第90話

「往生せいやぁ!」

「フンッ!」


 炎を纏った三本爪の武器で斬りかかってきたドラゴ族の男をリュウホウは、武器ごと拳で叩き潰す。 

 俺とリュウホウは今、ドラゴ族の里に攻め込んでいる。

 ウロボロスやアウラ、他の龍華族の皆さんはお留守番だ。

 俺達がこちらに来ている間、里を攻められたときに守る人が居ないと駄目だからな。

 とりあえず、ウロボロスが居れば安心だが他の人達にも残ってもらっていた。

 こう言っては何だが、俺とリュウホウだけで事足りるし……足手まといになるからな。

 勿論、そんな事を直接言いはしなかったが。

 余計なトラブルは起こしたくないし。


「下郎どもが! この我に、そんな魔導具ごときで本当に敵うと思っているのか!」


 叩き潰したドラゴ族の男を踏みつぶしながらリュウホウが叫ぶ。


「……!」


 リュウホウの恫喝にドラゴ族達は怯むが、その空気をぶち破るかのように武器を持った屍兵が迫ってくる。

 屍兵は基本的に自分の意思を持たない。ということは、当然恐怖や畏怖なども感じない。

 恐れず、傷ついてもそう簡単に倒れず……自分が完全に戦闘不能まで動き続ける闇の軍勢。

 飯も食わないので兵糧攻めも効かない。

 戦場において、これほど敵に回したら面倒な存在は居ないだろう。


「や、奴らに続けぇ!」


 そして、その屍兵達を見て、一度怯んだドラゴ族達がまた攻めてくる。

 ドラゴ族や龍華族は基本的に戦闘民族だ。一時的に恐慌状態に陥っても、何か切っ掛けがあればすぐに立て直す。

 

「ちっ、我の『威嚇』もさほど効かんか」


 リュウホウは、忌々しげにつぶやく。


「奴ら、多分死ぬまで向かってくるぞ? どうせ、俺が蘇生できるし……殺すか?」

「……仕方ない、か」


 俺の提案に対し、リュウホウは苦々しい表情で答える。

 よし、そんじゃまぁパパッと片付けますかね。

 こんだけの数を蘇生ってなると時間も掛かるだろうが、致し方あるまい。

 昏睡の蛇ラァサージィクで昏睡させるというのもあるが、実はアレ……一日の使用制限が決まっているから乱発が出来ない。

 そのうえ、数が多いので乱戦では向かないのである。

 闇属性は、強力な分こういったデメリットが存在するのが難点だな。

 蘇生するには死体を残しておかないといけないので、当然ながら虚無なる寙ブラック・ホールなんかも論外だ。

 ならば、あれだな。

 

「リュウホウ。俺が魔法を放つまで、盾役を頼む」

「ふん、我を護衛にするなど貴様くらいなものだぞ」


 リュウホウはそんな事を言いながらも、俺の前に立つとドラゴ族や屍兵達の攻撃を捌き始める。

 時折、飛び道具が飛んでくるが超常的な感覚を持つリュウホウにとって防ぐことなど造作もない。

 そして、すぐさま呪文を唱え終わると俺は魔法を発動する。


「針千本」


 かつて、ホワイトアントどもを殲滅する時に放った魔法だ。

 俺が魔法を発動すると、黒い球体が俺の頭上に現れ無数の針が、四方八方に飛び散っていく。


「ガッ!?」

「ギャ!?」


 数千、数万に及ぶ針の攻撃を喰らい、ドラゴ族や屍兵達は短く悲鳴をあげてバタバタと倒れていく。

 ……やっぱ、こういう一方的な虐殺っていうのは気分が悪いな。

 ホワイトアント共はモンスターだったからいいが、今回は人だしな。

 そして、俺とリュウホウ以外が全て死に絶えると、ようやく針の射出は終わる。

 蘇生……めんどくせーなぁ。

 この場に師匠が居れば、師匠にも手伝ってもらったんだが。

 あ、いや……あの人なら「面倒!」の一言で断るかもしれない。弟子である俺が断言する。絶対断るな。


「さて、これで全滅か?」

「いや……ドラゴ族の長であるリンドブルムの姿が見えん。それに、こいつらに武器を提供した奴と屍兵を召喚した奴の姿もだ」

「俺ならここに居るぜ」


 声の方を見れば、そこには大男が立っていた。

 男は逆立つ金髪に、頭から二本の巻角を生やしている。右目には大きな傷があり、強面だ。

 右手に身の丈ほどもある巨大な両刃斧を握り、地面に突きたてていた。


「リンドブルム……」


 リュウホウが大男の方を見ながら呟く。

 なるほど、あいつがリンドブルムか。確かに、長っていうだけあって強そうだ。

 それでもリュウホウに勝てるようには見えないが。

 

「貴様が……我の娘を攫ったのか?」

「いや、攫ったのは俺じゃねーよ。それは、こいつらだ。おい、出てこい!」


 リンドブルムが叫ぶと、物陰から数人の人影出てくる。

 おそらく双子なのか、十二、三歳くらいで栗色の髪を肩で切り揃え女の子? 男の子? な二人。そして、案の定ウェルミス。

 それと、もう一人痩せ細っている赤毛の女性がリュウエンを横抱き……お姫様抱っこをしている。

 遠目なので確証はないが、リュウエンは眠っているっぽかった。

 

「バ……カ、な……」


 その女性を見て、リュウホウは信じられないといった感じで首を横に振る。


「なんで……リョチがそこに居る!」

 

 リョチ……リュウホウの奥さんで、何年か前に死んだはずの龍華族の女性。

 しかし、その人物は今、リュウエンの傍に立っている。

 多分だが……ウェルミスが召喚したのだろう。そして、リョチの体を使ってリュウエンを攫った……って所か。


「ふふふ、驚いた? 君の為に用意したサプライズだよ」

「ふふふ、嬉しい? 君の為に用意したプレゼントだよ」


 双子は、ゾッとするような笑みを浮かべながら交互に喋る。


「貴様らは……何者だ?」

「僕達は、占星十二宮アストロロジカル・サイン。十二師団の一つ、双児宮のリーダー、ジェミニ」

「そして、僕の名前はジェミニ。武器商人をやらせてもらってるよ」

「「二人合わせて、ジェミニ・ジェミニ。よろしくね」」


 双子で、どっちも名前がジェミニとか徹底しすぎだろ。つーか、紛らわしいわ。

 ……だが、分かった事がある。

 こいつらが武器商人という事は、あの大量の魔導具たちは、こいつらが提供したということだ。

 

「……」


 そして、ジェミニ・ジェミニが自己紹介をしている間、ウェルミスはこちらを見て驚いていた。

 まあ、流石に驚くだろうな。俺は予想がついてたからいいが、彼女にとっては完全に予想外だろうし。


「……どうしたの、ウェルミス」

「そうだよ、ウェルミス。次は君が名乗らなきゃ」

「え? あ……ウェ、ウェルミスよぉ」


 ジェミニ・ジェミニに指摘されて我に返ったウェルミスは、何とか平静を保ちながら名前だけ名乗る。


「君の奥さんは、こっちのウェルミスが召喚したんだ」

「素直に君を招待しても応じなさそうだったから、先に娘さんを招待させてもらったよ」


 なるほど、娘であるリュウエンを攫えば、リュウホウ本人が来ると踏んでの行動か。

 リュウホウの性格をよく分かってらっしゃる。


「そうそう、彼女は眠ってもらってるだけだから安心していいよ」

「うんうん。それに、僕達の欲しい答えをくれたら、ちゃんと返してあげるよ」

「……」


 ジェミニ・ジェミニの言葉に、リュウホウは押し黙る。

 ウェルミスは、どう行動すればいいのか分からないらしくオロオロしていた。

 俺の方に加勢すればいいのか、当初言われた通りスパイを続ければいいのか迷っているのだろう。

 

「それで……どうだい? 僕達の仲間になる決心はついたかい?」

「お、おい! どういうことだ! お前は、龍華族を潰しに来たんじゃなかったのか!」


 ジェミニ・ジェミニの言葉にリンドブルムが狼狽える。

 どうやら、奴は龍華族を潰す手伝いをしていると思っていたらしい。


「君は黙っててよ」

「そうだよ。僕達は、ボスから言われた事を実行してるだけなんだから」


 話の腰を折られたせいか、ジェミニ・ジェミニは不機嫌そうに唇を尖らせる。


「リュウホウ……どういう事だ?」

「……実は、以前から仲間になれと誘われていたのだ。奴らのボスである……タマモからな。だが、我は断り続けていたのだ。我にも守るべきものがあるからと」


 それで、ドラゴ族を使って潰そうとしてたのか。んで、意外とジリ貧だから、最後にもう一度だけ尋ねたと。


「……驚かないのか?」

「何がさ」

「いや、占星十二宮アストロロジカル・サインのボスがタマモだという事を」

「んー、まぁ正直大体予想はついてたからな」


 むしろ、それを聞いて納得である。

 つまりは、タマモをぶっ飛ばせば占星十二宮アストロロジカル・サインも自動的に壊滅出来るわけだから、むしろ一石二鳥でラッキーだ。

 俺の答えに対し、リュウホウは「そうか」と短く返す。


「そうか……仕方ないね。それじゃ、ボスの命令通り死んでもらうよ」

「その後は龍華族にも滅んでもらうよ。まずは手始めに……ウェルミス」


 ジェミニ・ジェミニに呼ばれ、ウェルミスがピクリと反応する。


「そこの娘を見せしめに殺してよ」

「なるべく残酷に非道に悪逆にね」

「「あははははは!」」


 ジェミニ・ジェミニはそう言うと、聞いてて胸糞が悪くなるような笑い方をする。


「きさ……まらぁ!」


 ジェミニ・ジェミニの言動にぶちきれたのか、リュウホウは竜人化をし始める。


「おっと、動かない方がいいよ」

「そうそう、少なくとも今は生きているんだから、もしかしたら気が変わって殺すのをやめるかもしれないからね」


 なんともまぁテンプレな脅迫だこと。

 しかし、リュウホウには効果てきめんだったようで、竜人化したままピタリと止まる。

 この後の流れは、普通なら娘を死なせたくなかったら仲間になれとか言ってリュウホウが寝返って俺と戦うパターン。

 もしくは、一方的に俺達が嬲り殺されるパターンだ。

 ……しかし、今回はもう一つパターンがある。それは……。


「ウェルミス」


 俺は、ウェルミスの方を見ながら彼女の名前を呼ぶ。


「ご苦労だった。もう演技しなくていいぞ。彼女を連れてこっちへ」

「はぁい、ご主人様!」


 ウェルミスは元気よく返事をすると、リョチに自分とリュウエンを抱えさせ、一足飛びでこちらへとやってくる。

 そう、第三のパターン。それは、スパイとして送り込んでいたウェルミスをそのままこちらに引き寄せる、だ。

 

「「な……」」

「なんだとぅ!?」


 ジェミニ・ジェミニやリンドブルムも流石に予想外だったのか、いけすかない表情が面白いくらいに崩れている。

 まぁ、流石に幹部がこちらのスパイだなんて予想つかないだろうしな。


「ウェルミス、リュウエン……彼女は無事なのか?」

「睡眠薬で眠ってるだけだから、大丈夫よぉ」

「……だそうだ、リュウホウ」

「そうか」


 リュウホウは、表情こそ変わらないがどこか安堵したようだった。


「女……リュウエンを連れて龍華族のもとへ戻っていろ。リョチについては……話がある」

「というわけで、ウェルミス。彼女を龍華族の所へ。リュウホウの言う通り、リョチについては覚悟しておくように」

「……了解よぉ」


 ウェルミスは、何故か頬を上気させながら頷くと、その場を離れる。


「さて、これで俺達を縛るものが無くなったな。どうする? 降参するなら今のうちだぞ?」

「は! 誰が降参するか! 元々、こんな小細工は俺の性分じゃねーんだ! 力こそ正義! 圧倒的な力でねじ伏せるまでよ!」


 俺の言葉にリンドブルムが叫ぶ。

 それに呼応するかのように、両刃斧が鼓動した。


「リュウホウ! 俺と勝負しろ! 貴様との決着、ここでつけさせてもらう!」

「ムクロ。あっちのデカブツは我にやらせろ」


 リンドブルムにご指名され、リュウホウはそんな事を言う。


「そんじゃ、俺はあっちの双子ちゃんだね。ちょーっとオイタが過ぎたからお仕置きせんとだね」


 俺はジェミニ・ジェミニの方を見ながらそう言う。


「まったく、ウェルミスが裏切ってるなんてガッカリだよ。ねぇ、ジェミニ?」

「まったくだよ。おかげで、僕達が戦う羽目になるんだから。ねぇ、ジェミニ?」

「なんだ、お前ら。俺に勝つ気で居るのか?」


 とてもじゃないが、目の前の双子は俺に勝てるほど強そうには見えない。

 驕りとかそういう事ではなく、冷静に判断した結果だ。


「もちろんだよ、スケルトンさん」

「僕達は、貴方に勝つよ。スケルトンさん」


 ジェミニ・ジェミニはそう言うと、一人は十字架が刻まれた巨大な盾。もう一人は、自分の身の丈以上もある幅広の両手剣を何も無い空間・・・・・・から取り出す。


「僕達の能力は、『無限の宝物庫』。古今東西、ありとあらゆる魔導具を召喚する事が出来るんだ」


 ……なんだか、どっちかっていうとリュウホウが持ってそうな能力だな。

 いや、深い意味はないんだけどね?

 それはともかくとして、盾はともかくあの大剣は何だか嫌な気配がするな。

 

影喰シャドウ・バイト


 俺は、様子見で魔法を放つ。

 俺の影が巨大な獣の頭に変形すると、ジェミニ・ジェミニを噛み砕こうと襲い掛かる。

 しかし、彼らに噛みつこうとした時、何かに阻まれるようにぶつかって霧散してしまう。

 ジェミニ・ジェミニが何かを発動したようには見えない……となると、あの魔導具達か?


「ふふふ、驚いているようだね。種明かししてあげようか? ジェミニ」

「そうだね、どうせ分かっても対処できないだろうしね、ジェミニ」


 ジェミニ・ジェミニは、再び嫌な笑みを浮かべながら話を続ける。


「僕のこの盾は『滅光の盾』。ありとあらゆる闇属性の魔法を防ぐ結界を張るんだ」

「僕のこの剣は『破邪の剣』。……不死・・の存在を殺す武器さ」


 ……うん、これ詰んだわ俺。

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