第87話

 宴会の翌日、案内された客室で寝ていると、部屋の外からドタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。


「ムクロ、一大事だ! 骨のくせに睡眠をとってる場合ではないぞ!」

「んだよ、リュウホウ。差別反対だぞ」


 睡眠というよりはパソコンのスリープに近い状態だった俺は、すぐに目を覚ますと慌ただしく入ってきたリュウホウに文句を言う。

 

「馬鹿者、それどころではないわ! これを見ろ!」

「あぁん?」


 リュウホウは、俺の抗議を一蹴すると一枚の紙切れを突き出してくる。

 どうやら手紙らしく、紙には何か書かれていた。


「なんだこれ?」

「いいから読んでみろ」


 リュウホウがそう言うので、俺は面倒だと思いつつも手紙を読むことにする。


『父上へ。母上と共にドラゴ族の所へ行きます。心配しないでください。 リュウエン』


 と、短い文章でそう綴られていた。


「母上って、リョチさん……だったか? 確か、その人は……」

「ああ、五年前に病気で死んでいる」


 ならば、この母上ってのは何者だ……?

 しかも何で、今絶賛戦争中のドラゴ族の所なんかに行ってるんだか。


「ムクロ……」


 俺が理由を考えていると、リュウホウがこちらを睨みながら話しかけてくる。


「お前……まさか、ドラゴ族の手先だなんて事は無いな?」

「はぁ? お前はいきなり何馬鹿な事言ってんだ?」


 朝っぱらから寝言ほざくなんて寝ぼけているのだろうか。


「ここに書いてある母上ってのはリョチに間違いない。奴の母親はリョチだけだからな。しかし、リョチは五年前にとっくに死んでいる。ここまではいいな?」


 リュウホウの説明に、俺はコクリと頷く。


「だが、リュウエンは死んだはずのリョチと出会った。考えられる事としては、何らかの方法でリョチが生き返り、リュウエンをドラゴ族へと連れて行った」

「まさかお前……俺がリョチさんを蘇生させてドラゴ族の里へ連れて行かせたって言いたいのか?」

「蘇生魔法なんて高度な魔法、お前以外に誰が出来るって言うんだ?」


 リュウホウはそう言いながら、殺気を膨らませながら睨んでくる。

 俺の他にも師匠が居るが、ここには俺しか居ないのでそういった結論になるのも仕方ない。

 だが……。


「俺はそんな事をやっていない。そもそもやるメリットがどこにもない」

「……口だけならなんとでも言えるな」


 俺の言葉に、リュウホウは鼻を鳴らしながらそう言い捨てる。


「俺が信じられないって言うのか?」

「これだけ状況が整っているのに信じられる要素がどこにある?」

「……だからボッチなんだよ」


 久しぶりにあったとはいえ、昔からの友人よりも誰が書いたか分からない手紙の方を信用するリュウホウに少しばかりイラッと来た俺はそんな事を呟く。


「ボッチは、今関係ないだろーがああああああ!」


 その言葉がリュウホウの逆鱗に触れたのか、奴の拳が俺の頭を打ち砕く。

 俺の体は形を保てなくなり粒子状に変化するが、すぐに復活する。


「何すんだ馬鹿野郎!」

「黙れ、娘を……リュウエンを返せ!」


 リュウホウはそう叫びながら、どんどん自身の体を変質させていく。

 具体的には、奴の体を硬そうな赤く輝く鱗が覆っていき、顔も龍へと変わっていく。

 竜人化と言って、確か龍華族の本気戦闘モードである。

 こいつ……まじで、俺と戦う気なのか?


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 リュウホウは、完全に異形へと変身すると天に向かって咆哮する。


「いけない……怒りで我を忘れている……っ」


 どうやら、俺は奴の逆鱗ぼっちに触れてしまったらしい。

 あの状態のリュウホウは、怒り狂った師匠並に厄介である。

 リュウホウは傲慢を司るが、憤怒に近い傲慢と言える。 


「グルアアア!」

「ぐっ!?」


 リュウホウが吠えたかと思うと、一気に俺との距離を詰め俺の頭を掴めば、そのまま壁に投げつける。

 奴の剛腕で力一杯投げられた俺は、そのまま壁に叩きつけられる。 

 その勢いで壁が壊れると、そのまま外に放り出されてしまう。


「くそ、相変わらずアホみたいな速さと力だな」


 俺は復活しながら愚痴を漏らす。

 龍華族は『龍闘気』と呼ばれる独自の気功法を持っている。簡単に言うと、自分の身体能力をあげる技術だ。

 そして、その中でもリュウホウが持つのは『龍王気』。龍闘気よりも数段上の完全上位互換である。

 つまり、何が言いたいかというと……。


「カアアアアアッ!」


 今、こうして説明している間にも二桁は死ぬほど奴が超強くなっているという訳である。

 ぶっちゃけ、今のリュウホウは肉弾戦だけ見れば師匠レベルだ。

 魔法使いタイプの俺が接近戦で勝てる道理はない。


「ええい、鬱陶しい! 闇の牢錠ダーク・プリズン!」


 俺は何度目か分からない復活をしながら、魔法を発動する。

 すると、地面から無数の闇の鎖が現れ、リュウホウの体を雁字搦めに拘束する。

 奴の動きが止まった隙に、俺は距離を取らせてもらう。


「グ、ガアアアアアア!」

「うへぇ……まじかよ」


 しかし、普通の奴なら破る事が出来ない拘束をリュウホウは気合と共に無理矢理抜け出す。

 流石は俺と同じ七罪の王って感じだ。

 リュウホウは、常人が聞いたら竦み上がりそうな程の大音響で吠えると、殺気を撒き散らしながらこちらに向かってくる。

 そして、あっという間に俺に肉薄するとその凶悪な爪で俺を切り裂こうと振りかぶる。

 ……だが。


「一瞬、遅かったな」


 俺はそう呟くと、グッと右手に拳を作る。


「グガッ!?」


 すると、リュウホウはビクンッと一瞬震えたかと思うとそのままパタリと地面に倒れ伏す。

 大体の予想がついているかもしれないが……そう、文字通り必殺技である『奴は大変な物を盗んでいきました。そう、貴方の心臓ハートです』だ。

 蘇生させるのは面倒だが、この状態になったリュウホウを鎮めるには、これが一番手っ取り早いのである。

 これが王道なストーリーなら、相手を殺さないよう手加減しながら説得りたりして何話か引っ張るのだが、生憎俺は蘇生魔法が使える。

 なので、蘇生は面倒ではあるが遠慮なく相手をぶっ殺せるという訳だ。

 

 ……闇魔法って素晴らしい。

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