第86話

「ささ、ムクロ様。一杯どうぞ! 里自慢の龍酒ロンチュウです」

「おっとと……」


 龍華族の若いねーちゃんに酒を注がれると、俺はそれをグイッとあおる。


「……っかぁー! きっついな、これ」


 飲んだ瞬間に、カァッと体が熱くなり喉が焼けるようだった。

 骨の体になったとはいえ、感覚は残っているので火でも噴きそうな勢いだった。

 

「ふふ、凄い強い酒でしょう? 我ら龍華族はお酒が大好きなので、普通のお酒では満足できないんですよ」


 まあ、確かに日本でも龍や蛇は酒が大好きだと言われている。酒が強い人をウワバミなんて言うくらいだしな。

 そう考えると、龍華族の酒がこんなに度数が強いのも納得できる。


「……っ」


 そんな事を考えながらもう一口飲むと、再び焼けるような感覚がやってくる。

 確かに強い酒ではあるが、不思議とあとをひく美味さである。


「お気に召しましたか?」

「ああ、まぁね。それにしても……ドラゴ族と争っている最中なのに、こんなにもてなしてもらってもいいの?」


 俺はそんな事言いながらテーブルに並べられた料理の数々を眺める。

 小籠包や餃子、炒飯にあんかけなど中華料理っぽいものが多数ある。


「勿論ですとも。だって、あの・・リュウホウ様の友人となれば、もてなさないわけにはいきませんから!」


 俺の質問に対し、龍華族のねーちゃんは目を輝かせながらそう答える。

 

「……なぁ、ちょっと質問いいかな?」

「はい、何でしょう?」


 俺は、龍華族の里に来てから気になってた事を尋ねることにする。


「リュウホウってさ、そんなに友達居ないのか? 娘のリュウエン……だっけ? その子にもボッチだって言われてたんだけど」

「ああ……まぁ……」


 龍華族のねーちゃんは、俺の言葉に歯切れの悪い返事をする。


「リュウホウ様はほら……ああいう性格でしょう? 長としては頼りになるのですが、なにぶん……こう、ウザいじゃないですか」

 

 えらくぶっちゃけてるが、正直俺も同意見ではある。

 王の資質……とでも言うのだろうか。上に立つ者としては、リュウホウは間違いなく有能だ。

 しかし、個の存在として見ると奴は果てしなくウザい。


「なので、リュウホウ様のご友人は……ムクロ様達しか知らないですね。なので、貴重な友人であるムクロ様が例えリッチという高位モンスターであろうと私達は気にしませんよ」


 なるほど。だから、俺が骨の姿でも皆分け隔てなく接してくれてるのか。

 しっかし、俺みたいなのが友達と聞いてこれだけ喜ぶって、少なくとも嫌われてるわけではないのにボッチってどないやねんとツッコみたくなる。


「ん? でもさ、そんなリュウホウでも結婚できてたんでしょ? 娘が居るくらいだし」

「ああ……リョチ様の事ですね」


 リョチっていうのうか、リュウホウと結婚した物好きの名前は。


「リョチ様はまた特別ですね。あの方は、リュウホウ様と幼馴染ですから。ご結婚された時は、ある意味納得の結果でしたね。リュウホウ様の全てを受け入れる優しいお方でした」

「確か、病気でだっけ?」

「はい……。リュウホウ様も手は尽くしたのですが……」


 龍華族のねーちゃんは、目を伏せて暗い表情を浮かべる。

 しまった。折角の宴会なのにしんみりさせてしまった。


「ああっと……そうだ。もし良かったら、リュウホウとリョチの事、もっと聞かせてくれないか?」

「はい! それはもう喜んで!」


 暗い表情を浮かべていたねーちゃんは、俺の言葉を聞いてパっと表情を輝かせる。

 その後、俺は料理に舌鼓をうちながらリュウホウとリョチの事を聞かされるのだった。



「ムクロちゃーん! 飲んでれう~?」


 思い出話を聞き終わってひと段落していると、顔を真っ赤にさせたウロボロスが俺に抱き着いてくる。


「くっさ! 酒くっさ!」


 ウロボロスの口からはぷーんとアルコールの臭いが漂ってきて、思わず鼻が曲がりそうだった。

 曲がりようがないけど、察してもらいたい。


「だぁって~、この龍酒ロンチュウ? っていうの、すっごくおいしいんだもーん」


 ウロボロスはそう言いながら、俺にその豊満な胸を押し付けてくる。

 ああもう、けしからんおっぱい押し付けてくんなよ。


「分かった分かった。分かったからほら、あっちでリュウホウと一緒に飲んできなさい。リュウホウがまたボッチだからさ」


 俺はウロボロスを引きはがしながら、一人でちびちびと酒を飲んでいるリュウホウぼっちの方へと彼女を押しやる。


「はぁ~い!」


 ニャハハと笑いながら、ウロボロスはふらふらしつつリュウホウの方へと向かう。


「まったく……酒に強いウロボロスがああなるって、どんだけ飲んだんだか……ん?」


 ウロボロスの酔いっぷりに呆れていると、俺は隅の方にいるリュウエンを見つける。

 なんだ? もしかして、娘のリュウエンもぼっちなのか?

 ふむ……。

 なんだか気になった俺は、リュウエンに近づき隣に座る。


「よ、元気?」

「これが元気に見えるなら貴様の目は節穴……節穴だったな」

 

 リュウエンが悪態をつきながらこちらを見るが、俺の目が文字通り節穴な事に気づくと、これ見よがしにため息を吐く。


「そんなに戦いに出られなかったのが嫌だった?」

「まぁな。私はこれでも、龍華族の中では二番目だという自負がある。父上には流石に勝てないが、それでもドラゴ族相手なら負けない自信がある」


 おーおー、凄い自信だこと。傲慢の王であるリュウホウの娘ってだけはあるな。


「でもほら、いくら強いっていっても君は結局、この里の長の娘じゃん? リュウホウとしても君に傷ついてほしくないんだよ。きっと」


 俺がそう言うと、リュウエンはフンと鼻を鳴らす。


「父上がそんな事を思うはずがないだろう。実際、私は母上が亡くなる前までは戦場に出ていたからな」

「……ん? ちょっと待って、今の君の年齢は?」

「十五だが?」

「失礼を承知で聞くけど、お母さんが亡くなったのは?」

「…………五年前だ」


 っつーことは……はぁ!?


「え、十歳で戦場に出てたのか!? いや、それよりももっと前からか」

「父上の方針でな。我の娘なら今から戦場に出てもおかしくないと言って戦場に出てたのだ。元々、我ら龍華族は戦闘民族。そう言った事も珍しい事ではない」


 はぁー。種族が違えば価値観が違うとも言うが、驚きである。

 ……いや、地球でも少年兵とか居たし、あながち違いすぎるって事も無いのか?


「ただ……母上が死んでからは父上も変わってしまった」

「変わった?」


 俺がおうむ返しで尋ねると、リュウエンはこくりと頷く。


「必要以上に私に対して過保護になったというか……戦いに出るのを望まなくなったのだ」


 うーん、あくまで俺の憶測だが……リョチさんが死んだことで、少し臆病になってしまったんじゃなかろうか。

 奥さんの形見なわけだし。

 いや、形見って言い方もあれなんだけどさ。


「父上は母上が死んだことで臆病になってしまったのだ。私は、そんな臆病な父上が嫌いだ。前の厳しいながらも自信に満ち溢れた父上が好きなのだ」

「今でも自信満々に見えるけどなぁ」


 実際、俺達と一緒に居た頃と変わらないように感じる。

 しかし、リュウエンはフルフルと首を横に振る。


「あの父上は空元気だ。未だに母上の事を引きずっており、全盛期の七割にまで自信が減退している」


 あれで七割なら、全盛期はどれだけ自信に満ち溢れているのだろうか。

 ……想像するだけで嫌になる。


「リュウエンはさ……母さんに会いたいの?」

「母さんはもう居ない。会いたいと言ったって無駄な事だと理解している。故に別段会いたいとは思わない」


 なんともまぁ、十五歳なのにずいぶんと達観したお考えをお持ちだ事。

 

「……柄にもなく話し過ぎたな。何故かお前にはうっかり話してしまうな。……私は夜風に当たってくる」


 リュウエンはそう言うと立ち上がり、外へと出て行ってしまう。


「……」


 俺は、彼女を見送りながら考える。

 もし、彼女が会いたいって言ったら俺はどうしてたのだろうか。

 会わせてあげたのだろうか。

 ……いや、どっちにしろ無理だな。

 五年前なら、骨くらいなら残ってるだろうがそれだけでは条件が足りない。

 何が言いたいかというと魂がそこには無いのだ。

 完全蘇生させる条件として魂は最低条件だ。魂が無ければ、肉体だけ蘇生させてもそれは空っぽな肉人形である。

 五年も経っているなら、仏教で言うなら魂はとっくに輪廻転生に入っている。


「どうしたもんかねぇ……」


 俺は誰に言うでもなく、ぽつりとそう呟くのだった。



「はぁ……」


 冷たい外の風が、リュウエンの頬を軽く撫でる。

 リュウエンは、ふらふらとある場所に向かっていた。

 自宅の裏手にある森の中を進んだ場所にある一つの石墓。

 定期的に手入れをされているのか、雑草はおろか苔一つ生えていない。


「母上……」


 石墓を見下ろしながら、リュウエンは呟く。

 石墓にはリュウホウの妻であり、リュウエンの母でもあるリョチの名前が刻まれていた。

 リュウエンはおもむろにしゃがむと、墓をジッと眺める。

 

「母上……会いたいです」


 腕に顔をうずめながら、リュウエンは涙を一筋流す。

 先程、ムクロには会いたくないと強がりを言ったが、そこは十五歳の少女。

 実際に死別したのはもっと前なので、会いたいと思うのも仕方のない事だった。

 しかし、自分は龍華族の長で七罪の王の一人でもあるリュウホウの一人娘。

 そんな立場故に、彼女は自分の気持ちを人前で吐露する事は出来なかった。


「なんで……私は、あんな骨に色々話してしまったのだろうか」」

  

 元々、あの宴会はリュウホウに言われて渋々参加した宴会だ。 

 とりあえず食事をしたらすぐに抜けようと思っていたのだ。そこへムクロが現れ、つい話すつもりの無かったことを話してしまった。


「あの骨は……今まで出会った奴らとはどこか違う……。どことなく雰囲気が母上に似てたせいだろうか……」


 リュウエンは、そう呟きながら自分の母であるリョチとムクロを照らし合わせる。

 姿かたちこそ全く違うが、それでもリュウエンは母とムクロがどこか似てると感じてしまう。

 なぜそう感じるのかは自分でもわからないが、確かにそう感じる事だけは理解できた。


「……ふ、馬鹿馬鹿しい。母上とあんなちょっと小突いただけで倒れそうな骨が似てるなんて、私はどうやら酔ったらしい」


 酒を飲んだわけもないが、リュウエンは自分にそう言い聞かせながら首を横に振る。


「さて、少し鍛錬をしたら戻る……誰だ!」


 リュウエンは立ち上がりかけたところで何者かの気配を感じ叫ぶ。

 リュウホウやムクロ、その他の者の気配ならばすぐに分かるリュウエンである賀、今感じている気配はその誰でもない。

 明らかに感じた事の無い気配だった。


「……出で来ぬというのならば、こちらから攻撃させてもらうが?」


 誰も出てくる気配が無いので、リュウエンは警戒しながら口を開く。


「…………」


 リュウエンの声に反応したのか、茂みをかき分け一人の女性が無言で現れる。

 腰まで伸びる赤く長い髪。

 そして龍華族の証でもある龍の角。青白い肌に痩せこけてはいるが、美しい女性だというのは暗がりでも分かった。


「そ、そんな……」


 そんな女性の姿を見て、リュウエンは信じられないといった感じで首を横に振る。


「は、母上……!」


 そう、それは忘れるはずもない母の姿だった。


「リュウ……エン」


 リョチは、リュウエンの方を見ると手招きをしながら彼女の名前を呼ぶ。


「母上……」


 リュウエンは、まるで何かに引き寄せられるかのようにふらふらとリョチへと近づく。


「リュウエン……私の……可愛い子……」


 リョチは、近づいてきたリュウエンを優しく抱きしめると、ひどく掠れた声でリュウエンの名を呼ぶ。


「母上!母上!」


 抱きしめられたリュウエンは、堰を切ったように泣きながらリョチをギュッと抱きしめる。

 それはもう一心不乱に抱きしめる。

 リョチの……怪しい笑みに気づかないまま。

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