第79話
「……なぁ、イニャス」
「な、なんですか?」
「目の前のこれってさ……ご神体?」
「ち、違いますよぉ! わ、私……こんなの見た事無いですぅ!」
俺が尋ねると、イニャスはブンブンと首を横に振って否定する。
「という事は……こいつが犯人?」
「だと思うわよ~? この子から、例の魔力を感じるし~」
誰に問う訳でもない俺の呟きを聞いたウロボロスが欠伸混じりで答える。
結界の中とはいえ、そろそろウロボロスもきつそうだ。
……しかし、こいつが犯人か。
「……バクだなぁ」
「バクだね~」
「バクだよね」
「バクですぅ」
俺の言葉に、皆が頷く。
なんというか……ある意味納得の呪いである。
俺も、元になったネタとかは知らないが……バクはよく夢を喰う動物としてフィクションなどで描かれている。
奇蹄目バク科の哺乳類のバクは、その伝説上の獣に似てるから付けられたと何かの本で読んだことがある。
「グモゥ~……グモゥ~……」
俺達が呆然と眺める中、巨大なバクは変な寝息を立てながら、鼻ちょうちんを膨らませて呑気に眠っている。
……鼻ちょうちん膨らませてる奴、初めて見たわ。
「とりあえず、こいつを起こさないとな。奴がどういう行動を起こすか分からないから警戒はしておいてくれ」
俺の言葉に、他のメンバーはこくりと頷く。
今は大人しく寝ているが、性格が大人しいとは限らないので警戒するに越したことは無い。
「……とはいえ、どう起こしたものか」
乱暴に起こすのもあれだし、普通に声を掛けて起こすか。
今の所、全員が眠ってしまっているというだけで実害が出たわけじゃないし、眠らせた理由も分かっていないからな。
こちらから攻撃して無駄な争いを起こす訳にはいかない。
俺はそう結論付けると、目の前の巨大なバクに声を掛ける。
「おーい! 寝てるところ悪いが、ちょっと起きてくれないかー!」
「……んあー? 誰なんだなぁ? うるさくしてるのはぁ……」
俺が声を掛けて少し経ってから、目の前のバクがのそりと動き出し間延びした声で返事をする。
なんだか、聞いてるだけで眠くなりそうな喋り方である。
「寝てるところ悪いな。ちょっと聞きたい事があるんだ」
「……」
俺が改めて話しかけると、バクは無言でこちらを見つめたまま……。
「グモゥ~……」
「いや、寝るなよ!」
器用に目を開きっぱなしで寝始めたので、俺は思わず大声でツッコんでしまう。
「んあ……誰なんだなぁ? うるさくするのは……」
うん、そのセリフはさっき聞いたね。
「俺はムクロ。お前にちょっと聞きたい事があるから答えて欲しいんだ」
「……え~、面倒なんだなぁ。おいらは、惰眠を貪ってたいんだなぁ……」
バクはそう言いながら、またもや寝る体勢に入る。
「だから寝るなって!」
「何だか、ムクロちゃんみたいな子ね~」
「うん、ムクロ兄様みたい」
と、バクの様子を見てウロボロスとアウラが失敬な事を言いだす。
「こいつのどこが俺に似てるんだよ」
どう見たって俺の方がイケメンだろうが。骨だけど。
「どこがっていうか……面倒くさがりで、寝るのが好きな所……とかかしら~」
……しまった、否定できない。
「それで、結局何が聞きたいんだなも?」
と、俺がウロボロスのぐうの音も出ない正論に詰まっているとバクが話しかけてくる。
ナイスだバク。褒めてつかわすぞ。
「ああ、そうそう。お前か? この村の人達を眠らせたのは」
「……? ああ、あれ事なんだな」
俺の言葉を聞いて最初はきょとんとしていたバクだったが、何かに思い当ったのか話し出す。
「すまないんだな。おいらは別に眠らせようと思って、眠らせたわけじゃないんだな」
「ど、どういう事……ですかぁ?」
「……」
イニャスがおずおずと尋ねると、バクがジロリと彼女の方を見る。
「ひぅ……っ」
バクに睨まれたイニャスは、恥ずかしそうに俺の後ろへと隠れてしまう。
……明らかな人外が相手でも人見知りってするんだな。
「グモ」
「寝るなよ?」
再び寝そうになったバクに対し、俺が先制攻撃すると、奴は不満げな顔をしつつも寝るのを中断する。
「説明が面倒なんだな……」
「いや、してくれないと困るっつーの。この子の村が被害にあってるんだから」
とりあえず、そんなに悪い奴では無そうだがこんな事をした理由くらいは知っておきたい。
「むぅ……仕方ないんだな」
バクは、渋々といった感じでそう言うと説明を始める。
「まず、これはおいらの特性なんだな」
「特性?」
「おいらが寝ると、周りの奴らも強力な眠気や無気力に襲われるっていう効果なんだな。『怠惰の呪い』って言った方が分かりやすいんだな」
バクは頷きながら、そう説明する。
「それで、これはおいらにもどうしようも出来なくて、おいらが寝た瞬間に自動で発動されちゃうんだな」
なんともはた迷惑な能力である。
「ねぇ、バクちゃん。それって寝てる間だけなの?」
「そうなんだな。おいらが起きれば、自動で解除されるんだな」
ウロボロスの問いに、バクはそう答える。
……言われてみれば奴が起きてからは、先程まであった異様な眠気や倦怠感が無くなっている。
「それじゃ、もう結界を解いても大丈夫そうね~」
ウロボロスはそう言うと、先程まで張っていた結界を解除する。
結界が無くなっても眠ってしまったりしないので、バクの言う事は本当のようだった。
「あ、あの……という事は、村の皆も、お、起きてるんですか?」
「そのはずなんだなぁ」
バクの言葉を聞いて、イニャスはチラリとこちらを見る。
おそらくは、皆の所へ行って確認してきたいのだろう。
「行っておいで」
「は、はい……!」
イニャスは良い笑顔で返事をすると、祠の外へと駆けていく。
すぐそこで知り合いに出会ったのか、イニャスの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「そういえば、どうしてこの村に来たんだ?」
「ここは、魔力が豊富だから寝るのに適してたんだな」
「魔力が豊富だと寝れるのか?」
俺の問いにバクは頷く。
「前はそうじゃなかったんだけど、何年か前に狐族の男が現れておいらに無理矢理に変な力を押し付けたんだな。それから、『怠惰の呪い』が発動するようになったんだな」
狐族の男……だと?
「怠惰の呪いは自動発動で、しかも魔力を使うんだな。だから、寝てる間もガンガン魔力を使うから魔力が豊富な所でしか眠れないんだな」
「なるほど。……で、その狐族の男って、もしかして九本の尻尾が生えてなかったか?」
「……ああ、確かに生えてたんだな。おいらは要らないって言ったのに、お蔭で望んでないのに魔人になっちゃったんだな」
ここでもタマモか。……あいつは、一体何が目的で力を振りまいてるんだ?
「タマモちゃん……一体、何がしたいのかしら」
ウロボロスも予想が出来ないのか、困ったような表情でそう呟やいた。
「ちなみに、その男の場所とか知らないよな」
「知らないんだな。そもそも何年も前の話なんだな」
ですよねー。まあ、タマモの居場所に関してはリュウホウっていうアテがあるし別に良いんだけどさ。
「むふぅ……それにしても、久しぶりに起きたんだな」
「久しぶりって……どれくらい寝てたんだ?」
「ざっと三年くらいなんだな」
「三年寝太郎かよ」
俺のツッコミに俺以外の全員が首を傾げる。
くそ、レムレスが居れば俺のツッコミに反応してくれるはずなのに……っ。
ちなみに、三年も寝たら普通は衰弱死の心配をするところだが、目の前のこいつはそういう魔人だから別として、エルフに関しても問題は無い。
エルフは、森の中に住んでる限りは、その魔力で生活することができるのだ。
イニャスのように森から出ると、他の生物のように食事が必要になるが森の中ならば問題が無い。
……と、かなり昔にウロボロスから教えてもらった。
◆
「……今、愛しのマスターに求められた気がします」
「お姉ちゃん、急に何言ってるの?」
◆
「こほん。ま、まぁ、さっきのはおいてくとして……だ。ちょっと気になる事があるんだけど」
「何なんだな?」
「お前、これからどうするんだ?」
今は起きたから、怠惰の呪いも解除されているが再び寝てしまえば、呪いも再度発動してしまうだろう。
魔力が豊富な場所でしか寝れない以上、奴が寝れる場所も限られてしまう。
「うーん……ここは、偶然見つけた場所だから似たような場所を探す事になるんだな。……なんだか、凄く面倒なんだな」
バクは、心底めんどそうにグダッとだらしない姿勢になる。
「そうだ。いっその事、おいらを殺して欲しいんだな。死ねば、もう安住の地を探す手間が省けるんだな」
「いやいやいやいや」
急にこいつは何を言ってるんだ。発想が突飛で物騒だよ。
「ムクロちゃん! 殺すのは可哀想よ!」
「ムクロ兄様……」
二人も、何だか俺が率先して殺すみたいな雰囲気でこちらを見てくる。
酷い濡れ衣だ。
「それにしても……ここまでものぐさとはな」
安住の地を探すのが面倒だから死にたいとか、怠惰極まれりだな。
しかし、実際こいつの住める条件っていうのがなぁ。
魔力の多い土地ってのがまずなぁ……。
こいつの外見上、普通の街とかじゃ無理だし。
「あ」
と、そこで俺はぴったりの場所を思い出す。
魔力が豊富で、普通とは違う場所と言えばあそこしかない。
「……なぁ、バク。お前の名前、なんて言うんだ?」
「おいら? おいらの名前は、タピールって言うんだな」
「それじゃ、タピール。ちょっと提案があるんだが……」
俺の言葉にタピールだけでなく、ウロボロスやアウラも興味深そうにこちらを見てくる。
「俺達の国に来ないか?」
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