第89話
「まったくも~、やんなっちゃうわぁ」
ドラゴ族の里、その中でも客間用に用意された部屋に入るとウェルミスは愚痴をこぼしながら椅子に腰かける。
「私ぃ、こういう野蛮な空気って苦手なのよねぇ」
「まぁ、そう言わないでさ、ウェルミス」
「そうそう、ボスにも言われたじゃないか。ボク達を手伝ってほしいって」
愚痴をこぼすウェルミスに対し、瓜二つの少年……ジェミニ・ジェミニがゾッとするような笑みで答える。
「いやまぁ……確かにそうなんだけどぉ。もうちょっと別な所で使ってほしかったわぁ」
ウェルミスはそう言うと、チラリとベッドに寝ている少女……リュウエンの方を見る。
彼女は、ウェルミスによって連れて来られ、今は暴れないように薬で眠っている。
そしてその傍らには、青白い肌の女性が椅子に座っており無表情で虚空を見つめていた。
外見はリュウエンの母でありリュウホウの妻でもあるリョチそのものだったが、中身はまるで違う。
ウェルミスの屍召喚で召喚した、
リョチ本人の魂は、とっくにあの世に行ってしまっている為、この場に居るリョチは、中身は全くの別物である。
(あーあ、これを知ったらご主人様に怒られそうだわぁ……。ご主人様、こういうの好きじゃなさそうだしぃ)
ウェルミスは、頬杖をつきながら自分がご主人様と呼ぶ人物……ムクロの事を思い出す。
彼とは王都で出会い故合って、彼に付き従うようになっていた。
もっとも、今はムクロの指示によりスパイとして
そして、裏切りを疑われたウェルミスは、裏切っていないと証明するためにジェミニ・ジェミニの手伝いをしているというわけだ。
「それにしてもぉ……なんで、この子が必要だったのぉ?」
ウェルミスは、ただリョチを呼び出してリュウエンを連れてこいとしか命じられていない。
だから、リョチの墓に行き彼女を召喚し、リュウエンをドラゴ族の里まで連れて来たのだ。
「えっとね、ここの長曰く、龍華族の長の弱点が彼女だって言うんだよ、ウェルミス」
「うん、戦いは非情。弱点を突くのは当然の事だからね、ウェルミス」
「ふーん……」
ジェミニ・ジェミニの言葉に、ウェルミスは興味なさげに相槌を打つ。
「……あ、私の可愛い子達がやられたわ」
髪の毛を弄んでいたウェルミスは、そんな事を呟く。
ジェミニ・ジェミニに貸し出していた数体の屍兵の魔力が唐突に途切れたのだ。
これは、向こうで何者かに倒されたという事を証明する。
「ふーん、やっぱりあれくらいじゃ足止めすらできないか。ねぇ、ジェミニ?」
「そうだね、ただ……これで釣れてくれたら最終的には成功なんだけどね。ねぇ、ジェミニ?」
「アンタ達……一体、ボスに何を命令されてるのぉ? いい加減に教えてくれてもいいんじゃなぁい?」
ウェルミスに問われ、しばし逡巡するジェミニ・ジェミニだったが、問題ないと判断したのか口を開く。
「ボスには龍華族の里を滅ぼすように言われてたんだよ。ねぇ、ジェミニ」
「うん。ただ、なんで滅ぼすかまでは聞いてないけどね。それで、たまたま龍華族に恨みを持つドラゴ族が居たから利用させてもらってたんだ。ねぇ、ジェミニ」
(……ボスは、一体何を考えているのかしらぁ?)
最終的に世界を手に入れるという目的があるのは彼女も知っている。だが、それにしては不可解な行動がボスであるタマモには多すぎるとも感じていた。
(なんにせよ、ボスが潰せと命令したって事は、龍華族は終わりねぇ。何があったかは分からないけど、ご愁傷様ってところかしらぁ……)
ムクロに従う事になったとはいえ、基本的に生者に興味が無いウェルミスはそんな感じで冷静に物事を考える。
自分はただ、主人の目的のために
のスパイをし続ける。それがウェルミスの行動理念だった。
「おい、ジェミニ!」
ジェミニ・ジェミニとウェルミスが会話をしていると、男がわめきながら部屋に入ってくる。
ドラゴ族の長でリンドブルムである。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「そうそう、慌てたって何もいい事ないよ?」
「冷静になれって言う方が無理だっつーの! と、とにかくありったけの武器をくれ!」
リンドブルムはそう言うと、一呼吸置いて再び口を開く。
「リュウホウが攻めてきた! それも……何か異様に強いスケルトンと一緒にだ!」
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