とかします」


 何かを察したリンドブルムは、縮こまりながらそう言う。


「うむ! そうするがいい!」


 リンドブルムの言葉を聞いて、リュウホウは満足そうに頷くのだった。



「おかえりなさーい」

「おかえりなさい、ムクロ兄様」


 俺達が龍華族の里に帰ってくると、ウロボロス達が出迎えてくれる。

 ……飯を食べながら。


「ウロボロス……確か、俺は里の護衛をお願いしたと思ったんだけど」

「何言ってるのよ、ムクロちゃん! 腹が減っては戦は出来ぬって言うでしょ? だから、先にお腹いっぱいになっておこうと思ったのよ」


 いや、空腹も確かにダメだが満腹でもダメだろ。どっちにしろ動きが鈍るんだから。

 ……まぁ、ウロボロスには関係ない事か。


「それに、彼女のお蔭でドラゴ族の人達は途中で引き返したらしいし」


 と、ウロボロスは視線を移動させる。

 そこには、ウェルミスと何故か体育座りをして落ち込んでいるリュウエンの姿があった。

 ちなみに、リョチの姿はない。

 

「ご主人様、リュウエンちゃんはちゃんと送り届けたわよぉ」

「お疲れ様。……それはいいんだけど、リョチさんは?」

「ああ、まぁ……流石にこの里では有名すぎるから戻しているわぁ。それに、あまり刺激したくないしねぇ」


 ウェルミスは、リュウホウの方を見ながらそう言う。

 ああ、それもそうだな。

 リョチはリュウホウの奥さんだし、この里では知らない奴の方が少ないだろう。

 そう考えると、引っ込めたのは正しい判断か。


「……」


 俺とウェルミスが話している間も、リュウエンはズーンという効果音が聞こえてきそうな程落ち込んでいる。


「なぁ、ウェルミス」

「なぁにぃ?」


 俺が話しかけると、ウェルミスは豊満な胸を腕で寄せながら返事をする。

 ……相変わらず、エッロいなぁ。

 俺が人間だったら、視線が釘付けなのがバレてしまうところだった。

 骨って素晴らしい。

 って、アホな事考えてる場合じゃないや。


「リュウエンは、なんでこんなに落ち込んでいるんだ?」

「ああ、それはまんまと敵の……ドラゴ族の里に誘拐されて尚且つそこの傲慢の王が戦っている間も、すやすやと気持ちよく寝てたのが自分の中で許せないんですってぇ」


 ウェルミスがそう説明すると、リュウエンの纏う闇が一層深くなったような気がする。

 このままでは、リュウエンが闇属性に目覚めそうな勢いである。


「というか、ジェミニも連れてきたのねぇ。捕虜とか?」

「いや、リュウホウが俺の家族にするんだーって連れて来たんだよ。……そういえば、ウェルミスはジェミニの片割れが魔導具だって知ってたのか?」

「……まぁ、ね。ボスから聞いたことがあるわぁ。私達十二師団の団長は、何かしら事情を抱えているものなのよぉ」

「なら、お前もか?」

「ふふ、内緒♪ 女は秘密が多い方が魅力的なのよぉ?」


 ウェルミスはそう言うと、妖艶に笑う。


「リュウエン」

「……父上」


 俺とウェルミスが話している間、リュウホウがリュウエンに話しかけると、落ち込んでいた彼女は顔をゆっくりと上げる。

 泣いてはいないが、今にも泣きそうな程の落ち込みっぷりである。


「……貴様は本当に愚か者だな」

「うぐっ」


 リュウホウにずばっと言われて、リュウエンは顔をしかめる。

 何か慰めの言葉をかけると思ったら、これだよ。


「リョチの姿に惑わされ、敵の手に落ちるわ。あげくにグースカグースカと無様に寝てるわ。そして、結局無事に戻ってくるわで貴様は一体何がしたいんだ?」

「……返す言葉もありません」

「ちょっと、リュウホウちゃん! そんな言い方は……」


 抗議しようとするウロボロスだったが、リュウホウは黙ってろと手で彼女を制す。

 ウロボロスは抗議するのはいいが、せめて手に持っている茶碗くらいはテーブルに置こうぜ。

 色々と台無しだよ。


「確か、お前は我が腑抜けたとかいつも言っておったな? しかし、実際はどうだ。我は奴らを打ちのめし、貴様はまんまと誘拐されている。はたして、どっちが腑抜けているのかな?」


 リュウホウの口撃にリュウエンは益々落ち込んでいく。


「……だが」

「?」

「無事でよかった」

「父上……!」


 頭を撫でるリュウホウに対し、リュウエンは今まで我慢していたのか涙をぽろぽろと流しながら抱き着く。


「うっうっ、感動だわぁ……。ねぇ、ムクロちゃん?」


 うん、確かに感動のシーンなんだけど、やっぱりウロボロスの持ってる茶碗のせいで色々台無しだよ。



 それからしばらく後、休んでいた俺達はリュウホウに呼び出され謁見の間へと来ていた。


「……さて、ムクロとゆかいな仲間達よ。色々と世話を掛けたな」

「まったくだ」


 俺は面倒な事は嫌いなんだから、あんまりめんどくさいことさせるなよな。


「……お前は、少し言葉を選ぶという事覚えた方がいいな」

「てめぇには言われたくねーよ。傲慢の権化みたいな存在の癖に」


 リュウホウの言葉に俺が言い返すと、お互いに無言で見つめ合ったままニッと笑い合う。

 

「それで、貴様らには世話になったからな。何か礼をしたいのだが……」

「はいはい! ご飯! 美味しいご飯がいいなぁ!」


 礼、という言葉に反応しウロボロスは元気よく跳ねながら手を上げる。

 ブレねぇなぁ……。

 そして、何がとは言わないが大変眼福であります。ありがとう、ありがとう!


「そこの大食い蛇は無視するとして、だ。ムクロ、貴様にとっておきの礼をやろうと思う」

「つっても、俺別に何か欲しいとか無いぞ?」


 強いて言うなら平穏が欲しいくらいだが、リュウホウにそれが用意できるとは思えない。


「……タマモの居場所はどうだ?」

「どういう風の吹き回しだ? 確か、知らないとか言ってなかったか?」

「皮肉るな。我にだって、事情があったのだ。だが、気が変わった」


 リュウホウは自嘲気味に笑いながらそう言う。


「……あいつを止めて欲しい」

「タマモは、一体何をしようとしてるんだ?」

「あいつは、再び世界を手中に収めようとしている。それの手伝いをしろと誘われたが、我は断ったのだ。それで、そこのジェミニが我を潰すように言われて来たという訳だ」


 なるほど、自分の邪魔になりそうな奴を潰そうとしたって事か。

 ……なんかタマモらしくねーな。


「我は、この里を守らねばならんから離れる事が出来ん。……頼めるか?」

「まぁ、もとよりそのつもりだったしな」


 あいつには、色々と言ってやりたい事があるし。


「そう言ってもらえると助かる」

「それで? 肝心のあいつの居場所はどこなんだ?」

「……魔大陸の中央部、魔都パンデモニウムだ」


 リュウホウは、一呼吸おいてそう答える。

 魔大陸。それは、魔族共が蠢く文字通り魔境と呼ばれる大陸だった。

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