第88話

「ここ……は……」

「よぉ、目が覚めたか? ぼっち野郎」


 目が覚めたリュウホウに、俺は声をかける。


「……うるさいぞ、骨」


 俺の方をちらりと見たリュウホウが軽く悪態をついてくる。

 うむ、どうやら元通りのようだ。

 リュウホウの心臓を潰して殺した後、俺は完全蘇生によって甦らせた。

 蘇生してからすぐ目が覚めるわけでもないので、俺は他の奴らを呼んで寝室に運ばせたという訳だ。

 非力な俺がリュウホウを持てるわけが無かろう。所謂、適材適所という奴である。


「さっきの事、覚えてるか?」

「……ああ、手間をかけたな」


 しばしの沈黙の後、リュウホウはそう答える。

 

「もう! びっくりしたんだからねぇ? 朝早くから凄い音が聞こえたと思ったら、ムクロちゃんの居た客間がボロボロなんだもの。しかも、リュウホウちゃんは一回死んでるし。一体何があったの?」


 ウロボロスは、眉を八の字にして困ったような様子で尋ねてくる。

 俺がリュウホウの方を見ると、奴はこくりと頷く。


「今日の朝、この書置きがあったんだってさ」


 俺は、リュウホウから預かっていたリュウエンが書いたと思しき手紙を見せる。


「母上って……確か、何年か前に亡くなったんじゃ……?」

「ああ。だから、リュウエンがあいつに会えるはずがないんだ。とある方法を除いてな」


 リュウホウがそう言うと、ウロボロスは何かを察したようにこちらを見る。


「リュウホウにも言ったけど、俺じゃないからな?」

「……まあ、そうよねぇ。ムクロちゃんって、面倒くさがりだからそんな遠回りするような事しないし」


 流石はウロボロス、俺の事をよく分かっている。


「ムクロ兄様はそんな事しないって信じてるよ!」


 フワフワとそこら辺を浮いていたアウラもウロボロスに同意しながら俺に抱き着いて来る。


「……そうだな。ムクロがそんな事をしないというのは我も分かっていた。いや、分かっていたつもりだった。すまない、ムクロ」

「謝んなって、気持ち悪い。お前は傲慢の王なんだから、それらしく振舞っておけって」


 素直なリュウホウほど、気持ちの悪い物はない。


「リュウホウちゃん、変わったわねぇ」

「守る者が出来れば変りもするさ。特に……リュウエンは、あいつの形見でもあるからな」


 リュウホウはそう言うと、フッと笑う。

 ふーむ、あのリュウホウがここまで変わるなんてな。リョチって人は、よっぽどできた・・・人だったのだろう。

 どうせなら、こいつの性格を完全に矯正してほしかったが、そうなるとアイデンティティを失う事になるから難しいだろうな。


「それにしても……リュウエンちゃんは、一体誰に会ったのかしら? もしかして、幻術?」


 ウロボロスは、頬に手を当てながら考え込む。

 確かにその可能性もあるが……俺には思い当る事がある。


「多分なんだけどさ。これって俺の知ってる奴が絡んでそうな気がするんだよ」


 そう、俺は、俺以外にこんな事が出来る人物を知っている。

 当然、師匠はそんな搦め手なんか使えないので最初から除外だ。


「一体誰なんだ?」

「そいつは、占星十二宮アストロロジカル・サインの十二幹部の一人で……ウェルミスって言うんだ」


 屍召喚サモン・アンデッド。文字通り、死んだ人間を召喚する魔法で、ウェルミスが得意としている。


「何故、そのウェルミス……とやらが関わっている言える?」

「いやね、臭うんだよ。辛気臭い闇の臭いがプンプンとね」


 俺がそう言い終わるや否や、四方の壁を破壊しワラワラと人影が入ってくる。

 そいつらは、死臭を臭わせておりどいつもこいつも、体のどこかに数字が刻まれている。

 ウェルミスのアンデッド兵という証拠だ。

 ……あいつ、一体どういうつもりだ?


「……おい、ムクロ。あのアンデッド共はお前の仲間か?」

「ふざけんな。俺みたいな高貴なアンデッドと低級なアンデッドを一緒にすんなよ」

「見た目スケルトンの癖にほざくな」


 俺とリュウホウが軽く言い争いをしていると、アンデッド兵達がうめき声をあげながら襲い掛かってくる。

 兵達の手には、例の魔法武器が握られていた。

 そのどれもがそれなりの魔力を秘めており、強力な武器だと物語っているが……所詮は俺の敵ではない。


万物貫く漆黒の矢ディザスト・アロー


 空中から放たれる闇色ともいうべき禍々しき矢がアンデッド兵達を貫くと、まるで腐食でもしたかのようにボロボロと崩れ去り、あとには灰の山しか残っていなかった。

 手加減ミスって魔法武器まで灰にしちゃったのは……まぁ、ご愛敬ということで。


「相変わらずチートな魔法だな」

「いやいや、リュウホウの身体能力には負けるさ」

「不死身野郎がなに言ってるんだ、馬鹿が」


 俺が謙遜すると、リュウホウはフンと鼻を鳴らす。

 うん、どうやらいつものリュウホウに戻ってきているようだ。しおらしいリュウホウよりは、いつものうざったいリュウホウの方が慣れてるのでそっちの方がずっといい。

 うざいがな。


「しかし、今の奴らはなんなんだ?」

「あれが、ウェルミスの召喚術で呼び出されたアンデッドだよ」


 しかし、それにしては……。


「よく分からんが、ドラゴ族に加担していると考えて良いのか?」

「あの魔法武器から考えるとそうだろうねぇ……」


 以前、ウェルミスが召喚したのを見た時はアンデッド兵は魔法武器を装備していなかった。

 あれだけの数の魔法武器を装備したアンデッド兵が呼び出せるなら、学園の時にやっているはずだ。

 考えられる要因としては、ウェルミスの召喚術がレベルアップしたか……武器を貸し出す奴が居るかの二つだ。

 まあ、後者の方が可能性が高いだろうな。タイミング的にも。


「えーと、つまり……ドラゴ族は戦力を補強して本格的に攻めて来たってことよね。どうするの? リュウホウちゃん」


 ウロボロスの言葉にリュウホウは考え込む。


「……こちらから討ってでる。リュウエンも攫われてしまったことだしな。奴らには、我直々に罰をくださねば気がすまん」


 そう言うリュウホウの体からは怒気と殺気が入り混じったようなオーラが立ち込める。

 ……あーあ、ドラゴ族、滅んだなこれ。

 あいつらは、こいつの絶対に触ってはいけない逆鱗に触れてしまったのだ。


「ムクロ、すまないが協力してくれ」

「嫌だね、めんどくさい」

「ムクロちゃん!」


 俺の態度に、ウロボロスは顔をしかめながら叫ぶ。


「言ったろ。俺はいつものお前じゃないと気持ち悪いって。傲慢の王ならそれらしく振舞えって」

「ムクロ……」


 一瞬ポカンとするリュウホウだったが、俺が何を言いたいか察した奴は不敵に笑う。


「ムクロ! 我を手伝わせてやる! 愚かなドラゴ族に身の程を思い知らせてやるぞ!」

「……ああ、任せておけ」


 いつもの調子になったリュウホウに満足しながら、俺はそう答えるのだった。

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