第82話
「それじゃ、シグマリオンの事は頼んだぞ」
「ああ、任せておいてくれたまえ。ムクロ君達が来るまで我々が責任を持って預かっておこう」
村の入口で、俺とディオンがそんな会話をする。
シグマリオンの事なのだが、流石にタピールと同じように倉庫に入れるわけにはいかなかったので、ディオン達のもとに預けることにしたのだ。
連れて行くにも、あまり大人数なったりしても面倒だしな。
シグマリオン自身、もう反抗する気も無いみたいだし、信用できるディオン達に預けようって訳だ。
なので、シグマリオンはこのままディオン達と一緒に王都へと行くことになる。
「そんじゃ、シグマリオン。大人しくしておけよ? また何か騒ぎを起こせば、俺達も庇い切れないから」
「はい、それはもう分かってます。俺みたいなのを拾ってもらうだけで、感謝しています」
すっかりしおらしくなったシグマリオンは、ぺこぺこと頭を下げながらそう言う。
「よし、そんじゃまぁ出発だ」
「はぁい」
「わかったー」
俺の言葉に、ウロボロスとアウラが返事をする。
思わぬ所で時間をくってしまったので、少しばかり急ぐ必要がある。
リュウホウの住んでいる場所が変わっていないのなら、急げば一週間と掛からずに着くはずだ。
ウロボロスとアウラが馬車に乗ったのを確認すると、俺は馬車を出発させるのだった。
◆
それから、俺達は特に何事もなく旅路を進める。
途中、盗賊に何度か襲われたがそんなのは、トラブルの内に入らない。
そんな感じで進んでいると、やがて周りの風景は緑に溢れた景色から岩がゴツゴツしている荒野へと変わってくる。
リュウホウを始めとした種族は、こういった所に住むのを好むので近づいてきている証拠だ。
「ムクロ兄様ー……まだつかないのー?」
いい加減飽きてきたのか、アウラは俺の周りを浮遊しながらつまんなそうに文句を言う。
「もうちょっとの辛抱だから我慢して、ね? 俺の記憶が正しければ、そろそろのはずだから……」
といっても、もう何十年も前だから実は記憶が少しおぼろげだったりするのは内緒だ。
そんな事を正直に告白したら、アウラの我慢の限界が来るかもしれない。
「私も、そろそろ空腹が限界よぉ。ねぇ、ムクロちゃーん」
「ウロボロスは自業自得でしょ」
お腹をさするウロボロスに、俺は冷たく言い放つ。
というのも、結構な量の食糧を買い込んだのだが、ウロボロスが一日中食っちゃ寝を繰り返しているせいで、底を尽きかけているのだ。
そこら辺は、ウロボロスが暴食を司っているせいでもあるので、なんとも言えない。
「ぶーぶー! お腹空いたお腹空いたー!」
俺の態度が不満だったのか、ウロボロスはまるで子供のように駄々をこねる。
「ああもう! ウロボロスの下半身は破壊力高いんだから、そんな暴れないでよ!」
そんなビッタンビッタンと尻尾を動かしてたら、いくら頑丈な馬車とはいえ、ただじゃ済まない。
「やだもう、ムクロちゃんったら。私の下半身の破壊力が高いとか、爬虫類フェチなの?」
「そっちの意味じゃねーよ!」
って、このやり取り前にもやった記憶があるぞ。
なんなの? この世界の人は、相手の言葉を曲解する習性でもあるの?
翻訳魔法は、もう少し仕事をしてほしいものだ。
「ったくもう……ん?」
俺はため息をつきながら前を向くが、すぐに違和感に気づく。
「……ウロボロス」
「うん、何人か……こっち見てるわねぇ……」
腐っても七罪。
ウロボロスも気づいたのか、暴れるのをやめて小声で答える。
唯一、アウラだけがキョトンとしながら首を傾げていた。
「どうしたの? ムクロ兄様」
「シッ! 何人かがこっちを監視してるんだ」
俺は人差し指を立てて、アウラに静かにするように促す。
誰かは分からないが、敵意やら殺気やらがビンビンで穏やかな空気でないのは分かった。
ディオン達と会ったあの村と同じ空気である。
「……また厄介事かぁ」
俺は、盛大にため息をつく。
何なんだろうね? もう少し、平和に事が運ばない物だろうか。
俺はただ、平穏が欲しいだけなのに。
「さてさて……奴らは一体、何者なのかねぇ……」
とりあえず、監視はしているが手を出してくる様子は無いので、俺達は気づかないフリをしながら馬車を進める。
そして、谷に入ろうとした所でそれはついに起こった。
「まて、貴様ら!」
俺達の目の前には数人の男達が立ちはだかる。
男達は、全員が中国の拳法着を彷彿とさせる中華的な服装をしていた。
そしてウロボロスと同じ爬虫類のような琥珀色の瞳。真っ赤な炎を連想させる赤い髪からは、龍――ドラゴンではなく龍の角が二本、生えていた。
「ここから先は、我らが龍華族の土地。余所者が入る事、まかりならん!」
やっぱり龍華族か。
服装や見た目から予想はある程度ついていたが……分からない点がある。
龍華族は、人気の無い土地に住むのを好むが排他的ではない。
むしろ、旅人などには優しいくらいだった。
しかし、実際は敵意剥き出しで、今にも襲ってきそうである。
「なぁ、俺達は別に争いに来たわけじゃないんだ。リュウホウに会いにきただけなんだよ」
俺がなるべく穏やかな口調でそう言うと、ざわりと龍華族の男達がざわめきだす。
……なんだ?
「貴様! リュウホウ様に何の用だ! まさか、ドラゴ族の手先か!」
ドラゴ族……というのは、龍華族が東洋のドラゴンなら、ドラゴ族は西洋のドラゴンである。
大まかなくくりでは同じだが、見た目や習性などは違ってくる。
「いや、俺と……こっちのウロボロスはアイツの知り合いというか友達みたいなものだ。だから、通してくれると助かるんだけど……」
俺の紹介に対し、ウロボロスは笑みを浮かべながら軽く手を振るが、龍華族の敵意は増すばかりだ。
「言うに事を欠いて、リュウホウ様の知り合いだと? 貴様ら……嘘をつくなら、もう少しマシな嘘をつくんだったな……」
まぁ、いきなり知り合いだと言っても信じてもらえるわけないわな。
ちょっとしくじったな。こんな事なら、ウロボロスに最初から任せるべきだった。
「リュウホウ様に……知り合い、ましてや友達など居るはずがないだろう!」
俺が対応を間違えて後悔していると、龍華族の一人がそう叫ぶ。
「……そっちかよ!」
「あの性格だぞ? 確かに、我らが当主としての才覚やカリスマはあるが、あの性格だぞ! 友達など出来るはずがない!」
男のセリフに、他の男達も同意するようにウンウンと頷いている。
……うん、なんていうか……あれだ。
「ムクロちゃん……リュウホウちゃん、まるで変ってないみたいねぇ」
まさしく俺が言いたかった事をウロボロスが代弁してくれた。
「そんな、居もしない友人を騙るなど、ますます怪しい! 貴様ら、奴らをひっとらえろ! ドラゴ族の手先である可能性が高い!」
「「応!」」
男……多分、こいつがリーダーなのだろう。そいつの号令で、周りに居た男達は武器を構える。
トンファーに三節棍に、九節鞭、青龍刀と中華武器が目白押しだ。
地球でも見かけた武器に、少しだけ「おっ」となるが、今は感心してる場合ではない。
「シャァ!」
「うぉっと!?」
少し気が緩んだ隙に、男の一人が三節棍で攻撃してくる。
三節棍とは長さ五十~六十cm、太さ四~五cmほどの三本の棒を、紐や鎖で連結した武器で多節棍などとも呼ばれていて振り回して、相手を殴打する武器である。
「ムクロちゃん!」
「ムクロ兄様!」
「ウロボロス達は手を出すな!」
俺は、三節棍を辛うじて避けながら二人にそう叫ぶ。
俺達は戦いに来た訳では無い。俺だけならともかく、ウロボロスまで参戦してしまったら、それはもう後に引けない戦いになってしまう。
俺の知ってる龍華族なら、女にまで手荒な事はしないだろう。
「女を身を挺して庇うなど、敵ながら天晴! だが、手加減はせん!」
「あばっ!?」
三節棍を避けた隙に、横から飛んできた鎖分銅で、俺の右腕はあっさりと折れてしまう。
くそ、俺は後衛職だから肉弾戦は苦手なんだよ!
魔法を使おうにも、俺は手加減が苦手だから、うっかり使えばこいつらはたちまち肉塊になってしまう。
「はぁ!」
「しまっ……」
などと考え事をしていると、また別の方向から飛んできたトンファーによって、俺の額の宝石が砕かれる。
瞬間、俺の体は砂になりサラサラと崩れ去る。
「ムクロ兄様!」
その光景を見たアウラから、悲痛な叫びが聞こえる。
「お前……何を殺しているんだ……! 奴は、大事な情報源だぞ!」
「ち、違う! 俺はただ、気絶させようとしただけで殺すつもりは……」
などと、龍華族からも同様の声が聞こえる。
「あー、君達。そんな焦らなくてもいいよ。俺って不死身だから」
俺はすぐさま復活すると、慌てている龍華族達を安心させてやる。
「復活しただと!?」
「まさか、不死身なのか?」
「馬鹿な……不死身な人間など聞いたことが……」
ああ、そっか。
龍華族の里が近いから、警戒させないために人化の秘法を使ったままだったな。
「ああ、俺って人間じゃないんだよ、ほら」
俺はそう言うと、人化の秘法を解いて骨の姿になる。
「スケルトン……?」
「Noスケルトン。あいあむリッチ。そっちのリュウホウと同じ七罪の一人だ。ついでに言うと、そっちのウロボロスも七罪の一人だ」
「七罪……だと?」
俺の言葉に、周囲がざわめく。
ただ七罪だと言っても信じてもらえなかったかもしれないが、たった今俺は不死身っぷりを披露した。
不死身は、この世界ではレア特性。それを持っているだけでも、奴らに信じさせる証拠となる。
「にわかには信じ難いが……七罪かどうかは別として、貴様らは、本当にリュウホウ様の知り合い、なのか?」
「ああ」
俺は、男のセリフにコクリと頷く。
すると、龍華族の男達は丸くなって何やら相談を始める。
少し待っていると、全員がこちらを向き、リーダーっぽい奴が口を開く。
「不死身が相手では、我々では分が悪い。もし、抵抗せずに捕まるというのであれば、リュウホウ様に会わせよう。どうだ? 勿論、こちらも手荒な真似はしない」
「俺は別にかまわない」
「私も大丈夫よぉ」
「私もいいよー」
どうやら満場一致のようだ。
「……ならば、ついてくるがいい。おい、奴らを縄で縛れ、魔封じの印も忘れるな」
「「はっ」」
こうして俺達はロープでぐるぐる巻きにされ、龍華族の里へと向かうのだった。
あ、ちなみにアウラは霊体なので縛れなかったが、さすがに少女をどうこうするのは気が引けたのか、特に何もされなかった。
くくく、馬鹿め! 少女と思って油断しやがって。
「ムクロちゃん……それ、凄い悪役っぽいわよ?」
「人の心を読むんじゃありません」
気分という奴だよ気分
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます