第84話
「塵も残さず燃え尽きろ!」
ドラゴ族の一人が身の丈もある大剣を振るえば、刀身からは炎が燃え上がる。
「ぎゃあああああ!」
大剣が俺を真っ二つに斬り裂けば、そこから炎が発生し俺の全身を焼き尽くす。
普通の炎ならまだしも、これは魔力を帯びた炎。
当然、俺の額の宝石も燃えてしまい俺は形を保っていられず灰となり崩れ落ちる。
「くはははは! 弱い、弱すぎる!」
「ふん、愚かな」
大剣を肩に担いで高らかに笑うドラゴ族の男に対し、リュウホウはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「何?」
「その力は、あくまで武器の力だ。お前自身が強くなったわけではない。勘違いするなよ? 雑魚下郎が」
リュウホウの歯に衣着せぬ物言いにドラゴ族の男は眉を吊り上げる。
「ならば! 貴様自身が身を持って知るがいい! 本当に俺が弱いのか!」
ドラゴ族の男は、大剣を軽々振り回すとリュウホウに向かって斬りかかる。
しかし、リュウホウは特に慌てることなく自身が右手に持っていた剣を軽く振る。
すると、ドラゴ族の男が持っていた大剣はまるで最初からそうだったかのようにバラバラになり刀身が地面に散らばる。
「な……に?」
「なんだ、随分脆い武器だな。確かに、武器が強かったわけではないらしい。悪かったな、下郎」
リュウホウがそう言うと、ドラゴ族の男はキッと睨む。
「貴様! 貴様こそ、武器に頼っているではないか! そんなロングソード如きが大剣を斬り裂くなど聞いたことがないぞ! どうせそれも魔法武器なのだろう!」
「……何を言っているんだ? これは、魔力を持たない普通の剣だぞ? 我は王だぞ、これくらいの芸当出来て当然だ」
リュウホウはそう言うと、右足で相手の顎を蹴り上げる。
「……ガッ!?」
ドラゴ族の男は、そのまま勢いよく地面に倒れ込み気を失ってしまう。
「ふん、実力の差も測れぬ雑魚が」
あっさり倒れ込む男を見て、リュウホウはつまらなそうに吐き捨てる。
「……それで? 貴様は、一体いつまで死んだふりをしてるつもりだ?」
「あ、やっぱバレた?」
リュウホウがジロリとこちらを睨んできたので、俺は復活をする。
「我を誰だと思っている。それくらい察知できなくて何が王だ」
いや、普通は察知するのは王の資格では無い気がするんだけど。
死んだふりをして、リュウホウに全部任せようと思ったのだが、これ以上やると怒られそうなので真面目にやる事にする。
「それにしても……まじで魔法武器だな。どうなってんだ、これ?」
伸びている男を尻目に、俺は地面に散らばっている刀身の欠片を拾い上げる。
今でこそただの鋼だが、わずかながらに魔力の残滓が残っている。
最初は、魔法武器に見せかけたただの魔法かと思ったが、この様子だとマジモンの魔法武器っぽい。
「それが分かったら苦労せんわ。奴らがどこで仕入れているかは分からんが……まったく面倒この上ない」
魔法武器や魔法防具は、数が少ないわけではないが一ヶ所にこんだけの数が集まって良い代物でも無い。
明らかに数がおかしい。
「そもそも……だ。なんでドラゴ族が攻めてきてるんだ? 確か、お互いに不可侵条約を結んでたはずだろ?」
龍華族とドラゴ族は、大まかなカテゴリでは一緒だが実際は仲が悪い。
これまでも何度か小競り合いがあったそうだが、リュウホウの代になってからは不可侵条約を交わし、その小競り合いもなくなっていたはずだ。
それが、今になってこんな大規模に攻めてくるなんて考えられない。
「これはあくまで我の予想にすぎないが……扇動した奴が居るのだろう。今のドラゴ族を治める男は単純らしいからな。口車に乗せられたと考えられる」
「そいつ自身が事を起こしたって事は?」
俺がそう尋ねると、リュウホウは首を横に振る。
「いや、一度徹底的に奴を叩き潰しているからな。奴は、我に歯向かおうだなんて考えないはずだ」
うわぁ……ご愁傷様。
リュウホウはウザい野郎ではあるが、七罪の一人だけあって実力は本物だ。
例えドラゴ族の長であろうと、象とアリ程の実力差がある。
そんなリュウホウに叩き潰されたとなると、それはもう完全にトラウマである。
……確かに、そんな事があったなら底抜けの馬鹿じゃない限り二度と喧嘩を売ろうなんて思わないだろう。
「誰かは分からないが、その扇動した奴が武器も手配しているのだろう」
「ソイツに心当たりは?」
「いや……どいつもこいつも知らないの一点張りでな。知っているのは長だけらしい」
ふむ……。
「じゃあ、その長とやらをふん縛って聞きだせばいいわけだな?」
「ああ、だが奴は戦場に出てこない。こちらから攻め込もうにも我が留守にしてる間に里を襲われては一溜りも無い。かといって、我以外がドラゴ族の里に行っても返り討ちにあう」
「なるほど、結局は現状維持になってるってわけか」
俺がそう言うと、リュウホウはコクリと頷く。
ドラゴ族を唆した黒幕、ねぇ……。一つだけ心当たりがあるっちゃある。
が、例え合ってたとしても目的が分からんな。
「なあ、リュウホウ。俺さ、心当たりが一つあるんだけど」
「ふむ? ……その心当たりを是非とも教えて欲しいところだが……」
リュウホウはそう言いながら周りをチラリ見渡す。
「……どうやら、先に片付けないといけないらしいな」
俺も周りを見渡すと、そこには殺気立ったドラゴ族の奴らが俺達を囲んでいた。
どいつもこいつも魔力を帯びた武器や防具を身に着けている。
「ムクロ、今度死んだふりをして我に丸投げしたらただじゃおかないからな」
「はいはい、真面目にやりますよっと!」
俺はそう言うと、不意打ち気味に魔法を発動する。
「
懐かしの昏睡魔法の強化版である
俺の体から巨大な複数の真っ黒な大蛇が現れると俺達を囲んでいたドラゴ族に喰らいつく。
普通の
そのかいあって、大蛇に噛まれた奴らは声を上げる暇すらなく昏睡状態に陥る。
「……相変わらずチートだな、ムクロ」
その様子を見ていたリュウホウがポツリと呟く。
……いやー、リュウホウも負けず劣らずチートだと思うんだけどな。
俺は、内心そうツッコミを入れるのだった。
●
「うーん、戦況芳しくないなぁ」
ここはドラゴ族の里。
長から戦況を聞いた人物……十二、三歳くらいの少年は、さして困った風でもなくそう呟く。
「ボク、結構武器や防具を貸してるよね? なんで、それで未だに龍華族の里を落とせないの?」
「そんな事言ったってよぉ。あそこにはリュウホウが居るんだから、そう簡単にいかねーんだわ」
少年の言葉に対し、男は首を横に振りながらそう言う。
男は逆立つ金髪に、頭から二本の巻角を生やしている。右目には大きな傷があり、右側の角も先端が欠けていて歴戦の猛者を彷彿とさせる。
「たしか、七罪の王だっけ? でもさ、いくら強いって言っても大勢で囲めば倒せるんじゃないの?」
「それが出来たら苦労しねーよ」
男の言葉に、子供はふーんと興味がなさそうに答える。
「ねぇ、
少年は、自分の隣に居る栗色の髪を肩で切り揃え女の子に見紛いそうな見た目の少年に話しかける。
「そうだね、
対して、話しかけられた少年は自分と同じ容姿の少年へと答える。
(……ちっ、相変わらず薄気味悪いガキどもだ。今は、利用してやってるがいずれは何とかしないとな)
そんな少年のやり取りを見ながら、ドラゴ族の長……リンドブルムはそんな事を思う。
リンドブルムのもとへ少年達がやってきたのは三ヵ月前。
魔法装備を貸してやるから龍華族の里を落とせというものだった。
リンドブルムとしても、リュウホウには恨みがあるので願ってもない事だった。
何か目的があるらしいが、リンドブルムにとってはどうでも良い事だ。
ただリュウホウに一泡吹かせればいい。それがリンドブルムの今の願いである。
「あ、そうだ。リンドブルムさん」
「なんだ?」
「そのリュウホウって人にさ、何か弱点とかない?」
「弱点?」
少年達が何を言いたいのか分からず、リンドブルムは首を傾げる。
「出来れば、身内とかがいいかな。そういうの知ってたら教えて欲しいんだけど……」
「……てめぇら、一体何をする気だ?」
リンドブルムの言葉に、少年達はニヤリと笑う。
「何って、とっても楽しい事だよ。ねぇ、ジェミニ?」
「うんうん、これはリンドブルムさんの為にもなる事なんだ。ねぇ、ジェミニ?」
無邪気に笑いながらそう言う少年達に、歴戦の戦士であるはずのリンドブルムは、うすら寒い何かを感じ取り、ブルリと震えるのだった。
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