第80話
「国……なんだな?」
俺の提案に、タピールが首を傾げながら尋ねてくる。
「ああ、ちょっと変わった国でな。他で鼻つまみ者になってる奴らを集めた楽園にしたいと思っているんだ」
これは、アルケディアを建国した時から思ってた事だ。
基本的に外から見れば認識されない国、というのはかなりの強みである。
そこへ、俺のように静かに暮らしたいのに取り巻く環境のせいで上手くいかない奴らを集めてはどうだろうかと考えたわけだ。
タピールも、本当は静かに寝ていたいだけなのにどっかのスカポンタンのせいで周りに迷惑をかける存在になってしまった。
身内のしでかした不始末でもあるので、俺が尻ぬぐいをすべきだろう。
「アルケディアって言うんだけどな、元が元だけに魔力も申し分ないと思うぜ」
「んだども、おいらは寝るだけで周りも寝ちゃう特性を発揮しちゃうんだな」
「それも大丈夫だ……多分」
タピールの特性の効果範囲などは分からないが、さっきも結界で何とかなっていたし、国に戻った時に調べればいい。
「どうだ? お前も、好きなだけ寝たいだろ?」
「……」
タピールは、細い目を更に細めながらしばらく考え込む。
「……」
「…………おい?」
あまりに長い沈黙なので、もしやまた寝てしまったのではないかと思い話しかける。
「……分かったんだな。お前達の国とやらに行くんだな」
タピールは目を開くと、そう答える。
「お、そうか。なら……歓迎するぜ、タピール。ウロボロスとアウラもそれでいいよな?」
「私は大丈夫よ~。元々、タマモちゃんのせいだしね~。歓迎するわ、タピールちゃん」
「うん、私も歓迎するよ!」
ウロボロスとアウラも、どうやらタピールを歓迎してくれるようだ。
「よろしくなんだな」
うむうむ、何とか丸く収まってよかった。
正直、戦闘も覚悟していたのだが何事も無くて良かった。平和に解決するのが一番だからね。
「あっ、ねぇムクロちゃん」
「んー?」
「タピールちゃんって、国の場所知らないけどどうするの?」
ああ、それかー。正直、一度国に戻るというのも考えたが、行ってまた帰ってくるという手間を考えると凄く面倒だ。
それに、俺達はリュウホウに会いに行くという目的もあるので、タピールだけを置いていくことになる。
奴が寝れば、またあの強烈な眠気に襲われる呪いが発動してしまうので、師匠達が戻って来た時にトラブルが起こるかもしれない。
いや、師匠なら絶対起こす。
……なら、タピールも一緒に連れて行くべきなのだが。
「うーん、どうしたもんかなぁ。なぁ、タピール、お前は移動とか大丈夫か?」
「正直、面倒だから楽に移動したいんだな」
うむ、やはりこいつとは話が合いそうだ。
「ムクロちゃん、あれはどう?」
俺がどうしたもんか悩んでいると、ウロボロスが話しかけてくる。
「あれ?」
「ほら、なんだっけ~。あれよあれ」
お前は熟年夫婦か。
あれで分かるほど、俺は察しが良くない。
「あ、思い出した。
……ああ、あれか。
以前、オルカ達を運ぶのに使った異空間倉庫だ。
確かに、あれなら重さも大きさも関係ない。
だが……。
「あれは、中で時間が止まるわけじゃないから生物はあんまオススメしないぞ」
しかも、あれは時間や方向の感覚が一切ないから常人なら精神に異常をきたしてしまう。
それで、盗賊の時に失敗したしな。
「あ、そうかー。行けると思ったんだけどね~」
俺の答えに対し、ウロボロスはシュンとしてしまう。
「……おいら、それでも大丈夫なんだな」
「え?」
「おいら、どうせ寝てるだけだし寝てる間は一切食事も要らないから大丈夫なんだな。魔力さえあれば、いくらでも寝てられるし」
まぁ、実際に長期間寝てたみたいだしなぁ。
魔力に関しても、魔法で作り出した空間なので問題ないだろう。
少々魔力の消費量が増えるかもしれないが、大丈夫だと思う。
「……じゃあ、入るか?」
俺が尋ねると、タピールはコクン頷く。
タピールが同意したのを確認し、俺は
「どうだー?」
「……うん、これくらいなら問題ないんだな。どうせ寝てるだけだから」
ふむ、ならしばらくはこれで移動するか。
一応、定期的に確認はしないとな。
そんな事を考えていると、タピールの寝息が聞こえてきた。
途端、猛烈な眠気に襲われたので俺は慌てて倉庫を閉じる。
そもそもが別の空間なので、閉じてしまえば影響がないのかすぐに眠気は無くなる。
「……あれ、もうずっと倉庫でいんじゃね?」
思わぬ解決に、俺はそんな事を呟くのだった。
◆
タピールの件が片付いた後、俺達は村長の家へと案内されていた。
「この度は本当にありがとうございました」
目の前の金髪で美形の二十代くらいに見える男のエルフがペコリと頭を下げる。
どうやら、こいつが村長らしい。
御年二百歳らしいが、とてもそうは見えない。
若々しく美形で、流石はエルフといった所か。
ちなみに、エルフの平均寿命は三百歳くらいだ。
「いえいえ、俺達は何にもしてませんよ」
あいつが勝手に起きただけだしな。
「それでも……お礼を言わせてください。我々では、あの眠気に抗えず……このまま永遠に眠り続ける所でした」
村長エルフはそう言うと、自分の体を両腕で抱きしめぶるっと震える。
有り得たかもしれない未来を想像し、怖くなったのだろう。
「わ、私からもお礼を言いますぅ。ムクロさん達は、私達とな、何の関係も無いのにた、助けてもらって、あ、ありがとうございました」
まあ、実際は打算が絡んでるんだけど、わざわざ水を差すほど俺も野暮では無い。
「いやいや、人として困ってる人を放っておけなかっただけだよ」
お前は人じゃなくて魔人だろ、っていうツッコミは受け付けない。
一応人型なので、人という括りで良いはずだ。
「ム、ムクロさん……」
俺の言葉に、イニャスは目尻に涙を浮かべながら笑みを浮かべる。
……うむ、やはりエルフは可愛くていいな。
可愛い女の子が涙目になるとか、たまらんね。
「それにしても……壮観ですね。七罪の内、二人の方がいらっしゃるというのは」
俺がイニャスの姿に萌えていると、村長エルフが話しかけてくる。
「ウロボロス様は温厚な方と聞いていましたが……ムクロ様も、大変お優しいんですね。七罪は、基本的に触れてはいけない存在……恐ろしいものだと認識していましたが、今後は改めます」
いやまぁ、俺は元人間だからだし、ウロボロスは特殊な例だ。
他の奴ら……物理では師匠。思想では現在進行形でタマモが危険である。
後は、まぁ……軒並み危険だ。
「俺とウロボロスが特殊なだけなので、あまり俺達をアテにしない方が良いですよ。七罪には基本関わらない方が身のためです」
これで信用してしまい、他の七罪とトラブルが起きてしまったら俺の目ざめが悪い。
「ふふ、やはりお優しいですね。ですが……ムクロ様の御忠告は胸に留めておきます」
村長エルフは、笑みを浮かべながらそう言う。
……本当に分かってんのかなぁ。
「さて、堅苦しい話はここまでにして……ムクロ様達は、何かこの後急ぎの用事とかありますか?」
目的はあるが、特に急いでいるという訳では無いな。
「いや、別に急いではないな」
「でしたら、是非ともお礼を兼ねて宴を開きたいのですが、参加していただけませんか?」
宴かぁ……エルフの村の料理がどんなもんか気になりはするな。
「あれ? でも、エルフって森の中なら食事は必要ないんじゃ」
「確かにそうですが、料理も致しますよ。この森にはモンスターなども居ますので、安全のために狩っているのですが、その際に手に入れた食材を無駄には出来ませんので、料理をして食べているのです」
なるほど、俺やレムレスみたいな感じか。
食事自体は要らないが、食べようと思えば食べれるってわけか。
『ギュルルルルルォォォ』
俺が感心してると、隣から物凄い音が聞こえてくる。
音のした方を見れば、ウロボロスが真っ赤な顔をしながら腹を押さえていた。
「……ウロボロス」
「だ、だってだって~! 料理の話なんかしたら、お腹が減るに決まってるじゃない~!」
いや、分からなくもないが……まだ具体的な話してないだろ。
流石は暴食と言うべきか。
「ねぇ、ムクロちゃん。折角だから招待を受けましょうよ~。私、もうお腹と背中がくっつきそうよ」
いや、減りすぎだろ。
「ははは、そのように楽しみにされるとこちらとしても、俄然やる気が出ますよ」
「……なんかすいませんね。じゃあ、その申し出、ありがたく受けさせていただきます」
こうして、俺達はエルフの村で宴に参加することにした。
エルフ料理は、素朴な味付けではあったが素材の味をよく引き出しておりとても美味かった。
ウロボロスなんか、おかわりのし過ぎでエルフ達を困らせていたくらいだ。
そして……アウラは、幽霊なので飯が食えないのでいじけていた。
もし可能なら、アウラの体も作ってあげないとな。
そんな事を考えながら、俺達は宴を楽しむのだった。
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