第92話

「さて……こいつの処分はどうしようか」

「……」


 俺は、目の前で正座しているジェミニを見下ろしながら話しかける。

 彼は今、縄で手足を縛られており逃げる事は出来ない。

 そして、隣には粉々に割れた鏡が地面に置いてある。

 これはジェミニだった・・・・・・・ものだ。

 というのも、どうやらジェミニという人物は一人だったらしい。

 そこを、この鏡の魔導具を使って自分そっくりの分身体を作っていたようだとリュウホウの言葉。


「粉々に砕いてドラゴンの餌にしてやろうぜ」

「貴様は黙ってろ、リンドブルム」

「あいたっ」


 元の姿に戻っているリンドブルムがジェミニを睨みながら言うと、リュウホウに思いっきりげんこつされる。

 どうして元の姿なのかというと、単純に俺が完全蘇生をしたからだ。

 完全蘇生は、前の状態がどんな状態だろうとも、元々の完璧な状態へと戻す究極の魔法だ。

 術者の魂と引き換えに蘇生させる魔法の為、俺か師匠のような不死身しか安易に使えない故に、世間一般では伝説クラスの魔法扱いだ。


「そもそもだ。貴様が、こんな怪しい子供の口車にのらなければ、あんなことにはならなかったんだぞ」

「面目ねぇ……俺はただ、どうしてもお前に勝ちたかったから……つい……」

「それこそ、貴様自身の力で勝たなければ意味が無いだろうが愚か者め。魔導具の力を借りて勝った所で、それは魔導具が凄いのであって貴様が凄いわけではない」

「……まったくもってその通りだ。あの時の俺はどうかしてた……」


 リュウホウに説教され、リンドブルムはその巨体を縮こまらせてシュンとする。

 とりあえず、リンドブルムはリュウホウに任せておけばいいだろう。

 元々お互いに面識というか因縁があるみたいだし。


「……で、お前の処遇なんだが」

「殺すなら殺せばいいよ。僕にはもう何も無いからね。生きていても意味が無いんだよ」


 俺が再びジェミニの方を見れば、彼は不貞腐れたようにそう言い放つ。

 

「子供がそんな事言うもんじゃねーよ。まだ人生これからじゃねーか」


 生を捨てた俺が言える事じゃねーんだけどな。


「ジェミニが死んだんだ。僕にとって、ジェミニはとても大切な存在だったんだ。そんなジェミニが居ないなら、僕は……」

「待て待て。ジェミニはお前だろ? そして、さっきまでのもう一人のジェミニはお前自身だろ?」

「ジェミニは、僕の双子の弟さ。僕が小さい頃に死んだ双子の弟の」

「……詳しく聞かせてくれるか?」


 俺が尋ねると、ジェミニは最初は黙っていたが、静かに口を開く。


「僕とジェミニは、さっきも言った通り双子だったんだ。凄く仲が良くてさ。毎日一緒に遊んでたんだ。だけど、流行り病で死んで僕の心にはポッカリ穴が開いて、目の前の風景が色褪せて見えたんだ」


 俺は双子じゃないのでよく分からないのだが、聞いた話だと双子って言うのは特別な繋がりがあるって言うし、そういうのがコイツにもあったのかもしれない。


「毎日がつまらなかった。僕のたった一人の家族で片割れだったジェミニが居なくなったんだからね」

「親はどうしたんだ?」

「知らないよ。物心ついたときには、僕とジェミニだけだったからね」


 そう平然と言い放つジェミニに対し、俺は息が詰まりそうになる。

 お前、肺無いじゃんとかそういう無粋なツッコミは無しな。

 ――ともかく、この世界ではこういった親無し子というのは珍しくない。

 だが、だからといってそういう子達を見て平常心で居られるほど、俺は薄情でもない。


「それから何年くらいかな……。すっかり生きる気力を失くしてた僕の元にボスが現れたんだ」


 タマモか……。


「ボスの仲間になるなら、ジェミニを甦らせてやるってね。僕は二つ返事で引き受けたよ。何せ、ジェミニが生き返るんだから! 実際、仲間になったらジェミニが生き返ったんだ! 僕は、ボスに恩を返そうとすっごい頑張ったんだから」


 ジェミニは、キラキラと顔を輝かせながら当時の事を語る。


「ジェミニ……それは生き返ったんじゃない。鏡の魔導具でお前自身をコピーしてただけだ。お前の本当の弟じゃないんだ」

「違う! ジェミニは生き返ったんだよ! きっと今もどっかに隠れて、僕を助けようと機会をうかがってるはずさ!」


 ジェミニは、キッと俺を睨みながら叫ぶ。


「……」


 俺は、ジェミニに何も言い返せなかった。

 彼は……本当に自分の弟が居ると信じている。いや、信じざるを得ないのだ。

 弟の存在こそが、彼にとっての全てであり生きる目標だったのだから。

 もし、それが虚構だと認めてしまえば、ジェミニの心がどうなるか分からない。

 俺は……そんな残酷な現実を突きつける事が出来なかった。

 それと同時に、こんな子供に平気でエグい事をするタマモが許せなかった。

 確かに強欲の王という事もあり、世界を征服しようとしている。

 だが、それでもここまで人の心を弄ぶような事はしなかったはずだ。

 何かが、あいつを変えてしまったのかもしれない。


「……この、阿呆がぁ!」

「へぶんれい!?」


 俺が悔しさに歯ぎしりをしていると、何を思ったかリュウホウがジェミニを思いっきりビンタする。


「貴様は阿呆だ! 馬鹿だ! 大間抜けだ!」

「!? !?」


 ジェミニは、右頬を赤く腫らしながら何が起こったか分からないといった表情を浮かべていた。


「いいか? 貴様の弟は死んだのだ! もうこの世には居ない!」

「ち、違う! ジェミニは生きてる! さっきまで僕の傍に居たじゃないか!」

「おい、リュウホウ……」

「ムクロは黙っていろ!」


 俺がリュウホウを止めようとして声を掛けるが、ギロリと睨まれてしまった。


「よーく聞け、このスカポンタンが。貴様が、そうやっていつまでも過去に囚われているとな。一番苦しい想いをするのは、その弟なんだぞ」

「ど、どういう事?」

「貴様が死んだ人間にいつまでも囚われていれば、いつまで経っても死んだ者があの世に行けず、中途半端な存在としてこの世を彷徨い続けるのだ。モンスターにゴーストが居るだろう? ああいう奴らは、そうやって長い間この世に無理矢理縛り付けられた魂なのだ」


 確かに、そういった説もあるが……それは、どっちかというと過去に縛られ過ぎないように作られた話だってのが世間一般の認識だ。


「貴様は、弟をモンスターにしたいのか?」

「ち、違う! ジェミニをモンスターにしたくない!」


 だが、創作だと知らないジェミニはリュウホウの言葉に狼狽する。


「だろう? だが、このままでは貴様の弟はゴーストとしてこの世を彷徨い、いつかは冒険者に討伐されるだろう。そして、貴様のせいで弟はまた苦しい思いをするのだ」

「い、嫌だ! もうジェミニに苦しい思いはさせたくない! ど、どうすればいいの!?」


 ジェミニは、半泣きになりながらリュウホウに尋ねる。


「忘れろとは言わん。だが、固執するのをやめろ。弟の死を認め、また無事に生まれ変わる事を祈るのだ」


 リュウホウは、まるで自分に言い聞かせるかのようにそう言う。

 ……そうか。リュウホウも、奥さんを亡くしているんだったな。

 多分、その時リュウホウも奥さんの事が忘れられなかったのだ。

 いや、今も忘れてはいないが当時はもっとひどかったのだと思う。

 だが……その時に、誰かに諭され今の考えを持つようになったのだろう。


「そ、そうすればジェミニはモンスターにならないの?」

「勿論だ」

「……でも、そしたらまた僕は一人ぼっちに……」

「我が居る! 我が、貴様の家族になってやろう!」

「え?」


 リュウホウの言葉に、ジェミニはキョトンとする。


「我が貴様の家族になると言っているのだ! この我がだぞ? 光栄に思うがいい!」

「だ、だけど僕はアンタの命を……」

「そんなものは知らん! 我は王故に命を狙われる事など日常茶飯事だ! そんな些末な事、いちいち覚えておらんわ!」


 なんともまぁ、豪胆なセリフだこと。

 だが、ある意味リュウホウらしい。

 リュウホウは傲慢ではあるが、嫌な奴では無い。

 自分を王として生を受けたと信じており、また自身も王らしくあろうと有り続けている。

 だから、奴は何だかんだで慕われているのだ。

 友達は居ないけど。


「……う、うわああああああん! ごめんなさいぃぃ!」


 ジェミニは、堰を切ったようにわんわんと泣きわめき始める。


「思う存分泣け! 貴様が泣くことを誰も咎めん。もし笑う奴が居たら我が直々にぶん殴ろう!」


 リュウホウの言葉が聞こえているのかは分からないが、それに答えるかのようにジェミニはより一層泣き続けるのだった。

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