第85話

 攻めてきたドラゴ族を一通り鎮圧し、他の奴らに預けた俺達は最初の屋敷に戻ってきていた。


「さて、事情を説明してもらおうか?」


 中華風な玉座に座っているリュウホウは、上から目線でそう言い放つ。

 こいつの上から目線は、いつもの事というかこいつのニュートラルなので気にしないことにしている。

 とはいえ、ムカつく事はムカつくので後で何かしらの仕返しはするが。 


「うーん、どっから説明したものか……。まず、ウロボロス。結果はどうだった?」

「ムクロちゃんの言う通り、紛う事無く本物の魔導具ねぇ。一応、何種類か調べてみたけど全部本物だったわ~」


 知識を持つウロボロスがそう言うならそうなのだろう。

 ならば、これだけの魔導具を用意できる者は限られてくる。

 そして……それが可能な奴と言えば……。


「リュウホウ。お前は、占星十二宮アストロロジカル・サインって知ってるか?」

「……ああ、そういえばそんな奴らも居たような気がするな」


 リュウホウは顎に手を添えながら一瞬沈黙した後、そう答える。

 ……今の間は何だ?


「奴らの組織の規模がどれくらいは分からないが、裏の世界では最大規模を誇ってる。そんな奴らならこれだけの魔導具を用意できるんじゃないのか?」

「……なるほどな。だが、分からん事がある。なぜ我の里をそんな奴らが襲う?」


 そう、分からないのはそこだ。

 龍華族の里は辺境の地にあり、普通の人はまず寄り付かない。

 立地的にも特にいいわけではないので、狙う理由が不明なのだ。


「ウロボロス、何か分かるか?」

「流石の私でも無理よ~。情報が少なすぎるもの。せめて、もう少し何かあればいいんだけど……」


 ウロボロスはそう言うと困ったように腕組みをする。

 とはいえ、捕虜から何かを聞きだそうとしてもドラゴ族の長……リンドブルムに命令されたからとしか言わないからな。

 多分、奴らは龍華族の里を落とすとしか聞いていない。だから、たとえ俺が奴らをゾンビにしたとしても言う事は変わらないだろう。

 そんなわけで、結局はリンドブルム本人に聞かないと分からないのだ。


「まあ、とにかく占星十二宮アストロロジカル・サインをぶっ飛ばせばいいわけだな?」

「ざっくりと言うと……そうだな」

「……」

「リュウホウ?」


 まただ。

 リュウホウは、また意味深な間を作る。

 占星十二宮アストロロジカル・サインと何か因縁でもあるのだろうか。


「リュ……」

「そういえば、貴様らは何でこの里に尋ねて来たのだ?」


 俺が再び名前を呼ぼうとすると、それを遮るようにリュウホウが話しかけてくる。

 ああ、そうだった。色々あってすっかり忘れていたが元々俺達はリュウホウにタマモの場所を聞きに来たんだった。


「そうそう、リュウホウ。お前さ、タマモと仲が良かっただろ? 奴の居場所とか知らねーか?」

「……っ」


 俺がそう言うと、リュウホウはあからさまに息を呑む。

 常に自信に満ち溢れ、傲岸不遜なリュウホウが分かりやすいくらいにひどく狼狽していた。

 

「…………悪いが、奴の居場所は知らん」

「え、でも……」


 先程の様子からすると何やら知っていてもおかしくない雰囲気だったんだが……。


「我でも知らない事はある。わざわざ来てもらって悪いが我が言えるのはここまでだ」

「ムクロちゃん……リュウホウちゃんもこう言ってるし……」


 俺が更に何か言おうとすると、ウロボロスが俺の肩に手を置いてそう言う。

 アウラは、重苦しい雰囲気に戸惑っており隅で大人しく体育座りをしている。


「とはいえ、このまま帰したのでは龍華族の長としてプライドが許さん。ドラゴ族を撃退してくれた礼も含め……」

「父上!」


 リュウホウが喋っている途中で、扉が開け放たれ一人の少女が入ってくる。

 ざんばらな赤い髪に二本の龍の角。勝気そうだが可愛い顔立ちで、なんとミニスカのチャイナドレスを着ている。

 浮き出ているお尻の形が大変素晴らしい。


「リュウエンか。どうした?」


 対して、リュウホウは今しがた入ってきた少女をリュウエンと呼んで用事を尋ねる。

 ……ってちょっと待て。


「おい、リュウホウ。今、この娘っ子……お前の事、父上って呼ばなかったか?」

「そうだが?」


 いや、「そうだが?」じゃなくてさ。


「それだとさ、まるでこの子がお前の娘のように聞こえるんだけど」

「聞こえるも何も、正真正銘、我の娘のリュウエンだ」


 俺の問いに対し、リュウホウは何ともサラッと重要な事を言ってのける。


「…………はぁー!?」


 あまりの事に脳の処理が遅れたが、ようやく回復すると俺は盛大に叫ぶ。


「おま、ちょ……えー?」


 前言撤回。やっぱり脳の処理は遅れたままの様だ。


「わぁー、リュウホウちゃんの娘さん? リュウエンちゃんって言うのね。リュウホウちゃんに似て凛々しい顔立ちねぇ」

「かわいー! ねぇねぇ、リュウエンちゃん! 一緒に遊ぼうよ!」


 思考回路がショートしてる俺をよそに、ウロボロスとアウラはリュウエンのもとへ近づきあーだこーだ騒いでいる。


「な、なんだ貴様らは! 父上、こいつら何者なんですか!」


 そして当の本人であるリュウエンは、突然詰め寄ってきた二人に圧倒されながらもリュウホウに尋ねる。


「下半身が蛇の美人は我の友人だ。そこの幽霊娘は……そこの骨のツレだそうだ。ちなみに、骨も我の友人だ」


 ウロボロスと俺とで説明に差がありすぎじゃないですかね。


「ば、馬鹿な……」


 リュウホウの言葉を聞いて、リュウエンは後ずさり信じられないという表情を浮かべる。

 

「父上に……友人が居たなんて……天変地異が起こるぞ!」


 リュウエンは、ふざけてなどおらず大真面目にそう叫ぶ。

 ……実の娘にこんなこと言われるなんてよっぽどだぞ。

 俺がチラリとリュウホウの方を見ると、奴はそっぽを向く。


「お、我は王だからな。友人は選ばれた者だけなのだ」


 リュウホウはそう言うが、奴の声は震えていて強がりだというのがよく分かった。


「リュ、リュウエン! それで、お前は何用だ! 我は今、久方ぶりの友人をもてなすのに忙しいのだぞ!」


 俺の視線に耐えられなくなったのか、リュウホウはゴホンと咳払いをしながら誤魔化すように叫ぶ。


「あ、そうでした。父上! なぜ、私を戦場に連れて行ってはくれなかったのですか!」


 戦場……とは、先程のドラゴ族との戦闘の事だろうか?


「馬鹿者。貴様は我の娘なのだぞ? お前の立場を考えれば、戦場に出るなどもってのほかだ」

「父上だって戦場に出ているではありませんか!」

「我はいいのだ。何故なら、我だからな!」

「ぐっ……相も変わらず意味不明な事を……っ」


 うん、それには俺も同意する。

 ウロボロスどころか、初対面のはずのアウラまでウンウンと頷いている。


「そ、そんな意味不明だから父上には友人が居ないのです!」

「ばっ……! いいか? 我には友人が居ないのではない! あえて作らないのだ! 王とは孤高なる存在。友人を多く作ればいいというわけではない! 真に信頼できるものが少数居ればいいのだ!」

「声が震えてますよ、父上!」

「むぐ……っ」


 すげぇ、あのリュウホウに言い返してる。

 基本的に、リュウホウとの口喧嘩で俺は勝った事が無い。

 なぜなら奴はいつも自分理論に従っているから常識が通じないのだ。

 そんなリュウホウと対等に口喧嘩出来るリュウエンは、やはりリュウホウの娘なのかもしれない。


「とにかく! 我にも勝てないような貴様では戦場に出る事などならない! いいな!」


 なんていう無茶な事を仰る。

 現在、リュウホウとガチで戦って勝てる奴が果たしてこの世界に何人居るというのだろうか。

 それにしても、あのリュウホウがここまで感情的になるのも珍しい。

 やはり、自分の身内相手だと違うのだろう。


「父上の……ぼっちー!」

「誰がぼっちだ!」


 リュウエンは、目に涙を溜めると捨て台詞を吐いて走り去ってしまう。 


「……ふー。すまないな、ムクロ、ウロボロス」

「いや、俺は別にいいんだけどよ。放っておいていいのか?」

「構わん。奴は、我の娘だぞ? これくらいで潰れるわけが無かろう」


 相変わらずどこからそんな自信が湧いて来るのか分からないが、どうやらいつものリュウホウに戻ったようだ。


「それにしても驚いたわー。まさか、リュウホウちゃんにあんな可愛い娘さんが居るなんて」

「まったくだ」

「まぁ、我は龍華族の長だからな。いつまでも独り身というわけにもいくまい。奴の母は……病気で数年前に亡くなってな。奴には寂しい想いをさせてしまっているとは思っている」


 おう……まさかのヘビーな話である。

 あの子は見た所、十五、六くらい。数年前って言うからには大体小学校くらいの年で母親を亡くしていることになる。

 ……それでも、あんなに逞しく育ったのはひとえにリュウホウの努力の賜物だろう。

 俺なら絶対荒んでいる自信がある。


「というわけで、リュウエンの為にも新しい母は必要だ。どうだ、ウロボロス?」

「おい」


 さっきまでのしんみりムードを返せよ。


「うふふ、考えておくわー」


 対して、ウロボロスは奴の台無し口撃に何かの反応を示すでもなく、さらりとかわす。


「……まぁいい。さっきはリュウエンのせいで途中になったが話を戻そう。折角の再会だ。今日はお前達の為に宴を開こうと思う。だから、今日は泊まっていけ」


 泊まっていってくれ、ではなく命令口調なのはやはりリュウホウらしいと言えよう。

 ここ最近、宴続きで少し飽きてきたところなのだが、暴食の権化であるウロボロスには無関係で、ひたすらに目を輝かせているのだった。

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