第81話

「ムクロ君、イニャスを救ってくれてありがとう」


 イニャスを連れて村に戻り、事の顛末を伝えるとディオンは深々と頭を下げてくる。

 ちなみに、イニャスはファブリス達と一緒に村の警備に向かっている。


「ああもう、イニャスにも言ったけど気にしなくていいんだってば」


 そもそも、こちらとしても打算があって引き受けたわけだし。

 まあ、ほとんど何にもやってないけどな!

 俺達がしたことと言えば、眠ってた奴を起こしただけである。


「だが……」


 ディオンは納得がいかないと言った表情を浮かべる。

 もう、ディオンはまっすぐな性格の持ち主で俺も嫌いじゃないのだが……こういう融通が利かないところは何とかした方が良いのではないだろうか。


「つもる話もあるでしょうが、先に食事にしましょう」


 俺達が話していると、例の若い村長が料理を持ってやってくる。

 今、俺達が居るのは村長の家だ。彼の家が一番広いので、集まるのに適しているのである。


「わぁ、良い匂いねぇ~」


 ウロボロスは、ヒクヒクと鼻を動かしウットリとする。

 村長が料理をテーブルに並べていくと、確かに良い匂いが漂ってくる。

 料理は、主に肉料理が多く、焼きあがったばかりなのかジュージューと非常に食欲をそそる音が鳴っている。

 エルフの里の料理も美味そうだったが、ここの料理も負けていない。


「美味そうだけど……誰が作ったの? 村長さん?」


 俺がそう尋ねると、ディオンと村長は意味深に顔を見合わせる。


「ふふ、それは食べてからのお楽しみです。まずは、食べてみてください」

「食べた瞬間、きっと驚くと思うぞ。ボク達も驚いたからね」


 ふむ。随分ともったいぶるんだな。


「ムクロちゃん! もう食べてもいいかしら!?」


 俺の隣に居たウロボロスが、息を荒くしながら詰め寄ってくる。

 顔が綺麗なだけに、こんだけ近いと慣れていてもやっぱり緊張してしまう。

 ……が、すぐにウロボロスの腹から聞こえてくる凶悪な空腹音にすぐに冷静になる。


「ムクロちゃん! ねぇ、良いでしょう? 早く欲しいの!」

「食べ物ね。食べ物が欲しいんだよね? ちょっと、誤解招くような言い方はやめようか。……ほら、食べて良いから」


 レムレス辺りが聞いたら、恐ろしい追及が来そうセリフを吐くウロボロスに俺はGOを出す。


「うふふ、いただきま~す!」


 ウロボロスは満面な笑みを浮かべると、肉厚なステーキにフォークを刺し一切れを口の中に放り込む。


「……」

「……どうした?」


 ステーキを口の中に放り込んだウロボロスが、無言で固まっているので俺は不思議に思いながらも話しかける。

 

「んまーい! なにこれぇ!? すっごく美味しいわぁ!」

「うぉ!?」

 

 しばらくフリーズしていたかと思えば、ウロボロスは目を輝かせながら唐突に叫ぶ。


「中までじっくり火が通っていて、肉とは思えないようなふんわりとした歯応え! それでいて、豊潤な味わいが口の中いっぱいに広がっていく……ああ、美味しすぎて服が脱げそう……!」


 どういう理屈やねん。

 しかし、あのウロボロスがここまで絶賛するのならば、少し気になってくる。


「どれどれ……」


 俺もステーキをナイフで切り分けて、フォークで一切れを刺し口の中に入れる。


「……っ」


 口に中に含んだ瞬間、脳天をガツンと叩かれたような衝撃が走る。

 美味い。まさにその一言に尽きる。

 俺は、スゥっと息を思い切り吸い込み……。


「うーーーまーーーいーーーぞーーー!」


 大声でそう叫ぶ。

 

「ははは、どうやら気に入ったようだね」


 俺とウロボロスの様子を見て、ディオンは満足げに頷く。


「火の通し方と言い、調理と言い完璧だ。まじで、これ一体誰が……?」

「……きっと驚きますよ。入ってきなさい」


 村長がそう言うと、キッチンの方からのそりと人影現れる。


「お、お前は……」

「どうもです……」


 俺は、キッチンから現れた人物に驚愕する。

 そいつは……ディオンが一度倒した偽暴食の……シグマリオンだった。



「――という訳なんだよ」

 

 ひとしきり驚いた俺達は、ディオンから事情を聞いていた。


「なるほどねぇ。こいつにそんな特技が……」

「へ、へへ……元々、食うのが好きだったんで……それが高じてって奴です」


 俺がチラリとシグマリオンの方を見れば、奴は照れくさそうに頭をポリポリと掻く。

 ディオン曰く、シグマリオンに得意な事を聞いたら料理と答えたらしい。

 んで、料理をさせたらびっくり。王都の三ツ星シェフも驚きの腕前だったそうだ。

 現在は、この村で料理人として罪滅ぼしをしてるらしい。

 ……人間、見かけにはよらないものである。人間じゃないけど。


「はぁ、ホント美味しいわぁ……」


 ウロボロスは、ウットリとした表情で料理を食べ続けている。


「良いなぁ、皆ばっかり。私も食べたい!」

「アウラは幽霊だからなぁ……」

「ブーブー!」


 俺の言葉に、アウラは空中で駄々をこねる。

 ……まぁ、美味しい料理を目の前にして食べれないってのは確かにきついしなぁ。

 もしこれがウロボロスなら、発狂ものである。

 

「……確かに料理は美味しいです。ですが」


 賑やかな空気の中、村長が口を開くと途端に真剣な雰囲気に切り替わる。


「食糧の被害にあった者は、彼を受け入れつつあるのですが……やはり、彼に身内が殺された者からすれば」

「許せないだろうねぇ……」


 しかも、目の前で喰われたりされてるのならば尚更だ。

 たかが料理くらいで許されるはずもない。

 一応、ディオンの顔を立てて許可はしたが、そもそもうまく行くはずが無いのだ。

 今は、ディオン達が居る事で村人達も我慢できるだろう。

 だが、彼女達が居なくなればすぐに不満は爆発し、不幸な事件が起きてしまうのは想像に難くない。


「私も、父を殺されてはいますが……彼からは謝罪の気持ちが感じ取れます。今はまだ無理ですが、いつかは許せると思っています。ですが、やはり無理があるでしょう。ディオン様達も、いつまでもこの村に居る訳では無いですし」

「……」


 村長の言葉に、ディオンは暗い表情を浮かべる。

 ……ま、お綺麗な思考のディオンからすれば、辛い話だわな。

 綺麗事だけでこの世が進んだら苦労はしないのだ。しかも、怨恨関係なら尚更厳しい。


「私としては、この村に居ても構わないのですが……出来れば去ってほしい、というのが村の総意です」


 村長は、ギュッと拳を握りながらそう言い放つ。

 彼としても、ディオンの前で言うのは辛いのだろう。なにせ、恩人の提案を無碍にすると言っているのだから。

 肝心のディオンは、先程から無言を貫いている。

 ……さて、どうしたもんかねぇ。


「だったら、私達の国にいらっしゃいな」


 俺が腕を組んで唸っていると、ウロボロスがそんな事を言いだす。


「……え?」

「私達の国には、まだ料理人が居ないから大歓迎よぉ? 貴方なら、私達の国の趣旨にも沿ってるしね?」


 ……確かに、シグマリオンなら条件に当てはまるだろうな。


「い、良いんですか?」

「良いの良いの! ね、ムクロちゃん」

「まぁ、シグマリオンが良いなら俺は構わないが……村長はどうだ? あんたらの仇を俺らで引き取っても構わないか?」

「それは……一等級の冒険者様が引き取ってくださるなら、私共は構いませんが」


 俺とウロボロスの言葉に、村長はそう言う。


「なら、これで貴方もはれて私達の国の住人よぉ! うふふ、これからあの国で美味しい料理が食べ放題……」


 ウロボロスは、将来の事を想像し涎をダラダラと垂らす。


「あの……私としては、歓迎してくれるのはありがたいのですが……何故、ですか?」

「何故……とは?」


 俺が問い返すと、シグマリオンは言いにくそうにする。


「ほ、ほら……私、暴食を偽っていたじゃないですか。なのに、なんでかと思いまして……」


 あー、なるほど。

 シグマリオンからすれば、自分を騙ってた奴を何で引き入れたのか不思議なのか。


「あら、そんなの簡単よ」


 俺がチラリとウロボロスの方を見ると、彼女は豊満な胸をはりながら口を開く。


「料理が美味しいからよ! 貴方の料理が食べたい。私にとっては、それだけで歓迎する理由になるわ」


 ……うん、なんともウロボロスらしい理由である。


「……ま、そういうわけだから。よろしく頼むぜ、シグマリオン」

「は、はい!」


 最初は呆気に取られていたシグマリオンだったが、やがて元気よく返事をするのだった。

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